44.難民と亡命者
ナンテ達がネイトクの町に来てから3週間が過ぎようとしていた。
町長の屋敷に滞在していると最初は3日に1回程度の頻度だったのがここ数日は毎日のように帝国領を監視している者たちから報告が上がってくる。
「ご報告いたします。
アウルム帝国内の内戦はトロゲン辺境伯側が大敗したようです。
この報告が届くころには領都付近までフォス男爵の軍が迫っているのではないかとの見通しです」
「そうか」
当初の予想通り、男爵側は勝算があっての行動だったようだ。
領都を戦火に包む訳にはいかないので、この戦いは領都の外で最終決戦が行われるか、それをせずに辺境伯側が降伏して終わるだろう。
相当な隠しだねを用意していない限り、辺境伯側に勝ち目はないと思われる。
「それで難民の状況は?」
「はい。数日前から国境付近に集まり出した難民は既に500人を超えています。
先だって頂いた指示により食料の販売と森に立ち入る許可は出しましたがどこまで持つかは未知数です」
「戦争の終結を待って元の村に戻ってもらうしかないな」
500人と言えば村1つ分だ。
それだけの人数を保護する余裕はあるかと聞かれたら「無くはない」と言ったところだ。
食料の備蓄はある。
しかし住居は無いので仮設で用意しないといけないし、冬の寒さを絶え凌ぐ為の燃料も確保しないといけない。
そして何より問題なのは、彼らが他国の民だと言う事だ。
厳しい話だが税を納めていない彼らを保護する理由がない。
また保護しても戦争が終われば元の場所に帰って行ってしまうので、こちらには何のメリットも無いのだ。
せめてこれが自国の内戦であったなら良かったのだが。
そうやって難民の対応について協議していたところで早馬が来た。
「ご報告いたします。
国境砦にてトロゲン辺境伯を名乗る夫婦とその息子1名を保護いたしました」
「は? なんだそれは」
思わず口を突いて出てしまったが、報告の通りなのだろう。
偽物の可能性も無くはないが、それは極刑は免れない重罪だ。誰もやらない。
だとすれば領主が戦争中の自領を捨てて逃げて来たのか。
タイミング的にまだ領都に敵軍が到着する数日前に出発したことになる。
それこそ有り得ないと言いたい所なのだけど、報告が誤っていることもないだろう。
「ともかく直接会って話をしなければならないだろう。馬車の用意を」
「はっ」
急ぎ出て行く伝令の者を見送り出立の準備を進める。
その騒ぎを聞きつけたのだろう。いつの間にかナンテも準備万端な装いで待ち構えていた。
「お父様。私もご一緒します」
気合の入った様子を見て、ナンテの父親は駄目だという言葉を飲み込んだ。
「向こうには食い詰めた難民が大勢居る。危険かもしれないよ。
もしもの時は何を置いても逃げる事。約束出来るかい?」
「はい、走るのは得意です」
緊張を解す為か若干ずれた返事をするナンテに苦笑しつつ、一緒に馬車に乗って国境へと向かう。
地面には薄っすらと雪が積もっていて馬車が通った後には轍の線が引かれていた。
(本格的に積もり出せば難民を帰す事も出来なくなるな)
今ならまだ間に合うかもしれない。
しかしこれ以上雪が積もれば、食い詰めて逃げて来た人達では満足に移動出来なくなる。待っているのは凍死か餓死だ。
他国の民なのだからどうなっても知らぬ存ぜぬを通しても誰からも非難されることはないが後味は悪い。
戦争終結が早いか冬本番が早いかの勝負だ。
悩む父親の向かいでナンテもまた、別の事を悩んでいた。
(雪の中でも育つ野菜とかあればいいのに)
この先3か月近くは作物が育たない。
だからどうしても貯め込んでおいた保存の利く作物で食いつなぐしかないので、他の季節に比べて食卓が淋しくなる。
一応室内にプランターを持ち込んでみているが、収穫量は微々たるものだ。
飢えを凌げる程ではない。
今の10倍の野菜を育てられれば難民も含めて食べ物にありつけるのに。
などと考えている内に馬車は国境となっている川の近くに造られた砦へと到着した。
ナンテ達は待ち構えていた兵士に案内されて砦の会議室へと入った。
室内にはこの砦の守備隊長以下3名が待っていた。
「御足労頂きありがとうございます」
「うむ。報告は聞いている。
それで例の者たちの様子は?」
椅子に座りつつすぐさま本題を聞くことにした。
聞かれた守備隊長達の表情は芳しくない。
「所持品などから本人であることはほぼ間違いないようです。
現在は砦の一室にて保護しておりますがその、こちらの対応に不満を持っているようで扱いに難儀しております」
持って回った言い回しだが、要するに亡命して来たくせに賓客気取りで許されるなら今すぐ叩き出してやりたいと言う事らしい。
「そうか。ところでトロゲン辺境伯には子供が2人居たと記憶している」
「ええ。連れて来たのは次男のみで、長男は向こうの領都に置いて来たそうです」
「自分の息子に全責任を押し付けて来たのか」
トロゲン辺境伯家には数年前に亡くなった正妻の息子と側室の息子の2人が居た。
恐らく逃げ出す際に全員が逃げるとすぐに追手が掛かると見て正妻の息子を生贄に置いてきたのだろう。
そんなことをしても無駄だというのに。
「その残された長男が余程の馬鹿でない限り、即時降伏するだろう」
「そうでしょうな。
そして問題の辺境伯が居ないと知ったフォス男爵はすぐさまこちらに亡命してきた辺境伯達の引き渡しを求めて来るでしょう」
「間違いなくな」
トロゲン辺境伯領で領都から逃げようと思ったら鉱山か魔物の森かこちらかの3択しかない。
魔物の森は言うに及ばず鉱山だって満足な守りも無く食い詰めた鉱夫たちの住む小屋しかない。残念ながらトロゲン辺境伯が生活するのは厳しいだろう。
残るこちらは他国でフォス男爵もそう簡単には手出し出来ないとすれば逃げる先はこちらしかない。
置き去りにされた長男も余程両親に義理立てしていなければ簡単に口を割るはずだ。
だから急ぎ考えなければならない。引き渡し要求が来た場合にどう答えるのか。
「まあまずはその亡命してきた者たちに会ってみよう」
「はっ」
「それと、ナンテはここに残りなさい」
「!」
珍しく有無を言わさぬ強い口調にナンテは黙って頷いた。
現場の空気を味わってもらうのは良い勉強になるが、ここから先は子供には聞かせられない醜いものになるだろうことが予想できる。
ナンテならそれくらい飲み込める気もするが、今はまだ大人の汚れからは離しておきたいのだ。




