43.講習会
ネイトクの町というのは東のアウルム帝国との交易で多少潤っているものの、それ以外はどこにでもある田舎町だ。
雪も降り始めたこの時期は、畑の収穫も終わり、のんびりと冬支度をするくらいしかやることがない。
しかしその日は何か祭りでもあるかのように賑やかだった。
なぜか町の郊外に大勢の人が集まっている。
「なあおい、今日って何かあったっけ?」
「いや俺もよく知らねぇんだけど、領主様の娘が何かやるんだってよ」
「それって確か、お貴族様なのに畑を耕してるって変わり者のお嬢様だろ?」
「馬鹿、声が大きい。
護衛の兵士達に聞かれたらどうする」
「すまんすまん。
それで何が始まるんだろうな」
「さあな。
まあ面白そうだしちょっと見ていこうぜ」
町の北側に出来た畑の中には件のお嬢様と思われる少女と、町中の農家の旦那とその子供が集められていた。
皆手には鍬や鋤を持っていて、見ようによってはこれから一揆を起こそうとしてるようだ。
しかし当然ナンテが挑む相手は国家権力などではない。
「皆さんおはようございます。
本日は私の呼び掛けに応えて頂きありがとうございます」
「「!!」」
ナンテの凛とした声に、その場に集まっていた200人を超える人達が一斉に背筋を伸ばした。
なぜこんな子供にと思わなくもないが、自分達とは気迫が違い過ぎた。
その、決して大声ではないのに隅々まで届く声に全員が静かに次の言葉を待った。
「これから皆さんに領都の畑で私が実践している農法をお伝えします。
中には既に知っている技法もあるでしょう。
先代の教えに背く事もあるかもしれません。
だから今日聞いた内容を全てその通りに実践しろとは言いません。
1つでも役立つ事があれば持ち帰って下さい」
ここに集まった人達は最初、領主の娘が何かやるからと半ば無理矢理集められていた。
だから話の内容もてんでデタラメだらけだろうと思っていた。
畑を耕すにしても部下に指示を出すだけだろうと。
「まず最初に作物が根を張りやすいように固まった大地を掘り返します。
この時、必ず1メートル近く掘って下さい」
しかしいざ始まってみれば、周りの兵士は見ているだけで畑に入ることもない。
何よりお飾りだと思っていた貴族の娘が物凄い勢いで畑を掘り起こして行くではないか。
ナンテの振り下ろした鍬はたったの1撃で目標の深さまで掘ってしまった。
同時に地中にあった大小さまざまな石が1カ所に纏められていく。
「地中の石は作物にとっては邪魔ものですので大きさに関係なく取り除いてください。
固まっている土は足で踏んだり鍬で叩いて砕きます」
大胆な動きの中に細やかな気遣い。
何より迷いのないその動きは熟練の農家のものだ。
そう皆が感心していたところでナンテは緑色の物体を取り出した。
「あの、それは……」
「魔物の死体です」
ナンテは答えながら今しがた掘った穴に魔物の死体を丸々投げ込んだ。
そしてその上から土を被せていく。
「魔物の死体は不思議な事に凄い速度で分解されて大地に吸収されます。
今見てもらったように特に加工しないまま埋めても1月もすれば骨も残りません。
より早く肥料になって欲しい場合はミンチにして浅い場所に埋めます」
にこにこと笑顔を絶やさずやっているが、言っている事もやっている事も壮絶だ。
見ている側も凄いを通り越してちょっと恐ろしく感じていた。
「お嬢様はその、汚いとか気持ち悪いとか思わないのですか?」
「うーん、慣れたわ」
あっさり返されてしまったがそんなものだろうか。
「それに昔から畑の肥料と言えば家畜の糞でしょう?
皆さんはそれを見て汚くて気持ち悪いから近づきたくないってなるかしら」
「あー子供の頃は確かに嫌でしたな」
「そうだな。畑の野菜は牛の糞から出来てるのかって言ったら親父に殴られたな」
「ゴブリンと堆肥とどっちが臭いんだ?」
「決まってる。どっちも臭い」
「だな!」
「違いない」
「ブッパ爺さんの屁よりマシだ」
「あれを直撃すると意識を失うからな!」
若干話が逸れつつ、集まっている人達の間で笑いが起きた。
そのお陰で魔物の死体を扱うナンテに対する忌避感は薄れたようだ。
「それより俺達はいつまであんなお嬢ちゃん1人に仕事させてるんだ?」
「そうだそうだ。秋の収穫が終わって身体が鈍ってたんだ」
「ここはいっちょ俺の熟練の技を披露してやろう」
「抜かせ。お前のへっぴり腰じゃへぼすぎて冬が終わっちまうよ」
「なんだと。ならどっちが早く掘れるか勝負だ」
「望むところだぜ」
わいわいがやがやと、大の大人たちがそれぞれの獲物を持って畑を耕し始めた。
時々喧嘩口調なんだけど、決して険悪な雰囲気になっていないのはこの町ではこれが当たり前ということなんだろう。
最初の計画とは大分変ってしまったけど、ナンテも皆に混じって畑を耕しつつ、積極的に意見を交わしながら楽しく畑仕事を続ける事が出来た。
そして夕暮れ時になって。
「皆さんお疲れ様でした。
皆さんのお陰で、今日一日でだいぶいい感じの畑になったんじゃないかと思います。
このまま冬が過ぎて春が来る頃には埋めた魔物が肥料になって肥沃な畑になっているでしょう。
ちなみにこの場所は数日前までは誰の所有物でもない、ただの荒れ地でした。
なので来年からは町の管理の元、手の空いている方を雇って作物を育ててもらう事になります」
「このままお嬢さんが所有する訳じゃないのか」
「私は領都暮らしですから、こっちまで頻繁に通う事は出来ません」
今回みたいに町の外れの何もない場所を耕した場合、その所有権は半分は耕した人のものになる。
だから一番の功労者であるナンテにその権利があり、もっと言えば残り半分は領主のものなので領主の娘のナンテの土地と言って差し支えない。
しかし飛び地の畑があっても管理出来ないし、最初からそのつもりで耕した訳でもない。
「我儘を言わせてもらえるのであれば、この畑では主にジャガイモを育ててください。
私はジャガイモが好きですし、ジャガイモは冷害にも強くて安定して収穫が出来ます。
小麦の方が高く売れるのは知っていますが、お腹いっぱい食べれられる幸せには敵いません。
出来れば輸出するのではなく、この町の食卓へと運んでください」
「確かに小麦の多くは他所に売ってしまいますからな。
分かりました。
連作障害の心配もありますからジャガイモだけでなく、大豆など幾つかの作物を順番に育てることにしましょう」
「よろしくお願いします」
そうして無事にナンテ主催の畑講習は幕を閉じた。
その日の夜は一緒に働いた人達で集まっての食事会になり遅くまで笑い声が町に響き渡っていた。




