41.東の町へ
隣国の内戦の話を聞いてから数日後。
ナンテは父親と共に馬車に乗っていた。
向かう先はアウルム帝国との国境にある町、ネイトクだ。
「ナンテはネイトクの町は久しぶりだな」
「はい。最後に訪れたのは4歳の夏だったと思います」
3歳の時から父親の視察に同行するようになったナンテだったが、5歳になってからは自分の畑を耕すのに忙しくて遠方への視察には同行しなくなっていた。
これが趣味や道楽でというのなら怒られていたかもしれないが、きちんと畑での成果を出していたし、長男のガジャが頑張っていたので問題にはならなかった。
ただまぁ、父親としてはもう少し娘との時間が欲しかったなと思ってしまう。
それが顔に出たのだろう。ナンテが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみませんお父様。畑にかまけてばかり居てしまって」
「謝ることはない。お前はやりたい事をやりなさい。
ナンテの笑顔は周りの皆を元気にしてくれるからね。
それに親ってものは子供が幸せなのが一番うれしいものなんだ」
「はいっ」
やさしく頭を撫でてくれる父親に、ナンテは元気に頷くのだった。
そして領都を出発した次の日の夕方。
無事にネイトクの町に到着したナンテ達はまっすぐ町長の屋敷へと向かった。
「ようこそおいでくださいました、領主様。お嬢様」
「今日からしばらくお世話になるよ」
「お久しぶりです、町長。奥様」
「まあまあ、ナンテお嬢様は随分と大きくなられて」
出迎えてくれた町長夫妻と挨拶を交わした後、客間へと通された。
「私は町長と話をしてくる。ナンテは夕食の時間まで休んでいると良い」
「はい、お父様」
ナンテを部屋に残し父は町長の所に向かった。
玄関であった時とは違い、質素な居間で向かい合う2人に笑顔は無かった。
「それで、向こうの状況は?」
「既に軍が動き出したそうです」
「そうか。なら衝突は数日後か」
「そうなります。
相手はやはり南のフォス男爵です」
元々の見込み通り、軍が動いた理由は内戦。
ネモイ辺境伯領と接しているのはトロゲン辺境伯領。
領地面積こそネモイ辺境伯領よりも狭いが領内に鉱山を持ち経済力は上だ。
軍事力の面では帝国の辺境伯としては少ない方だが決して男爵家に劣るものではない。
「どちらが勝つと思う?」
「普通に考えればトロゲン辺境伯です。
が、帝国の流儀を考えれば今回の戦いは格下のフォス男爵から申し込んだ筈。
男爵領は2つの侯爵領と接しているのでそのどちらかから支援を受けているのでしょう」
「支援の対価は自分の派閥に組み込む事か、辺境伯が持つ鉱山の利権か」
「前者なら良いのですが……」
単純に男爵と辺境伯との仲違いによる喧嘩、もとい内戦であるなら平原での軍の衝突で勝敗が決まれば停戦交渉が行われる事が多い。
しかし高額な利権が絡んでいる場合、奪われれば今後の領地運営に大きな影響が出る。だからギリギリまで粘る場合があるのだ。
「トロゲン辺境伯の鉱山は領都よりも北側にあります。
ですからフォス男爵の軍は領都攻略に向かうと思います」
「うむ。そうなるとこちらにも影響が出るな」
多分領都の中まで軍が侵攻することはない。
そんなことをすれば民間人にも多大な被害が出るし、帝国だって経済力が低下することを許容しない。
最悪帝都の騎士団が制裁の為に差し向けられるだろう。
だから領都内は安全と言えなくはない。
が、小さな町や村はそこまで保護されない。
規律がなってない軍が近くを通ると略奪の憂き目にあう。
結果、軍の進路上の住人は持てるだけの金品を持って避難する。
「やはり難民が溢れるな」
「はい」
向こうの領地からこちらにまで溢れて来るであろう難民の対応を行うために来たのだけど、杞憂に終わってくれればと思っていたがそうもいかないようだ。
「お夕飯の準備が整いましたよ」
「おおそうか」
「では続きはまた明日に」
台所の方から聞こえてきた声に応えながら重い腰をあげる2人。
そして食堂へと行けばそこには配膳を行う町長の奥さんとナンテの姿があった。
「おや、もしかしてナンテも夕食の準備を手伝ってくれたのかい?」
「はい。部屋で待っているだけも手持ち無沙汰でしたから」
「ナンテちゃんは料理も得意なんですよ」
にこりと笑い合うナンテ達。どうやら料理を一緒にして仲良くなったようだ。
そしてナンテが作ったとなればナンテの父親はもうさっきの難しい話は頭の中からすっぱり抜けていた。
「んん~美味い。ナンテの作ったスープは美味いなぁ」
「まったくお父様は」
残念ながら夕飯はお世辞にも美味しいとは言えない。
なにせ実に質素な材料で作った薄味のスープとパン。それだけだったからだ。
これは決して町長の奥さんがナンテ達を軽んじてそうした訳ではなく、ナンテに無理せずいつも通りの料理でと言われたのでこうなった。
ナンテの家でもほんの3年前までは同じような食卓だったのだから父親も文句はない。
そして町長ですらそんな状態なので難民を受け入れる余裕はこの町にはない。
「町長さん。ネイトクの農地改革は進んでいますか?」
「ええ。以前通達のあった魔物の死体を肥料に転用することで土壌の栄養状態が良くなり、収穫高も僅かずつですが上がっています」
「僅かずつ、ですか?」
町長の答えに首を傾げるナンテ。
以前から肥料に困っていなかったのであればそうかもしれないが、それならもっと豊かなはずだ。
しかし町長が嘘を言うとも思えないし、この食卓が嘘ではない事を示している。
「お父様。明日からの予定はどうなっていますか?」
「明日明後日は町議員達と会議になるだろう」
「なら私は畑を見に行っても良いですか?」
「ああ。気を付けて行ってくると良い」
父はナンテらしいなと思いながら許可を出した。
本当は会議の場に連れて行くことも考えていた。ナンテなら会議の内容を理解出来るだろうと。
しかしナンテが何か意見を言っても父親以外は受け入れる事は出来ないだろう。まだ成人もしていない子供なのだから。
それならナンテには得意な畑を見に行ってもらった方が有意義だろうと思い許可を出した。
ただナンテ親子の会話を町長は不思議そうな顔をしてみていた。
やはりまだ8歳の娘を自由に歩かせるというのは普通ではないのだろう。




