40.隣国の不穏な噂
アウルム帝国。
ナンテ達の住むアンデス王国の東に位置する大国で、複数の鉱山があり鍛冶が盛んな国だ。
同時に代々武力を重んじ軍事力に物を言わせて大きくなった国でもある。
ここ数年は静かなものだが、10年以上前にはアンデス王国とも何度も小競り合いを行っていた。
そのアウルム帝国できな臭い事が起きているということは。
「もしかして戦争が起きるのですか?」
帰宅した日は旅の疲れもあるだろうと話もそこそこに休むことになり、翌日の朝食後、改めて執務室でナンテは父親から話を聞いていた。
「いや、その可能性は低いだろう。
戦争をするなら国境を封鎖するなり情報管制を行う筈だから」
友好国ではないが国境を接していれば商人を始め人の行き来はある。
そうすれば国の内情は多少ならず漏れてしまうものだ。
だからこちらと戦争を起こす気があるなら人の出入りを絞るはずだがそれが無い。
「戦争ではないが軍備を増強している。
その理由は何か分かるかな?」
にやりと笑ってナンテに問い掛ける父親。
それは娘との交流を楽しんでいるようでもあり、その成長を期待しているようでもある。
そんな父親の視線には気付かず、ナンテはうんうんと考えて自分なりに答えを出した。
「強力な魔物が発生してそれを討伐しようとしてる?」
「なるほど。他には何かあるかな?」
「魔物じゃなくて盗賊団の可能性もあるかな」
「常備軍で対処出来ない程の盗賊団かい?」
「あ、そっか」
アウルム帝国では領地毎に軍隊を持つ事が許されている。
その軍隊で自領内の盗賊や魔物の対峙を行えということであり、他国との戦争が起きた時には各領地から軍を結集させて事に当たる。
その軍で対処できない相手はそう居ないだろう。
「それに仮にそういう危険因子が発生した場合、真っ先のその情報が流れて来るだろう」
「ですね」
「他はどうだい?」
「うーん、あっ」
閃いた! とばかりに顔を上げてナンテは言った。
「領主主導で開墾作業をする為です!」
「……」
「あれ、違いました?
軍隊も動員して治水や開墾を行えば来年以降の収穫高も見込めるし良いと思ったのですけど」
「そうだねぇ。為政者としては悪くない案だ。
維持するだけでもお金のかかる軍を有効活用できるのだからね」
なんともナンテらしい回答に苦笑いするが、残念ながら今回は正解ではない。
どうやらこれ以上は何も出てこないようなので答えを言う事にした。
「正解は内戦さ」
「ないせん?」
要するに自国内で戦うことだ。
「どうして同じ国民同士で戦争なんてするんですか?
王様は怒らないのでしょうか」
「それが彼の帝国では貴族同士の争いは認められているんだ。
それによって各地の軍事力の維持や平和ボケを解消しようという目論見があるようだね。
争う理由は、その時々だろう。
単純に領主同士が仲が悪いというものから、領地境にある鉱山なんかの利権を賭けて戦うとか」
「仲良くすればいいのに」
「全くその通りだね」
ナンテからしたら、同じ国に住んでいるのだから何か問題があっても話し合いで解決出来るだろうと思ってしまう。
中にはどうしても反りが合わない相手というのも居るかもしれないが、交流を断つだけで十分で喧嘩する必要はない。
まして戦争ともなれば怪我人のみならず死人だって出るかもしれない。
鉱山1つの為に大勢の命を懸けるなんて馬鹿げている。
「それでお父様。
内戦であれば、帝国内だけで話は済むのでこちらには影響ないのでしょうか」
「いやそうとも言えない。
確かに戦火がこちらに及ぶことは無いだろうが、大なり小なり影響は出る。
小さい所で言うと交易が停滞するだろう。
そして大きい所で言うと、難民がこちらに来る可能性がある」
難民。
災害や戦争により住んでいた所を追われ他所の地に避難してきた人達のことだ。
そのほとんどが平民であり、地方に暮らす人であれば国への帰属意識は低い。
その為、近場で安全だと思えば平気で国境を越えて来てしまう。
その難民が数人程度なら大して問題にもならないが多くなると色々問題になる。
「私達の領地に難民を受け入れるだけの余力はあるのですか?」
「無くはない。
災害発生時の為の備蓄はあるからそれを開放すれば冬を乗り切るくらいは出来るだろう。
しかし。だからと言ってどうぞと言う訳にはいかない」
出来ることと、やって良いことは違う。
安易に難民を受け入れた結果、様々な問題を抱えることは目に見えている。
その苦労は本来守るべき領民に重く圧し掛かるだろう。
だからと言って助けを求めて来た難民を追い返したりすれば、それはそれで反発を招く結果になりかねない。
なかなかに頭の痛い問題なのだ。
一番有難いのは内戦が起きても人が居ない平原での小競り合いで終了し難民も発生しなければ短期間で終結して流通にも影響が出ない事。
だけど過去のアウルム帝国の内戦の歴史を紐解けば、格上貴族が格下の貴族を攻撃した時は衝突する前に白旗が上がることも少なくないが、格下貴族が格上に攻め込む場合は大体が被害が大きくなる。
なぜなら格下貴族の後ろには、どこかの大貴族が支援していることがほとんどであり、勝算があるからだ。
攻められた格上貴族も舐められたらいけないので戦争は激化する。
結果、町の1つ2つが戦火に見舞われる。
そして現時点で分かっている情報では、ネモイ辺境伯に隣接している領地の方が格上貴族でかつ戦力的には劣勢だろうという事だ。
下手をすれば領都まで戦火が及ぶかもしれない。
そうなればこちらに流れ込んでくる難民は100や200ではないだろう。
「それでお父様。
内戦が起きるとしたらいつ頃になると見てるのですか?」
「本格的に雪が積もる前だろう」
雪が積もれば行軍も困難になる。
だからそうなる前に開戦し終結させるだろうという見立てだ。
そしてそれは、もう1カ月程しか時間が無い事を意味していた。




