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4.アイン・フェルム

 午後の授業も終わり、ナンテは部活動に行くべく廊下を歩いていた所、反対側からこちらに近づいてくる人に気が付いた。

 その人は何でもない風を装っているが明らかにナンテをロックオンしており、ナンテは内心警戒しながらも何かされる前から悲鳴を上げて逃げる訳にも行かず仕方なく気付かないふりをして歩いていた。

 が、案の定声を掛けて来た。


「やあこんにちは。ナンテさん、だよね」

「ええそうです。あなたは?」

「俺はアイン・フェルム。留学生さ」

「そうでしたか。それで私に何の用ですか?」


 笑顔を浮かべて話をするアインに対し、明らかに一歩引いた状態で応えるナンテ。

 見る人が見れば、というよりアイン自身も歓迎されていない事を自覚しつつも笑顔を崩さずに話し続けた。


「いやだなぁ。そんな警戒しなくても良いじゃないか」

「初対面の男性を警戒するのは当然ではないでしょうか」

「それはそうかもだけど。

 ほら、さっきの精霊学の授業でも一緒だったじゃないか。

 あの時先生に当てられた君の回答が気になったんだ。

 良かったらこの後、カフェテリアでお茶でもしながらゆっくり話さないか?」

「すみません、このあとすぐに部活動に行きますので。失礼します」

「あ、ちょっと」


 呼び止める声も無視してナンテは歩き去って行った。

 その後ろ姿を見送りながらアインは内心歯嚙みした。

 精霊学の授業の前、アインに近づかなかった女子はナンテだけだった。

 それ以外の女子についてはファミリーネームや家の爵位も含めて確認が出来た。

 なら次は順当に残りの一人ナンテの事を確認しようと思ったのだけど意外とガードが堅い。

 事前情報では今この国は異性との交流はだいぶ活発だと聞いていたので今の感じで十分だと思っていたのだが。


(これは考えを改めるべきか)


 そう考えたところで横から声を掛けられた。

 見れば先ほどのナンテと比べて、服装こそ同じ制服だけど、なかなかに手間のかかってそうな髪型をした女子だ。


「アイン様。あのような元気だけが取り柄のような子、近付かない方がよろしくてよ」

「君は確かタケコさんでしたね。

 また随分な言い様だけど、何か理由があるのかい?」

「あの子の実家はわが国でも1、2を争う貧乏領地ですの。

 主食も小麦のパンではなく平民の非常食か家畜の餌にされるジャガイモなんですって。

 それとあの農民のような肌の色と併せて『ジャガイモ姫』と呼ばれています。

 お陰で入学以来一度も婚約を申し込まれていない我が国の恥さらしですわ」


 タケコは別に悪意があってナンテを貶めようとしているのではなく、これが学院におけるナンテに対する共通認識なのだと言いたいようだ。

 それを肯定するように廊下に居る他の生徒も彼女の話が聞こえたようで小さく頷いているのが見える。


(なるほど、つまり無理にナンテ嬢に近づけば悪目立ちする可能性があるということか)


 アインとしては今の所、ナンテに固執する理由はない。

 まずは学院内の有力貴族の子供と仲良くなり、しっかりとした足場固めをしてから計画を進める予定だ。

 であるならば今は丁度よく話しかけてくれた公爵令嬢のタケコさんとの仲を進展させるのが得策か。


「忠告ありがとう。

 良ければ貴女の事も教えて欲しいのだけどこの後時間はあるかな」

「ええ、よろこんで」

「後ろのお二人も如何ですか」

「お邪魔で無ければ」


 アインが誘えば二つ返事でタケコは嬉しそうに答えた。その取り巻きの女子2人もだ。


(やっぱりこれが普通の令嬢の反応だよな)


 アインは周囲に気付かれないように笑った。

 一応これでもアインは女性受けする容姿だ。自国でも夜会に出れば毎回数人の女性から囲まれていたし、こちらのアンデス王国の女生徒の反応を見ても間違いない。

 今もこちらが聞きもしないのにあれこれ楽しそうに話しているタケコの姿もそれを裏付けている。

 ただ問題はアインの知りたい情報とは全く関係ない話ばかりなのが困ったものだが。

 だから少し話題を変える事にした。


「そういえばこの学院に来て驚いたことがあるんだ」

「あら何でしょう」

「この学院では相手を呼ぶときにファーストネームで呼ぶのが一般的なんだろう?

 前の学院では親しい間柄で無ければファミリーネームで呼び合っていたからさ」

「ああ、それですか」


 アンデス王国でも公的な場ではファミリーネーム+爵位で呼ばれる。アインならフェルム子爵令息になる。

 なのに学院内ではファーストネーム+さん又は様付けなのだ。フルネームで呼ぶのも聞いたことが無い。


「それはこの学院が親の地位に寄らず皆平等だという事を強調する為ですわ。

 家名で呼ぶとどうしても爵位に目が行ってしまいますからね」

「もっとも、誰がどこ出身かは分かっていますからあまり意味はありませんが」

「夜会では家名で呼び合うので、ちょっと頭が混乱しそうになりますよね」

「なるほど、確かに大変そうだ」


 学院で平等だと言っていても一歩外に出れば爵位を無視する訳にはいかない。

 当然卒業した後も爵位の上下によって態度や言葉遣いも変えなければいけないので、学院に在学中から上の爵位の子供たちと縁を繋いでおかないと、いざ社会に出たら社交界で爪弾きにされる危険もある訳だ。


「それとわが国では親しい間柄になって初めてファーストネームで呼び合うんだがこちらではどうなるんだ?」

「同性同士であれば呼び捨てになります。

 異性であれば、本名から数文字減らした愛称を呼ぶ場合がありますが、基本的に婚約者同士でしか使われませんわね」

「ふむ、つまりタケコさんの婚約者になれば『タケ』と呼ぶことになるんだね」

「そ、その通りですわ」


 愛称で呼ばれて笑いかけられたタケコは顔を赤くしながらそっぽを向いた。

 それに気付かぬフリをしながらアインは続けた。


「しかしそうなると俺はどうするか。

 『アイ』でも『イン』でもおかしな感じになってしまうな」

「その場合はセカンドネームや婚約者同士でのみ通じる名前を作ったりしますね」

「なるほど。であれば俺は『テッサ』かな。そう呼ばれるのはいつになるか」

「それでしたら私が」

「ん?」

「ああいえ、何でもございませんわ」


 何か言いかけたタケコに笑顔を向けながら、内心アインはほくそ笑むのだった。



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