39.魔物の森からの帰還
村に戻ったナンテ達を森の民の村長が出迎えた。
「おぉ、危険な魔物が出たと報告がありましたがご無事でしたか!」
「危険な魔物……オオトカゲの事ね。
ええ、無事に討伐しました」
「そうですか。それは良かった」
ナンテの返事に村長はほっと緊張を解いた。
よく見れば集まっている村人は誰もが武器を携えている事から、例の魔物が村にやってくることを危惧していたのかもしれない。
もし仮にドラゴンゾンビが村に来ていたら。
まず空を飛んで上から来るので外壁は意味が無いし、恐らく着地だけで家が数件破壊されただろう。
更に森の木々をなぎ倒すパワーで暴れられたら多くの死傷者が出ていた。
村の戦士たちで勝てたかは分からないが、村を捨てて逃げることも選択肢に入れないといけない状況だ。
だからこそ村長たちはナンテに対して平伏した。
「あなた様は真にこの村の救世主です」
「そんな。頭を上げてください」
「いいえ。
マルマから食料の支援まで頂いたと聞いております。
このご恩をどうお返しすれば良いか見当もつきません」
「困った時はお互い様です。
だから、そうですね。
今後私達が困った時に皆さんに余力があればお力をお貸しください」
「はは~。その時は村の総力を挙げてお力になりましょう!」
「ええ、お願いします。ところで」
村長との会話を一区切りさせて、ナンテは周囲を見渡して、とある一団を見つけた。
そこに居たのはナンテ達と一緒にこの村に来た5人だ。
彼らはナンテと目が合うとばつが悪そうに目を逸らした。
ナンテの隣ではジーネンが呆れた感じでため息を吐いている。
(本来なら真っ先に救援に駆け付けるべきでしょうに)
(まあ私達も無事だったし咎める必要はないわ。
それに村の人と一緒に警備に当たった事で信頼関係の修復にもなったでしょう)
なぜ彼らが村で待機していたのかは分からないが、トロル数体を前に撤退しか出来ない彼らが来ても戦力には余りならなかっただろう。
むしろ足を引っ張らずに済んだので来なくて正解だったとも言える。
そう冷静に自分たちの戦力を分析して行動していたかは兎も角、ナンテはいつも通りの調子で彼らに話しかけた。
「皆さん、明日の早朝にここを出発して街に帰ります。
なので今夜はお酒は禁止です。間違っても今朝のように二日酔いで動けないなんて事の無いように」
「「は、はいっ!」」
「ジーネン。私は今夜もマルマさんの所に行ってきますのでそちらの面倒をお願いします」
「はっ、承知致しました」
村長にひとつ礼をしてナンテはマルマと共にその場を去った。
そしてマルマの家で食卓を囲みながら念のため確認をすることにした。
「ボックル様。私達は明日の朝に帰りますが他にして欲しい事はありますか?」
『うぉんっ』
元気よく返事をする様子から、もう大丈夫そうだ。
その代わりと言う訳ではないが、マルマとガジュはナンテに用事があるようだ。
「あの、ナンテさん。ひとつ相談があるのだけど」
「なんでしょう」
「このガジュをあなたの元で修行させてやっては貰えないかしら」
「はい?」
聞けばガジュは祈祷師、精霊術師としてはまだ半人前なのだそうだ。
しかしボックル様の姿をはっきり見える事から才能はマルマよりも上。
そして昨日今日と見ていてナンテもボックル様の姿を見えているのは明らか。
更にはコロちゃんと密に意識を共有しているのだから祈祷師としてもマルマと同等かそれ以上。
ならばマルマよりもナンテの元に居た方がガジュの成長になるだろうと考えたのだ。
だけど。
「残念だけど私は祈祷師としては未熟どころではないですよ」
「そうなのかい?」
「はい。なにせ私はコロちゃんとはただのお友達で契約を結んでいる訳ではないですから」
「まあ!」
そんな馬鹿なという言葉をギリギリ止めたマルマは信じられないものを見る目でナンテを見た。
精霊が契約も無しに特定の人間とずっと一緒に居るなんて事があるのだろうか。
ボックル様は、所謂土地神のようなものでこの森の民全体を守護しているのでマルマ個人と契約している訳ではない。
「祈祷師としての知識も経験もマルマさんの方が上です。
それとあと、私にはボックル様の言葉が分かりません」
「……えっ」
「『わん』と可愛らしい鳴き声なのは分かるのですが」
「まぁ」
コロちゃんの言葉は一字一句分かる。しかしボックル様の方はその姿も声も愛らしい犬のようだった。
対するマルマは姿こそ正確に見えていないがボックル様の言葉を正確に聞き取れている。
それこそがこの村の祈祷師としての学んだ成果だろう。
ナンテではそれを教える事は出来ない。
「それは残念」
この話はこれで終わりとなり、残りの時間は昨日教えきれなかった薬草学を学んですごした。
(ガジュを彼女の従者にと思ったのだけど、今のままでは足手まといだったね)
一人前に育ててから改めて送り込むことにしよう。
マルマはそう心の裡で考えるのだった。
「お世話になりました」
「こちらこそ多大なご支援、感謝の念に堪えません。
またいつでも気兼ねなくお越しください」
「ええ。それでは」
村の出口で村人総出で見送られた。
「シダ。途中まで送って差し上げなさい」
「はっ」
シダと共に10人程が先行して魔物を討伐してくれた。
そのお陰だろう。
帰り道ではそれほど魔物に遭遇することなく森の外に出る事が出来た。
無事に辺境伯の屋敷に入ればどこか慌ただしい様子だった。
「ただ今帰りました。お父様」
「おぉナンテ。無事だったか。無事にお勤めは果たせたのか?」
「はい。恙なく。
それで何やら家の中が騒がしいのですが何かありました?」
冬前のこの時期。
領内でイベント事は特にないし、ナンテの父親も社交の為に王都に向かう。
王都への移動は毎年の事なので今更準備に手間取る筈はない。
なら一体何が起きているのか。
父はまだ幼いナンテに話しても良いものかと考えたが、今回の魔物の森遠征を無事に達成してきたようだし、一人前と考えても良いだろう。
「うむ。それがな。
アウルム帝国がなにやらきな臭いようなのだ」
「アウルム帝国が!?」
ナンテの居るネモイ辺境伯領はアウルム帝国とも国境を接している。
なので帝国で何か問題が起きればこちらにも影響が出る可能性が高かった。




