38.肥料が大量に手に入りました
「【アースランス】!」
ビシュッ!ビシュッ!ビシュッ!
ナンテが全力で鍬を振り下ろせば魔力が畑全体に広がり次々と巨大な槍が飛び出していく。
槍の何本かはドラゴンゾンビの身体や翼に突き刺さり、それ以外はそのまま上空へと飛んでいった。
ドラゴンゾンビは刺さった槍を振りほどき、地上は危険だと感じたのかそのまま翼を羽ばたかせ飛び上がろうとした。
しかし折角地上に降りて来てくれたのだ。
手の届かない上空に逃がす訳にはいかない。
「【ランスシャワー】!」
ヒュンッヒュンッヒュンッ!
再びナンテが鍬を振り下ろせば、先ほど上空に飛び去った土の槍が重力以上の加速度で落ちてきて飛ぼうとしていたドラゴンゾンビを地面へと叩き落した。
ゾンビ化しているせいか動きが鈍い。
このまま行けば圧倒出来そう、なのだが。
「回復速度がハンパないですな」
「そうね」
ナンテの魔法は確かにドラゴンゾンビにダメージを与えていた。
しかしそれ以上に回復速度が速く、アースランスが刺さった痕も1分と掛からずに元通りだ。
しかも通常の生き物と違い痛みや疲労とも無縁のように見える。
このままではナンテの方が先に魔力切れと疲労で倒れてしまうだろう。
「何か弱点はないかしら」
「アンデット系やゴーレム系の魔物は人の心臓に相当する魔力結晶が体内にあると言います」
「魔力結晶?」
”魔力”と付くという事は巨大なドラゴンゾンビの身体の中でひときわ魔力の濃い場所にそれはあるはずだ。
ナンテは引き続き土の槍を撃ち込みつつドラゴンゾンビの魔力の動きを調べた。
(魔力が濃いのは、爪と牙。それと……胸の中心)
ひと際、胸の中心が強い魔力を秘めているように感じる。
ちなみに頭部にはそこまで魔力は感じない。
ならばまずは頭を狙って視覚や聴覚を奪ってから本命を狙うのが良さそうか。
「とりゃっ」
ガツンッ
首目掛けて振るわれたナンテの鍬がドラゴンゾンビの骨に弾かれた。
この強度、腐ってもドラゴンということか。
『今回は僕も沢山サポートするよ』
「ありがとうコロちゃん!」
いつもは魔物が襲って来ても眺めているだけのコロちゃんも力を貸してくれるらしい。
コロちゃんがナンテの肩に乗って拳を握ってみせるとナンテを包む魔力が数倍に跳ね上がった。
同時に土の槍もパワーアップしているようだ。
「よしこれなら。てぇい!」
スパンッ
今度こそナンテの一撃によってドラゴンゾンビの頭が切り落とされた。
「よしっ」
『……ーーッ!!』
「お嬢様!!」
一瞬動きを止める事に成功したと喜んだ次の瞬間、見えていないはずなのにドラゴンゾンビの腕が正確にナンテを捉え吹き飛ばした。
小さなナンテの身体は軽く10メートル以上飛び、木にぶつかってようやく止まった。
「いったた」
「ご無事ですか!?」
「うん。大丈夫。ちょっと油断したわ」
背中を思いっきり木の幹に打ち付けたが、コロちゃんのお陰でダメージはほとんど無い。
ジーネンに手を借りながら立ち上がれば、ドラゴンゾンビの方も既にニョキニョキと新たな首が生えていた。
どうやら頭は急所でも何でもないみたいだ。
「それにしてもどうして私の位置が分かったのかしら」
「勘にしては正確でしたな」
『あの魔物は生き物の放つ魔力を感知してるんだよ。
あいつにとって目とかはただの飾りだね』
「そっか、魔力を視るのなら目や耳は関係ないものね」
そもそもの話、ドラゴンゾンビの腐っている目や耳が普段から機能しているのかも疑わしい。
それはそうとドラゴンゾンビの足元には切り落とした首がそのままになっている。
(あれ、これを応用すれば大量に素材が確保できる?)
ドラゴンゾンビの身体は食べられそうにも無いけど、ゴブリン同様に畑の肥料にはなるかもしれない。
沢山確保できれば自分の畑だけでなく近隣の畑にも配れるかもしれない。
ならばと再び飛び掛かって頭を切り落とす。
続いて今度は油断することなく一気に駆け抜け翼もぶった切った。
更に後ろにまわって尻尾を切り落とす頃には頭が再生してきたので背中に飛び乗りながらもう一回首の根元で切り落とした。
飛んで逃げようとしたらアースランスで串刺しにする。
やはり翼も飛ぶのとは関係ないみたいだ。
『!#$%&』
痛みを感じないはずのドラゴンゾンビから声にならない悲鳴が聞こえた気がした。
「ん~~流石に可哀そうな気がしてきたわ」
「たしかに弱い者いじめに見えますな。相手は凶悪な魔物の筈ですが」
ジーネンの目にはナンテが光の刃となって飛び回りドラゴンゾンビを切り刻んでいるように映っていた。
通常のドラゴンならその速度について来れただろうがゾンビではそれも儘ならない。
ナンテが一息入れる為に離れた隙に飛び立って逃げようとしても、上空から土の槍が降ってくるので飛ぶどころか態勢を整えるのも厳しそうだ。
本来ドラゴンゾンビは魔法耐性なら高い魔物だから鍬の一撃はともかく魔法は防げたはずだ。
しかしナンテの魔法は純粋な魔力ではなく畑の土を魔法で押し固めて撃ち出した、所謂物理攻撃だ。物理防御力はトロルの最上位種程度しかない。
「じゃあいい加減、魔力結晶を狙ってみましょう」
ドラゴンゾンビは周囲の魔力から獲物を感知する。
逆を言えば魔力を隠蔽してしまえば目の前に立っていても気付かれない。
事実、手が触れる距離までナンテが近づいてもドラゴンゾンビは反応しなかった。
「うーん、ここかな」
シュパッ。
胸元を切り裂いてみれば出てきたのは抱える程の大きさの赤い石が出て来た。
それを引っこ抜くとドラゴンゾンビは動きを止め、そのまま地面に倒れ伏した。
やはりこの石が命の源だったようだ。
あとはこの死体をどう処理するか。
「ここの畑の肥料にするには量が多すぎるから一度仕舞ってしまいましょうね」
「これだけの量も入るのですか?」
「まぁギリギリ大丈夫じゃないかな」
言いながらぽいぽいと【倉庫】の中に放り込む。
結局胴体だけは1体分だけど、それ以外の翼や尻尾や頭は3,4体分になっていた。
それらがナンテの横の空間に吸い込まれるように消えていく。
「これで全部、あ、頭が1個残ってたわ」
「おーい、無事かーー」
「あら戦士長シダさん、でしたっけ。こんにちは」
最後の頭を取り上げたところで村の方から戦士長シダを先頭に10人程がやって来た。
その彼らの目がナンテが持っているドラゴンゾンビの頭に止まった。
「あ、あの、畑の民の少女よ。その手に持っているのはな、なんだ?」
「これ? 羽付きオオトカゲの頭よ」
「トカゲ? もしかしてそれを倒したのか?」
「ええ。見ての通りよ。さて……」
ナンテは答えながら鋭い視線を地面に向けた。
その視線の原因が分からずシダ達は、もしやまだ魔物が潜伏しているのではないかと警戒したがそんな気配はない。
ゴブリンやトロルなどはドラゴンゾンビの魔力に中てられて遠くに逃げ去った後だ。
だからナンテが気にしているのはもっと別の事だ。
「はぁ。畑が凸凹だわ」
ナンテとしては魔物よりも自分の畑の方が大事なのだから仕方ない。
まだ何も植えていなかったとは言え、折角耕したのに荒れ地に逆戻りな事に胸が痛む。
(ところで彼らは何をしに来たのかしら)
折角来てくれたのに持っているのは斧や弓。
鍬を持っていないところを見ると畑仕事を手伝ってくれる訳では無さそうだ。
だからナンテからしたらシダ達は遊びに来た、は言い過ぎだとして狩りに行く途中に寄ってみただけに見えた。
もしかしたらさっきのトカゲが獲物だったのかもしれないが、ナンテが倒したのだから彼らに渡す義理は無い。
さっきからずっとぼぉっとしてるので本当に暇なのかもしれない。
(何か用があるなら話しかけて来るでしょう。
私はそこまで暇ではないのよ)
魔物の横やりが入ったとはいえ、明日の朝には帰ると決めたので今日中にやることを済ませなければいけない。
「えっと、ここら辺で良いかしらね」
「む、何を」
シダの呟きには答えずにナンテは畑の中心に穴を掘った。
そして残っていたドラゴンゾンビの頭を投げ込み穴を埋めた。
ついでに上から叩いておく。
後は荒れ果てた畑を良い感じに均してあげれば時間も夕暮れ前だ。
「よし、何とか間に合ったわね。
じゃあ私達は村に戻ります」
「お、おぉ」
結局最後まで隅の邪魔にならないところで傍観していたシダ達をそのままにナンテとジーネンは帰ることにした。
と、そこでナンテは1つ言い忘れたことを思いだした。
振り返りシダ達に笑顔を向ける。
「そうそう、畑は荒らさないでくださいね。
魔物狩りをするなら畑の外でお願いします」
「わ、わかった」
シダが頷いたのを確認して今度こそナンテは立ち去って行った。
残されたシダ達は顔を見合わせる。
「あの埋めていた魔物の頭部、どうするべきか」
「荒らすなってことは掘り起こすなという事だろう」
「あれは畑の民に伝わる何かの儀式だったのか?」
「まさか畑から魔物が生えて来たりしないよな」
「「……」」
残念ながらシダ達の知識ではそうだとも違うとも言えなかった。
ただ、村長からは絶対に彼らを怒らせるなと言われているので少女の言葉を無視して掘り起こす訳にもいかない。
仕方なくシダ達は畑をそのままに村に戻るのだった。




