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「あなたも早く婚約破棄なさったら?」って大きなお世話よ!  作者: たてみん
精霊の試練

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36.森の民

 遡ること10日前。

 マルマは村の守護精霊のボックル様へと祈りを捧げていた。


「いつもあたし達を見守りくださいありがとうございます、ボックル様。

 しかしどうしましょう。

 最近はめっきり獲物が獲れなくなり、ゴブリンやトロルの増加も止まりません。

 日々倹約に努めてきましたがそれも限界です。

 このままでは今年の冬を乗り切るのも厳しいかもしれません」

『そうかぁそれは困ったね』


 去年まではまだオークなども時々居たが今年に入ってはめっきり見なくなった。

 この魔物の変遷については以前からボックル様から告げられていたので覚悟はしていた。

 しかし、それでもどうしようもない程に食料不足は深刻だ。

 さらに先日は強力な魔物が暴れたらしく、森の一部が破壊されたという。

 まだその魔物が近くに居ると考えれば山菜を採りに行くのも憚られる。

 この村自体はボックル様のお陰で魔物に見つかる可能性は低いのだが。

 村の小さな畑ではとても村全体を賄う事は出来ず、狩りの成果も期待できない。

 救援を求めようにもこの辺りで他に人の住んでいる場所はない。

 八方塞がりだ。

 だからもうボックル様に頼るくらいしか出来る事はなかった。

 それを聞いてボックル様は右に左にと考えるような仕草をした後、一つ頷いた。


『いくつか僕の友人に当たってみるよ』

「よろしくお願いします」


 マルマはふわふわと流れる雲のように村の外へと出て行くボックル様を見送った。

 ちなみにマルマの目にはボックル様は動物っぽい輪郭の光の玉として映っている。

 孫のガジュにははっきりと犬のようなお姿が見えているそうなので、才能の差なのだなと思うほかない。

 それはともかく、数日後にはボックル様は朗報を持って戻って来た。


『昔の知り合いが、ここから南に数日行ったところに住んでいる人間を呼んでくれることになったよ』

「そうですか。ありがとうございます」


 ボックル様からの報せを受けて村の長老衆でどうしたものかと話し合いが行われた。

 今まで交流の無かった人間が来るということで、歓迎の作法も違うだろうし何か問題が起きるかもしれない。

 一応この村の歴史を遡ればずっと昔はもっと南の地で大勢の人間達と暮らしていたらしい。

 しかし自分達の見た目が他の人と違うという理由から住処を追われ、この地に流れ着いたのだ。

 当時の事を知っている人は既に誰も居ないが、もしかしたらそのやってくる人間達も自分達を見て攻撃してくるかもしれない。

 そんな危険を冒すよりも、ここは苦しくても他所の人間に頼るのは止めた方が良いのではないか。

 そう言う意見も多く出た。

 だけど、マルマの一言で話の流れは決まった。


「あたしはボックル様を信じます。

 ボックル様のご友人の精霊様が連れて来る人が悪い人の訳がありません」

「そうだな。

 儂らはボックル様の守護のお陰でこれまで生きて来れたのだ。

 ボックル様の好意を無にするような真似をしてはいかんな」

「なれば急ぎ歓迎の準備をしましょう」


 方針が決まれば後はスムーズだ。

 ただ、歓迎の宴を開こうにも既に碌な食料は残っていない。


「せめて秘蔵の酒で持て成そうか」

「そうだな、それがいい」


 小さい村だがそれぞれの家で濁酒を作っており、結婚式に夫婦の家が皆に振る舞うのがここの習わしだ。

 それくらい貴重なものだが、だからこそ最上級の持て成しになるだろう。

 そして遂に件の人達が村まで1日の所まで来ているとボックル様から告げられたので若者たちに迎えに行かせたのだが、それは失敗だった。


『大変だ。せっかく来てくれた人たちに魔物を嗾けたみたい。

 幸い魔物は撃退出来たけど怒ってるかも』

「「なんだって!?」」


 ボックル様から告げられた言葉に大人たちは慌てた。

 若者たちには客人がこっちに向かって来ているとしか伝えていなかった。

 その客人がこの村にとってどれ程大切な人なのかを伝え損ねていたのだ。

 恐らくこの村を『魔物の脅威』から救ってくれるとでも考えて腕試しをしたのだろう。


「くそっ、こんなことなら我等が行くべきだったか」

「今更言っても仕方なかろう。こちらは歓迎の準備をしておく。

 戦士長シダはこれ以上粗相のないように迎えに行ってくれ」

「分かった!」


 そうして少ししてシダ達が客人を連れて戻って来た。

 怒ってはいなさそうなのは幸いだ。

 ぱっと見は、重役の親子とその護衛だろうか。

 親子の見た目が似ていないことには深く突っ込むべきではないだろう。

 ともかく一番に気遣わなければいけないのは重役の父親だ。

 村長宅前で待ち受けていた誰もがそう思ったのだが、精霊の声を聞けるマルマだけは小さな少女に釘付けだった。

 そしてマルマは少女を手招きして祈祷師の家へと歩いて行った。

 祈祷師の家とは代々祈祷師の家系しか出入りを許されない場所。

 ボックル様の寝床もそこにあり、村長ですら入ってはいけないとされている。

 そこへ少女を招き入れるという事は、つまりこの少女こそがこの一団の祈祷師であったということか。

 

「ジーネン。私はそちらのお婆さんとお話してきます。

 ジーネンは皆の事をお願い。粗相のないようにね」

「畏まりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 短いやり取りだが明らかに少女の方が立場が上の物言い。やはりそう言う事で間違いない。

 もちろん残りの者たちを蔑ろにすれば少女の機嫌を損ねるのは明白。

 村長たちは予定通り歓迎することにした。

 しかし。歓迎の場でも一つ誤算があった。

 村で作られている酒は、かなり酒精が強かった。

 更に精製されていないものだから、慣れていないと簡単に悪酔いする。

 泊りがけの探索で疲れていたのもあったのだろう。気が付けば客人は下戸のジーネンを除いて酷い事になっていた。

 それどころか村の若いのも一緒に酔っているではないか。


「あにを? 俺達がれめえらより弱いってか?」

「いーぜ俺達の方が強いってしょーめーしちゃるで」

「んにゃら狩り勝負じゃ。どっちが魔物を多くかれっかしょーぶじゃ」


 酔った勢いで売り言葉に買い言葉。

 若者同士で狩り勝負をすることになってしまった。

 ただ翌朝を迎えた時、皆久しぶりの酒で二日酔いになっていたので勝負どころでは無かった。

 まぁ飲む機会があまり無いのだから仕方ないという所だろう。

 そんな彼らを起こしたのは、西の方から響いてくる振動音だった。


「これは一体何の音だ!?」

「まさか、例の魔物が近づいて来ているのか!」


 痛む頭をおして西門へと急いだ。

 先日、西の森を破壊した魔物が再び現れたのかもしれない。

 そう警戒する村人たちは、慌てて偵察に行って戻って来た者からの報告に耳を疑った。


「昨日やって来た少女が先日破壊された森を耕していました」

「はぁ!? 馬鹿野郎。森を耕すだけでどうしてここまで伝わる程の振動が起こるんだ!」

「いやしかし確かに見たんだ。

 もうひとりおじさんも居たが、そっちは折れた大木を軽々と担ぎ上げていた。

 畑の民って言うのは化物なのかもしれん」

「そうかもしれんが、これだけの音を立てていれば近隣の魔物も音に惹かれて集まってくるだろう。

 シダよ。悪いが応援に向かってくれ」

「分かった」


 現場に戦士長シダを送り出しつつ、村の警戒レベルを上げて様子を見る事にした。

 そこへマルマがゆっくりと歩いて来た。


「ふふふ。随分と張り切っておるようだね」

「マルマ殿。あの少女は何者なのですか?」

「精霊の化身、なのかもしれないよ。

 はっきり言えるのは、あの子がこの村をお救い下さったということさ」


 そう言いながらマルマは大事そうに手に持っていたものを撫でた。


「それは?」

「ジャガイモと言うそうだ。

 これ1つで、そうだね。1家族分の1日の食事を賄えるだろう」

「なっ」

「それを村の者全員が冬を越せるだけ分けてくださったのさ。

 それもただ精霊から頼まれたからと言うだけの理由で無償でね」

「……」


 それは一体どれほどの恩を受けたというのか。

 もし仮に、その食料の対価として村の方針に口を出させろと言われたら受け入れるしかないだろう。


「では今、西の森を耕しているという話も?」

「ああ。昨日話している時に森が荒らされたというのも伝えていたのだけど、かなり心を痛めていたようだからね」


 この地に住む自分達でさえ、森が荒らされてもそれは自然の摂理だと傍観していた。

 それなのに昨日来たばかりの少女が危険を顧みず森の再生の為に尽力している。

 もしかしたらマルマの言う通り人の姿をした精霊だったのかもしれない。

 そんなことを考えていた時、西の森から魔物の雄叫びが響き渡った。



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