35.どこに行っても畑仕事
マルマさんの家で一夜を過ごして翌朝未明。
いつものように目を覚ましたナンテはすぐ隣にコロちゃんとボックル様が寄り添うように眠っているのを見ながら布団から抜け出した。
すると気配を感じたのかボックル様が薄目を開けてナンテを見た。
「おはようございます。
まだ皆寝ているようなので静かに。
私は日課の畑仕事に行ってきますね」
「わふっ」
コロちゃんを起こさないように小声でそう告げればボックル様もあくびのような小さい声で頷いた。
それを見てナンテは小さく笑いながらボックル様の頭をそっと撫でて、音を立てないように外へと出た。
森の朝は、実家とは違って草の匂いが強い。
それは決して不快なものでは無いのだけど、やっぱりここがいつもとは違う場所なんだと実感させてくれる。
「おはようございます。ナンテお嬢様」
「あ、ジーネン。おはよう」
ぐっと伸びをしていたら村長宅の方からジーネンが歩いて来た。
どうやらナンテを見つけて出て来たというより、ナンテならこの時間に起き出すだろうと見越してやってきたようだ。
「昨夜はどうだった?」
「はい、村の皆様に歓待して頂きました。ただ少し問題が。
酒の勢いもあったのでしょうが、今日は一緒に来た5人とこの村の者たちとで勝負をすることになりました」
「勝負の内容は?」
「狩りです。昼から日暮れまででどれだけ多くの魔物を倒せるか競おうと話していました」
「そう、ならいいんじゃないかな」
これがもし直接剣を交えての決闘だというのなら万が一を考えて止めただろう。
しかし魔物を狙うのであればこの村の安全に貢献することにもなるし、むしろ頑張れと応援したい。
まあ相手に勝とうとして無理な戦い方をした結果、怪我をするかもしれないがそこは気を付けてとしか言えない。
良い年した大人なのだからある程度の分別は自分で付けてもらおう。
「ではジーネン。私は村の外に畑を耕しに行ってくるわ」
「お供いたします」
何の疑問も抱かずにそれがさも当然という感じでジーネンはナンテに付き従った。
もっともナンテの手にはいつものように鍬が握られていたので聞くまでも無かったと言えばそうなのだが。
しかしその行動はナンテとジーネンの間でしか通じない。
「お客人。随分早いですがどちらに?」
村の出入り口には当然、深夜早朝に関係なく見張りが立っているので彼らに問い質されることになった。
見張りにもナンテ達の情報は伝わってはいたが、その為人までは把握されていない。
まだほとんどの人が起きていない早朝に村から出るのは、何か盗みなどの悪事を働いて逃げ出そうとしているのではないかと警戒される結果になった訳だ。
だけどナンテは自分の行動に何も後ろ暗い所がないのでごくごく自然に挨拶をした。
「お勤めご苦労様です。
昨夜、マルマさんから西に少し行ったところに魔物によって荒らされてしまった場所があると聞きました。
そこの様子を見てこようと思います」
言っている事に間違いはない。
それに持ち物も鍬だけなので森の外まで逃げることも出来ないだろう。
だから通すだけなら問題なさそうだと考えつつも、つい心配になる。
なにせ少女とおじさんの2人組なのだから。
「確かにこの先に大型の魔物が暴れた結果、多くの木々がなぎ倒された場所がある。
しかしその魔物はまだ討伐されていないし、他にも危険な魔物が多くいる。
止めておいた方が良いだろう」
「ご心配ありがとうございます。でも何とかするから大丈夫ですよ」
子供の蛮勇、というには驕った所が見られない。
しかしほんの10歳ほどの少女が出歩いて良い場所でもない。
ならばその保護者であろうジーネンへと問いかけた。
「後ろの御仁よ。止めなくて良いのか?」
「ええ、問題ありません」
「そ、そうか。そこまで言われるなら我等は止める事はせぬ。
気を付けていかれよ」
まるで野兎しか出ない平和な森にピクニックに出かけるような足取りのナンテ達を見張りは見送った。
村を出たナンテ達は門が見えない辺りまで来たところで歩みを速めることにした。
「今日は私達だけなので少し急ぎ目に行くわよ」
「承知いたしました。道中の魔物はどうしますか?」
「村の安全の為にも極力倒します」
「分かりました。と言ってる間にゴブリンですな」
「ええ。右をお願い」
行く手に現れたのはゴブリン3体。
それに向けてナンテ達は歩みを止めるどころか更に加速して、そのまま左右のゴブリンに飛び蹴りを食らわせた。
蹴られたゴブリンはゴキッと首を変な方向に曲げながら吹っ飛んでいく。
「せいっ」
「ギャッ」
振り向きざまに鍬を振るい残りの1体も倒し、あっさりと殲滅完了だ。
死体は【倉庫】に放り込み、更に西へと走り抜けるが。
「やっぱりゴブリンが多いね」
「そのようですな」
数分後には別のゴブリンの群れに遭遇し戦う羽目になった。
その度に足を止めないといけないのでちょっと面倒だ。
「これだけのゴブリン相手に面倒の一言で済ませるのはお嬢様くらいなものですな」
「何か言った?」
「いえなにも」
ちなみに討伐数の割合はジーネンが1に対しナンテは2~3。
今の所ゴブリンは3体から6体の小さな群れしかいないので苦戦することもない。
「あ、あそこみたいね」
昨夜、薬草の講義の合間にマルマから聞かされたそこは、元々は薬草の群生地だったらしいのだけど、今は見る影もない。
なぎ倒された木は10本20本どころでは済まないし、酷いのは根元から引っこ抜かれている。
「酷い物ね。一体どれだけの魔物が暴れたのかしら」
「これだけの力技、ゴブリンではないでしょう。昨日遭遇したトロルでも厳しいかと」
倒れている木の太さから見て、トロルが倒そうと思ったら助走をつけた全力のタックルを当てれば行けるかな、くらい。
単純に立った状態から殴って倒そうと思ったら相当苦労するだろう。
つまりこの一帯の木を倒したのはトロル以上に力のある巨大な何か。
そんなものが近くに来たらすぐに分かるだろうから、今はどこかに行ってしまったのだろう。
「よし、じゃあこの開けた場所を耕してしまいましょう。
ジーネンは倒木を1か所に集めて」
「お任せください」
「せえのっ!」
気合十分。
まずは土を掘り起こしつつ切り株や木の根を切り崩す。
普通に考えれば切り株に鍬を突き立ててもちょっと刺さるかな?くらいなのだけど、ナンテの魔法で木だろうと岩だろうと関係なくザクザクと切り裂かれ掘り起こされていった。
掘り起こされたものは、木はジーネンが居る場所に、岩はこれから耕す場所の外周へと魔法で飛ばしていく。
ナンテが鍬を入れた時点でここはナンテの畑だ。
魔法も気前よく効いてくれる。
それに、いつの間に起きて来たのかコロちゃんも積み上がった岩の上に腰を下ろしてナンテ達を応援していたのでいつも以上に作業は捗るのだった。




