34.村の悩み
ナンテはお婆さんに連れられて村長宅の隣のお婆さんの家に入った。
お婆さんの家は、相当な年季が入っているもののキチンと清掃されている。
「ガジュ、お茶を淹れてくんな」
「はーい」
お婆さんが家の奥に声を掛けると、小さく返事が返って来た。
そのまま玄関横の居間へと行きナンテと向かい合うように座った。
なお、家の中に椅子やテーブルはない。なので座る場所も床に御座を敷いてその上に座っている。
一緒に付いて来た犬はお婆さんの横に座り膝の上にその頭を乗せた。お婆さんも慣れた手つきでその頭を撫でていた。
「さて、改めて。あたしはここで祈祷師をやってるマルマという。
こちらはこの地を昔から御守りくださっている精霊のボックル様じゃ」
(やっぱり)
お婆さんの紹介にナンテは静かに頷いた。
ボックル様と紹介された精霊は外見はどこにでも居そうな犬だけど、その鳴き声がナンテにしか聞こえなかったことからただの犬ではないのだろうと思っていた。
村長宅前でひと鳴きしたのも、ナンテ達の中で誰が精霊と通じているかを確認する為だったのだろう。
「私はここから南に行ったところにあるアンデス王国のネモイ辺境伯の娘のナンテです。
こっちはお友達のコロちゃんです」
『こんにちは。と言っても僕の姿は見えているかな?』
「残念ながら淡い光にしかみえませぬ。余程高位の精霊様なのでしょうな」
どうやらマルマはコロちゃんの姿を正確に認識することが出来ないらしい。
精霊は力の強さによって見えやすい見えにくいが変わるが、格の高い精霊になるとその姿を正確に捉えるのは難しくなる。
大体の場合は契約を交わした相手には精霊の方から見えるように配慮してくれるが、そうでない場合はナンテのように精霊との親和性が高くないと、ぼんやりとそこに居る事が分かるに留まることになる。
「失礼します」
挨拶が終わったところで台所であろう奥の部屋から少年がお茶を持ってやってきた。
マルマはお茶を受け取りつつその少年にも座るように合図した。
「この子はあたしの孫のガジュ。まだ祈祷師見習いといったところだの」
「ガジュです。よろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶するところを見ると躾はしっかりとしているようだ。
それとここまでの話の流れで『祈祷師』というのはこの村で精霊を見たり言葉を交わしたりする人の事を指すのだろうなと認識した。
ならばガジュの前で精霊の話をしても問題ないということだ。
コロちゃんも問題ないと頷いている。
「私はコロちゃんからここに住む人たちが困っているから助けて欲しいと言われてここに来ました。
それでマルマさん。
具体的に何をすれば良いでしょう?」
「困っている事、か。
まあ良くある話さ。一言で言えば食糧不足」
「原因は何ですか?」
別に昨日今日出来た村ではないのだから、今までだってちゃんと食べていけた筈だ。
だからきっと食糧事情が変わるような何かがあったと考えるべきだろう。
マルマは一つ小さなため息を吐くと話し出した。
「ナンテさんはこの村に来るまでに何度も魔物に遭遇しただろう。
ゴブリンが多かったのではないかね?」
「そうですね。ゴブリンばかりで、あとトロルが出ました」
「うむ。そうであろうな。
以前はオークやホーンラビット、ハンマーブルなんかも良く居たのさ。
普通の鹿や猪もね。
ここ数年はほとんどゴブリンとかトロル、それとスケルトンやゾンビばかりなんだ」
「あぁ」
要するに肉が食べられる生き物が最近出なくなったという事だ。
ゴブリンやトロルなどの肉は毒ではないけど酷く不味くて食べられない。
スケルトンやゾンビに至っては食べれる部分がない。
普段は狩りで食料を確保していたのにその獲物が出なくなった。
こんな森の中にある村では畑もそれほど大きくないだろう。
それ故、食料不足に陥ったということだ。
「ゴブリンばかりが出るようになった原因は分かりますか?」
「ボックル様が言うにはマナの澱みによるものだという」
マナの澱みというのは聞いたことが無いが、澱みってことはマナの流れが滞って濁った沼みたいになっているのだろうか。
確かにそれは美味しくない魔物が生まれそうだ。
「その澱みを直す手立てはないのでしょうか」
「大陸規模の話なのだ。人の力ではどうにもならぬ。
それも再来年には解消されるそうなのでそれまで耐えるだけさ」
再来年と言われて思い浮かぶのは以前コロちゃんから聞かされた『冬将軍』と呼ばれる精霊のことだ。
その精霊が何のためにやってくるのかと思っていたが、マナの淀みを解消するために来るということなのかもしれない。
もしかしたら偶然タイミングが合っただけで別の理由かもしれないが。
「じゃあ今年と来年を食べていけるだけの食料があれば良いのですね」
「そうさね。
しかしナンテさんの住む町からここまで食料を運ぶのは大変だろう?」
「それなら大丈夫ですよ。
よいしょっ」
ナンテは横の何もない空間から抱える程の箱を取り出した。
箱の中身はジャガイモだ。この箱1つで1家族、いや3家族くらいは節約すれば冬を越せるだろう。
その箱が計10個ほど積み上がった。
マルマとガジュは呆然とそれを見つめていた。
「ひとまず今年はこれくらいあれば十分かしら」
「あ、あぁ。しかし一体何処から」
「私の【倉庫】からです」
説明されてもさっぱり分からないが、事実としてジャガイモの山は目の前にあるのだから問い詰める必要はない。
このジャガイモがあれば確かに今年の冬は乗り越えられるだろう。
むしろ村で蓄えている食料もあるので去年よりも余裕が出来る。
マルマ達にとっては喉から手が出る程に欲しいものだ。
ただ、だからと言ってそのまま受け取る訳にもいかない。
「大変ありがたいのだけど、あたし達から返せるものがないんだよ。どうしたものかね」
村人同士であれば多少の貸し借りはあるし借りた物を返すのも簡単だ。
しかしナンテ達は村の外から来た者たちで早々ここに来れる訳じゃない。
それに村全体を助ける程の借りをどうやって返せば良いだろうか。
ナンテもマルマの言葉を受けて「うーん」と考えて、壁に掛かっているものに目が行った。
「あの草は何ですか?」
「あれはレス草じゃな。獣の噛み傷に良く効くんだよ」
「そうなんですね。そういう薬草は他にもあるんですか?」
「もちろんあるよ」
「ならその薬草について教えて貰えますか?
知識は貴重な財産ですから」
「それくらいじゃあ全然釣り合わないが、今はその言葉に甘えておくよ。
じゃあガジュ。倉庫から一通り持って来ておくれ」
「わかった!」
パタパタと部屋を出て行ったガジュは少ししてザルに幾つもの薬草や木の実を載せて持って来た。
ガジュが薬草を取りに行っている間にマルマは道具を用意していた。
「まずは薬草の説明をして、それから煎じ方などを伝えていくよ」
「よろしくお願いします」
その日はそのまま薬草の講習が始まり、夕飯も頂いて、その後も講習は続いた。
きっとガジュが止めなかったら寝るのも忘れてやっていたかもしれない。
なおナンテ以外の人達は村長宅の居間で一晩を過ごした。




