30.森の夜
ルーカレの3人が枯れ枝を集めて戻ってくると、洞窟の中は一変していた。
凹凸が激しかった地面は平らになっていて、しかも表面は尖った石ではなく踏み固められた土になっていた。
その変わりようは一瞬別の洞窟に来てしまったのかと錯覚するほどだ。
「鍬は便利でしょう?」
「いや、まあ、うん。そうだな」
自慢げに言うナンテに空返事で答えるしか出来ない。
確かに過ごしやすくなったので良いのだけど、自分たちがここを離れたのはほんの15分程だ。
その短い時間で洞窟内を満遍なく均すとか出来るのだろうか。
これも魔法なのか?と首を傾げたいところだがそんなことを考えるより手を動かすべきか。
「じゃあ集めた枯れ木に火を点けるか」
「はい、どうぞ【着火】」
ボッ
「そうだ水を汲んでこないと」
「【流水】これでいいかしら」
こぽこぽこぽ
ハンターの人達がさてどうしようかと手をこまねいた所でナンテが横から魔法を使ってサッと解決していく。
「あの……」
「なにかしら」
「ナンテお嬢様は魔法が得意なんですね」
弓士のキャジンが思わず漏らしてしまった。
森に入ってから魔物の接近をいち早く察知したのも実はナンテだったし、この洞窟を見つけたのだってナンテだ。
だから探知魔法が得意な得意な子なんだなとは薄々気付いていた。
でもまだ10歳にもなっていないのだし、1分野の魔法に秀でているだけでも相当優秀だと言えるのに、火魔法も水魔法も慣れた手つきで使って見せた。
洞窟の地面だって鍬を使ったのは本当だろうけど土魔法を併用していたのかもしれない。
一体何属性の魔法を使えるのかと興味を持ってしまっても仕方がない。
「ええ、畑魔法は大体使えるわ」
「畑魔法?」
なんだそれは。聞いたことがない。
後ろを振り返って仲間の顔を見るが、俺に聞くなと言った感じに首を横に振っていた。
「それよりお湯が沸いて来たから夕飯を作ってしまいましょう」
「そうですね。って、そのジャガイモと野菜はどこから?」
「私の【倉庫】からよ」
「倉庫……」
やっぱり意味が分からなかった。
しかし意味は分からなくても実際にナンテは何もない中空に手を突っ込んで、そこからジャガイモを取り出すと一口大に切って鍋に投入していき、あっという間に野菜たっぷりスープを完成させてしまった。
「さあ、熱いうちに食べましょう」
「え、ええ」
「いただきます」
これまたどこからともなく取り出した椀を受け取り、スープを頂く。
するとどうだろう。
「こ、これは!?」
「なんだこれ美味すぎ!」
「塩と野菜突っ込んだだけだよな? どうしてこんなに美味いんだ」
驚く警備隊やルーカレメンバーにナンテはにっこり。
やっぱり自分の育てた野菜が褒められるのは嬉しいものだ。
この中でナンテのジャガイモを食べなれているのはジーネンだけだが、そのジーネンに至っては今にもナンテに祈りを捧げそうなくらい至福の顔だ。
「昔はこんな美味しい物はたべられませんでしたな」
ジーネンが子供の頃は野菜くずが少し入っただけの味気の無いスープが当たり前だった。
当時はどの家も食べるものに困り、道端の雑草さえも何とか食べられないかと鍋に入れられたほどだ。
それが今ではこんなに豊かな食事にありつける。
食事を頂く時に毎回のように領主一家の奮闘に感謝を捧げるジーネンであった。
「って、もう空じゃないか!」
誰も彼もがほぼ無言でお代わりし続けた結果、ちょっと多めに作ったスープはあっという間に無くなってしまった。
一瞬この世の終わりみたいな顔をするオニギだったが、流石にもう1度作ってくれとも言えず仕方なく持っていた椀を置いた。
「夜の見張り当番を決めよう。
お嬢には寝ててもらうとして、俺達と警備隊で2交代で良いか?」
「そうですね。問題ないかと」
あっさりと決まって先に警備隊が休むことになった。
ナンテは子供だという事と護衛対象という事で夜の番からは免除。ジーネンも参加すると言ったがナンテの面倒を見て欲しいと遠慮された。
その間ナンテは洞窟を出てすぐの所をザクザクと耕していた。
「なぁ、何してんだ?」
「防衛網の構築。うちの畑にあるのと同じのを作ったからゴブリンくらいなら突破出来ないはずよ」
「そ、そうか」
「ん?」
ナンテが後ろを振り向くと、オニギがまた変な顔をしていた。
ともかく防衛網の威力は証明済みだ。
これで夜も安心して眠れるだろうとナンテはにっこり笑って洞窟の中に戻った。
そしてどこからともなく取り出した毛布にくるまって眠ってしまった。
寝つきの良さから考えて疲れていたのだろうが、やっていることは意味が分からない。
「……あのお嬢様は一体何者なんだ? 寝ている姿は歳相応だが」
「桁外れな魔法の実力があったり畑仕事が大好きなところがあるが、普通のネモイ辺境伯家の長女で大切なお嬢様だ」
「いやそれは分かってるんだが」
「心配はいらない。この子の善性は私が保証しよう」
そっと寝ているナンテの頭を撫でながらジーネンは答える。
その声には愛情と、それ以上に信頼が籠められていた。
「さあ、明日も早い。後半組はさっさと寝よう」
「そうですね。ルーカレの皆さん、よろしくおねがいします」
「おう」
いつの間にか人数分用意された毛布に包まってジーネンと警備隊の2人は眠ってしまった。
残ったルーカレの3人はたき火を囲みながら洞窟の外を眺める。
魔物の森の夜は初めての体験だ。
それもここまで森の奥まで来たのも初めて。自分たちの知らない魔物が出て来るかも知れないと思うと少し気を引き締めないといけないかもしれない。
とは言っても今は静かなものだが。
「実は夜に魔物は出ない、とか?」
「いやそれはないだろう」
「以前聞いた話では夜行性の生き物は、夜の暗さを活かす為に音や気配、魔力まで消して動くものもいるそうです」
「ならやっぱり気を緩めることはできないか」
「洞窟の正面の下草が刈られてるのがせめてもの救いだな」
「それもあのお嬢のお陰だ」
すぐ見える範囲とは言え、ナンテは鍬と鎌でサクッと耕してしまった。
自分たちの持っている剣で同じことをしようと思ったらかなり面倒だっただろう。
最初鍬なんて持って役に立つのかと思っていたが存外使えるものだ。
「それに小さい子供だから魔物の森なんてすぐに嫌になって帰ろうって言うかと思ったけどそんな事も無かったな」
「俺達よりも魔物の接近を早く察知してた時もあったし、夜営の準備だって手馴れた物だった」
「これで魔物討伐も出来るなら俺達居なくても問題なかったのかもな」
「ははは、まさか。……そんなこと、ないよな?」
「「……」」
暇な夜営中の雑談くらいの気持ちで話していたが、まさかの可能性に行きついてしまい、否定しきれずに押し黙ってしまうのだった。




