29.森の1日目
魔物の森を歩く事、数刻。
現在ナンテ達はゴブリン3体と対峙していた。
ちなみにゴブリンに遭遇したのは7度目だ。流石魔物の森と言うべき頻度なのか。
「コリブ!」
「任せろ」
リーダーのオニギの呼びかけに盾役のコリブが応えて前に出てゴブリンの攻撃を弾く。
態勢が崩れたところにオニギが剣で切り掛かったり、弓士のキャジンが矢を放って仕留めて行った。
ゴブリン3体程度では苦戦することも無いようだ。
最後の1体を切り倒した後は油断なく周囲に目を向けて追加の魔物が近付いていない事を確認する。
そして問題ない事を確認してまた先へ進む。
一連の動きに淀みがないことから、何度も繰り返し行っている動作なのだろう。
お陰でナンテ達は戦闘中は後ろで観ているだけだ。
「優秀なハンターなのね」
「そうですな。若い割りに堅実と言ってよいかと」
20歳くらいの若手ハンターには勢いばかりで雑な戦いをする者も多い。
それを考えればルーカレは安定した良いパーティーと言えるだろう。
とても良い事なのだけど、今はちょっと困ったことがある。
防御力は高いが破壊力に欠けているので1回1回の戦闘に時間が掛かっているのだ。
「これじゃあ何時まで経っても目的地に辿り着けないわね」
「近づいてくる魔物を無視する訳にも行きませんし仕方ないでしょう」
「そうよねぇ」
そんな話をしている間もナンテの探索範囲に幾つも魔物の気配が引っ掛かっている。
うち2つはこのまま真っすぐ進めば遭遇してしまうし、迂回しても別の魔物にぶつかるだけだ。
特別急ぐ訳では無いのだけど、当初計画していた帰宅日を大幅に過ぎてしまうと両親を心配させてしまう。
このままの速度だと目的が達成できずに撤収という事もあり得る。
なのでナンテは一計を案じることにした。
「ジーネン、しばらく周囲の警戒を任せても良い?」
「ええ、お任せください。
ナンテお嬢様は何をなさるのですか?」
「これよ」
差し出したナンテの手の上には石ころが乗っていた。
ナンテはそれを両手で包み込むようにして魔力を注ぎ込んだ。
「【ストーンエレメント】」
手の上からふわりと石が浮かび上がり森の中に飛び去って行った。
1つ2つ3つ。合計7つほどが飛んでいく。
「お願いね~」
ナンテは見送りながら手を振った。
周囲の大人はナンテが遊んでいるように見えたのか微笑ましい眼差しをナンテに向けていた。
ハンター達もちょっと呆れつつも何も言わず森の奥へと歩を進める。
一方、ナンテの放った石たちはまるで意思があるように森の中をスイスイと飛びまわり、魔物を見つけるとその後頭部にコツンと体当たりしていた。
「ウガッ?ウガーーッ」
それほど痛くはないけど何かに攻撃されたと思った魔物は怒って振り返り、敵の姿は見えないけどとにかく何か居るだろうとそっちへと走って行った。そう、ナンテ達が居るのとは別方向に。
お陰でその後は特に何事も無く森を進むことが出来た。
突然魔物が減ったので逆に警戒してしまう一面もあったがジーネンから「今のうちに先に進もう」と進言があったので足を止める事も無かった。
「助かったわ、ジーネン」
「いえ。ハンター達はまだお嬢様の実力を信じ切れていないようですからな」
そっとお礼をいうナンテにジーネンも小さく頷く。
多分先ほどの進言をナンテが言うと「何もわかっていない子供に言われてもな」と反感を買うだけで無視されていたことだろう。
実際にはこの一団の責任者はナンテになるので彼女の言葉に異を唱える事は出来ても無視してはいけないのだけど、どうしても子供と侮られる。
ルーカレの3人は腕は確かなようなのだけど、まだ精神面で若さが目立つ。自分たちよりも1回り近く年下の子供が自分達より実力が上だとはなかなか納得できないのだ。
そうしてあと1時間程で日が沈むというところで一行は足を止めた。
「日が暮れる前に夜営できる場所を探そう」
「そうだな」
魔物が蔓延る森とは言っても、丘になっている場所もあれば川も流れているしちょっとした崖になっている場所もある。
夜営をするならまず魔物の接近に気付きやすい開けた場所、もっと言えば一方向が崖に面していれば尚良い。
最善は夜露も防げる洞穴なのだけど早々見つかるものでもない。
「ルーカレの皆さんはこの辺りに詳しかったりしないのですか?」
警備隊の1人が尋ねるがリーダーのオニギは首を横に振った。
「俺達は普段日帰りで活動している。
だからここまで森の奥に来たことは無いんだ」
「そうでしたか。
出来ればナンテお嬢様にはゆっくり休んで頂きたいのですが」
「そこはこの森で夜営すると決めた時点で諦めてもらいたい」
いつ魔物に襲われるかも分からない状態でゆっくり寝ることも出来ない。
更に夜になれば夜行性の魔物も動き出すから危険度は跳ね上がる。
オニギ達が日帰りしかして来なかったのは日中だけで十分な量の魔物を狩れる事もそうだが、視界が悪い状態で魔物に襲われる危険を避けたかったというのもある。
それなら夜営に慣れたハンターに同行を頼めば良かったんじゃないかと言いたくなるが、近年の魔物増加で熟練のハンターは手が空かず、残った若手ハンターはオニギ達同様に日帰りで活動をしている者ばかりだ。
ともかく無いものをねだっても仕方ないので少しでも開けた場所を探そうかと動き出したところでナンテが森の奥を指差した。
「向こうに少し行ったところに小さな洞窟があるわ」
「えっ!?なんでそんなことが分かるんだ?」
驚き尋ねるオニギにナンテはにっこり笑って返した。
「私の魔法で見つけたの」
「おいおい、そんな魔法聞いたことが無いぞ」
「そうなの? でもあったから行きましょう。
のんびりしていると日が暮れてしまうわ」
さっさと歩きだしたナンテを慌てて追いかける。
するとなるほど。
ナンテの言った通り洞窟があっさりと見つかった。
「本当にあるとはな」
「いったいどんな魔法を使ったんだ」
「それより安全の確認を済ませよう」
疑問は残るけど事実洞窟はあったのだから大した問題ではない。
それより洞窟は動物や魔物の塒になっている事が多いので警戒は怠れない。
この場所もそうなら自分達が寝ている間に戻って来られると危険だ。
だから足跡や抜け毛、糞などが落ちていないか調べる。
「古い物なら落ちてるけど最近の物は無さそうだな」
「これなら問題なく使えそうだ」
「なら早速焚き火を作ろう。そろそろ冷えて来た」
今は秋の暮れ。あと1月もすれば雪が降り出す季節なので日が沈むとグッと冷え込む。
ハンターたちが夜営の準備を始めるなか、ナンテも洞窟の地面をペタペタと触って具合を確認していた。
「うーん、凸凹してて寝にくそうね」
「そうですな」
「今のうちに均してしまいましょうか」
「それがよろしいでしょう」
「「……」」
まるでさも当たり前のように鍬を掲げサクサクと洞窟の中を耕していくナンテとジーネン。
警備隊の2人は呆れた感じでそれを見送りつつ、自分たちも周囲の警戒の為に行動を開始するのだった。




