28.いざ森へ
それから数日後。
護衛として同行するハンターの人選が終わり、ナンテの畑も他の子達に面倒を見て貰うようにお願いしたので、ようやく森に入る準備が出来た。
今回ナンテに同行するのはジーネンはいつもの事として、警備隊から2人、ハンターズギルドから3人の総勢7人である。
ちなみに警備隊の2人はいつも畑を手伝ってくれている人とは別の人だ。
いつもの人達には畑の警備もして貰わないといけないから連れていけない。
「皆さん、よろしくおねがいします」
「お任せください!」
「お嬢様には指一本触れさせません!」
気合十分な警備隊の2人。
警備隊の詰所にはナンテが時々差し入れをしているので、領主の娘として以上に大切に扱われている。
今回の人選も激しい争奪戦の結果決まっている。
「無茶して怪我なんてしてくれるなよ」
「ちっ、ガキのお守りか」
「まあまあ。ちゃんと報酬は出るんだから」
対してハンターの方はあまりやる気は無さそうだ。
見たところ20歳前後の男性3人組で、片手剣士、盾士、弓士と前衛寄りのパーティーだ。
魔法も多少は使えるだろうが、物理攻撃主体で魔法は身体強化に使うくらいかもしれない。
新進気鋭の若手ハンターにありがちで気が強そうだ。
ナンテは全員で森の入口まで移動したところで改めて今回の目的を共有することにした。
「今回は森の奥に暮らしている部族との接触が目的です。
なので魔物との戦闘は極力避けたいと思います。
目的地までの距離は私1人で走っても1日掛かるだろうと言う話なので、今夜は途中で夜営を行います。
それと、私は領主の娘ですが今回の行程において敬語とかは不要です。
皆さんから何か質問はありますか?」
「ならいいか?」
ハンターの1人から手が挙がる。
「どうぞ」
「【ルーカレ】パーティーのリーダー、オニギだ。
あんたの足で1日ってことは俺達だけで駆け抜ければ半日でその部族の集落に辿り着けるんじゃないか?
無駄に危険な場所に行かれるよりも家で待っててくれた方が楽なんだが」
「あら」
オニギの言葉にちょっと驚くナンテ。
もしかしたら彼らはナンテが思ってたのよりもずっと優秀なのかもしれない。
自分の倍の速さで走れるという事は身体強化だけでも相当だろう。
しかしジーネンの方を見ればちょっと頭を押さえてため息をついていた。
「ルーカレのハンターランクは今いくつだったろうか」
「今はDランクだ。このクエストが終わればCランクの昇格試験を受ける資格が得られる」
「ふむそうか。ちなみにCランクになるには情報収集能力も問われる」
「それが?」
「自分のいる領地のお嬢様の実力くらい把握しておいた方が良い。
お嬢様の噂はそれなりに広まっているだろう?」
「それはまぁ」
ナンテの話は領都の中であれば幼児から老人まで知っているだろう。
5歳から自分の力で畑を創り、4年で通常の農家の数倍の耕地面積を管理する天才。しかもその畑から採れる野菜はすこぶる評判が良い。
他にも魔物の森から溢れた魔物を何度も討伐しているとか眉唾物の話もあって、人によっては領主の娘を持ち上げる為の方便だと考えている場合がある。
恐らくルーカレのメンバーも畑の事は知っていても魔物の方は信じていない口だろう。
「ここからでも見えるだろう。
あそこに見えるのがナンテお嬢様の畑だ。
お嬢様はあの畑の半分以上をご自身で耕している。
身体強化の魔法だけで言えば君達以上だろう」
「ということはまさか」
「お嬢様が走って1日という事は我々ではそれ以上かかるという事だ。
その距離を案内なしに魔物を相手しながら移動するとなれば目的地にたどり着くのはかなり大変だろう」
ジーネンからの説明を受けて、今度は慎重に頷くハンター達。
そこへそっと上がる手。ハンターの一人、弓士だ。
「あの、ナンテ様が凄いのは分かったのですが、その、持っているそれは何ですか?」
「え、鍬だけど見た事無いの?」
「それは分かりますが」
ナンテの手にはいつも愛用している鍬が1本。あと腰に鎌も差している。
それはいつも畑仕事をしている時の装備だ。
魔物蔓延る森に入ろうというのに剣の1本も持っていない。
「これじゃダメだった?」
「いえ、やはり使い慣れた道具が一番でしょう」
そういうジーネンの手にも鍬がある。
ジーネンの場合は腰に鎌の代わりに剣が差してある。いやこれは鉈か。
だけどやっぱりハンターからしたら意味が分からない。
「まさかとは思うけど魔物と鍬で戦う気なんですか」
「ええ」
「そうですな」
事も無げに頷くナンテとジーネンにやはり理解は出来ない。
が、そもそもこの2人は今回の依頼人であり護衛対象。魔物と戦うのは自分達の役目だ。
むしろ中途半端な武器を持って魔物に突撃されたら守るのも難しくなるのでこのままの方が良いかもしれない。
そう思い直してそれ以上追求するのは止めた。でもこれだけ言っておく必要があるだろう。
「魔物が出た時、私達よりも前に出ないでくださいね」
「ええ、善処するわ」
これでもう質問は無いようだったので早速森の中へと足を踏み入れる事にした。
フォーメーションは前方にハンターの戦士が2人。中衛にナンテ、ジーネン、ハンターの弓士。後衛に警備隊の2人だ。
ナンテを中心に据える事で万が一にもはぐれる事が無いようにしつつ、前後左右どちらから魔物が来ても対応できるようにと考えての事だ。
ちなみにナンテの肩にはコロちゃんが鼻歌交じりに座っている。
コロちゃんをちらりと見れば森の奥を指差した。
ナンテはそれに頷き皆に指示を出す。
「まずは道なりに真っすぐ行きましょう」
「道、ですか」
「随分広い獣道だが、なぜこんな所に?」
魔物の森はハンター以外、基本的に人は入らない。
なので当然道が整備されている訳もなく、辺り一面原生林があるものと思っていたし、普段【ルーカレ】の3人が森に入る時もそれで間違いなかった。
しかし、今目の前には多少なりとも草が排除されて踏み慣らされた道らしきものがあった。
「いったい誰がこんな場所に道を作ったんだ?」
「多分ゴブリン達ね」
「「ゴブリンが!?」」
ナンテの答えに数人から驚きの声が上がる。
「確かにゴブリンは巣を作る習性があるが、こんな森の入口に道を作って何がしたいんだ」
「それはきっと私の畑を襲撃する為よ」
毎年数回、ナンテの畑にはゴブリンの集団が襲撃を仕掛けている。
1回の人数は10体から多い時は100体を超えるのだけど、彼らは当然少しでも歩きやすい場所を通ってくる。
すると大体同じ場所が使われ、段々その地面は踏み固められ草が生えにくくなり道が出来上がる訳だ。
「それならここを歩いてるとゴブリンの集団に遭遇するんじゃないか?」
「どうかしら。一昨日畑に出て来たばかりだし。
それにもし出て来ても今日はハンターの皆さんが居るから大丈夫でしょう?」
「まぁゴブリンくらいなら何体出て来ても大丈夫だが」
「敢えて森の中を突っ切るより歩きやすいし見通しも良いから安全かもな」
特に反対意見も出なかったので、そのままゴブリンによって踏み慣らされた道を進むことになった。




