27.コロちゃんのお願い
冬将軍の話があった後もナンテの生活は変わらない。
皆と一緒に畑を耕して、森から出て来た魔物を倒して肥料にして、豊かに実った作物を収穫する。収穫が終われば地面を均したり肥料を鋤き込んだりして、また種を蒔いていく。
変わった事といえばジャガイモや豆など保存が利く作物を多く作るようにしたことくらい。
ただ偏りが出来ると問題も出て来る。
「同じものを育て続けると連作障害っていうのがあるらしいのよね」
農家のお爺さんに話を聞いてみたところ、ジャガイモのような地中部分を食べるもの、ホウレンソウのように葉部分を食べるもの、そして果肉部分を食べるものそれぞれを満遍なく育てた方が良いらしい。
だけどネモイ辺境伯領では果肉部分が食べられる作物で日持ちするものと言えばリンゴのような果樹なのだが、種から育ててリンゴが収穫できるまで数年掛かる。苗からならかなり短縮できるがそれでも1年以上掛かるし、問題は何よりもジャガイモなどとは育成のノウハウが違い過ぎる。
多分今から育て始めたら真面に収穫できるのは再来年以降になるだろう。何より育成途中のリンゴの木が冷害を乗り切れるかどうかも分からない。
まあそもそも樹では困るのだが。
「ジャガイモなら美味しく育てる自信があるんだけどなぁ」
畑に鍬を入れながらため息を吐く。
そんなナンテを周りの皆は少し心配そうに眺めていた。
「ねぇコロちゃん、どうしたらいいと思う?」
『畑仕事に詭道なし、だよ』
「だよねぇ」
楽して美味しい作物が沢山収穫できるような話はそうそうない。
畑というのはこちらが手間暇掛ければ掛けるだけ良い作物が出来るものだ。
「せめて品種改良で連作障害が起きないようにしたいな」
ナンテの畑のジャガイモはナンテの魔力を吸って金イモと呼ばれる程に品種が変わった。
なら果肉が食べられるジャガイモなんかも育てられるかもしれない。
色々試してみようと思うが、やっぱりすぐに結果が出るものでもない。
「畑仕事は地道にコツコツと」
なんて呟きながら鍬を振るうナンテだけど、1振り毎にどっかんどっかんと畑を掘り起こしている姿はコツコツとは程遠い。
そうしてその年も何事も無く過ぎていくかに思えたある秋の日。
『ナンテ。ひとつ助けて欲しい事があるんだ』
「あら。珍しいね」
基本的にナンテの出来る事はコロちゃんも出来るので、今まで何かを求められることなんて無かった。
なのにここに来て助けて欲しいということは相当重大事件だろうか。
「それで私は何をすればいいの?」
ナンテから見てコロちゃんは精霊であると同時に気の置けない友人であり、勉強や魔法を教えてくれる先生でもある。
そのコロちゃんからのお願いを断るという選択肢はナンテの中には最初から無い。
『僕達の古い友人達を助けて欲しいんだ』
詳しく話を聞くと、どうやらナンテ達が「魔物の森」と呼んでいる北の森の奥で暮らしている人達が居るらしい。
その人達は普段、魔物を狩って生活していたそうなんだけど、最近の魔物の活性化によって逆に魔物に襲撃を受けているという。
今日明日でどうにかなる訳ではないが、このままだと冬を迎える前に全滅してしまうかもしれない。
『弱肉強食といえばそれまでだから僕達は直接介入できないんだ』
「でも助けたいんだもんね」
『うん』
精霊ならではのルールがあって手が出せないらしい。
そこで抜け道として契約者に代わりに行ってもらおうという訳だ。
もっとも、ナンテとコロちゃんは『友達』であって契約を結んだ関係ではないが。
ただそれこそナンテには関係ない。
友達が困っている。それだけで自分が頑張る理由としては十分だ。
「ただその為には1つ問題があるわ。
私まだお父様から森に入る許可を貰えてないの」
『あ、そっか』
魔物の森は危険だから入ってはいけないと父から言われていた。
ナンテとしてもこれまでは森に入らなくても魔物の方から来てくれたのでわざわざ森に入る必要が無かった。
だから今までは問題なかったのだけど、コロちゃんのお願いを聞くためにはどうにかして許可を得なくてはいけない。
これでもし無断で森に行ったら、怒られて家から出してもらえなくなるかもしれないのだ。
両親は過保護ではないがナンテ大好きなので、明らかに危険な事はやらせてくれないだろう。
「なにか許可が貰える作戦を練らないと」
幸い今年の畑の収穫はそろそろ終わる。
後は短期間で収穫できる野菜を育てたり、その種を収穫するだけだ。
なので親の許しが出ればいつでも森に行く時間は取れる。
その許しを得るのが難しいのだが。
ただここで1つ問題があった。
「お父様達に嘘は言いたくないなぁ」
ずる賢い子供なら嘘も方便と口八丁で両親を言いくるめる事も出来たかもしれない。
だけどそれはナンテの中で悪だった。
今回に関して言えばコロちゃんのお願いを聞くために、どうしても両親に嘘を言わなければならないという訳ではない。
それなのに楽だからとか自分に都合が良いからとか、そんなことで悪い事をする訳にはいかない。
それをすればきっと自分は汚れてしまう。
だからナンテは自分に正直に真っ直ぐ行くことにした。
「お父様。魔物の森に入る許可をください」
「は?」
夕食の席でずばっと切り出したら、驚いた父は持っていたフォークを落としてしまった。
それに目もくれずナンテは更に言い募った。
「大事な用事があるのです。どうかお願いします」
普段あまり見ない真剣なナンテの顔に、両親は何事かあるのだと察した。
なにせ今年の春に冷害が来ると予見してみせた娘の言う事だ。決して遊び半分とか興味本位などではないだろう。
父はナイフを皿の上に置き、ひとつ深呼吸をしてからナンテに尋ねた。
「ナンテ、魔物の森が危険な場所であることは分かっているね?」
「はい、もちろんです」
「大事な用事があると言ったね」
「はい」
「じゃあそれは、ナンテが行かなければならないのかい?」
「それは……」
どうだろう。
確かにコロちゃんから頼まれたのはナンテだ。
だけどナンテがやらないといけないとは言われてはいなかった。
例えば父が軍やハンターを率いて森に入っても良いのかもしれない。
ただ、今まで魔物の森の中に村が見つかったという話は聞いたことが無い。それはつまり普通に森の中を歩いただけでは見つからないという事ではないか。
恐らくだけどコロちゃんの案内が無いとダメなんだと思う。
「やっぱり私が行く必要があります」
「そうか……」
ナンテの回答にがくりと項垂れる父はしかしダメとは言わなかった。
これもきっと精霊のお導き。ならきっとナンテの事は精霊が護ってくれるはずだ。
「決して無理はしないように。
ジーネンを始め警備隊やハンターから何人か護衛を連れて行きなさい。
費用なら私が持つから」
「ありがとうお父様」
本当は父親自身が一緒に行ってあげたいが、いざという時に護衛対象が多いと守る側が大変になるし、その場合領主である自分が優先されナンテは後回しになる。
それなら自分は行かない方がナンテの安全を確保できるだろうと思い、せめて優秀なハンターが護衛に就けるように手を回そうと考えるのだった。
やっと正規ルートに入った!と思った瞬間に脇道に逸れていくorz




