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「あなたも早く婚約破棄なさったら?」って大きなお世話よ!  作者: たてみん
精霊の試練

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26/200

26.過去の記録

 そして翌日。

 改めてナンテが冬将軍についてコロちゃんに聞いた話を伝えると、ふたりは頭を抱えてしまった。

 食事を終えナンテが部屋に戻ったのを確認してから深刻な顔で話し始める。


「ナンテの話が本当だとしたら大変なことになるぞ」

「そうですね。再来年のほぼ1年中、それも近隣諸国も含めて気温が下がるだなんて。

 あれ……待ってください。そう言えば歴史書にそれらしい話がありませんでした?」

「む、あれか」


 それはもう今から50年近く前の事だ。

 冷害によって大陸中で大飢饉が発生したという史実があった。

 時の王は多くの犠牲を出したもののその後の復興著しく、その手腕は見事の一言であったそうだ。

 ただ王家編纂の歴史書には王の偉大さばかりが書かれていて具体的に飢饉の原因やどう対策したのかは明記されていなかった気がするが。


「急ぎ過去の資料を調べよう」

「そうですね」


 ふたりで書庫に向かい、歴史関連の本を読み漁る。

 幸いここは建国以来続く辺境伯家だ。

 その頃からの領の記録を日誌という形で残していた。


「大陸歴1115年、1110年。……ちがうな。もっと前か。

 大陸歴1105年3月。む、これだろうか。

「見つかりましたか?」

「ああ。飢饉に関する話が書いてある」


 二人で顔を寄せ合うように1冊の日誌に目を通した。


『大陸歴1105年3月12日。晴れ。

 今年は何とか無事に冬を乗り切ることが出来た。

 2年前の大飢饉の時は多くの餓死者を出してしまったが、我が領も無事に復旧出来たと言えるだろう』


「ということは実際に飢饉が起きたのは1103年ですね」

「そうなるな」


 ふたりでその年の日誌を読んでみれば、そこには恐ろしい内容が書いてあった。


『1103年6月2日。曇。

 おかしい。6月になったというのにまだ春の陽気だ。

 それに例年に比べ、晴れの日も少ない気がする』


『1103年6月26日。晴れ。

 ここ数年魔物が増えていたが今年も既に各地で魔物の被害が出ている。

 これ以上増えると街の警備隊とハンターズギルドだけでは抑えきれないかもしれない』


『1103年8月10日。晴れ。

 太陽が出ているというのに全く暑くない。

 近隣の領地にも確認したが、どこも似たようなものだという。

 馬鹿な奴は過ごしやすくて良いなどと言っているが、これがどういう意味か分からないのだろうか』


『1103年10月22日。小雨。

 各地から小麦が壊滅的だという報告が上がっている。

 我が領で生産しているジャガイモは元々寒さに強い作物だから収穫は出来ているが、それだけで冬を乗り切れるだろうか』


『1103年12月17日。曇。

 食料不足から各地で盗賊が大量発生しているらしい。

 やつらもわざわざ雪が多く寒いこちらに来る事は無いだろうが、他の領地は大丈夫だろうか』


『1104年1月1日。吹雪。

 社交どころではない為、正月も自領で過ごしている。

 この冬は例年よりも厳しいらしく大雪で何日も家から出られない日が続いている。

 領民たちは大丈夫だろうか』


『1104年2月15日。晴れ。

 領内の各地から餓死者の報告と食料支援の嘆願が来ているがもう既に私の所にも食料は残っていない。

 最後の手段としてハンターズギルドと共に魔物を狩ってくることにした。

 だがオークのような肉の豊富な魔物は見当たらない。

 空腹に耐えきれず食したゴブリンの肉は筆舌に尽くしがたい味であった』


『1104年3月17日。晴れ。

 ようやく春が来た。急ぎ畑を起こしつつ、山菜で飢えを凌ぐ。

 しかし領内の餓死者が全体の2割近くに上ったという報告が来た。

 国全体では何と5割近くが冬を越せなかったという。

 しかも周辺諸国も同じような状態だというではないか』


 そこまで読み進めて一息入れる事にした。

 国民の5割が亡くなる程の大惨事。それがどうして記憶に薄かったのだろうか。

 50年前ならまだ当時から生きている人も居るだろうに。

 その答えは恐らく貴族社会にある。


「犠牲になったのはほとんど平民だったのだろう。

 貴族であれば多少なりとも食料の備蓄はあったはずだ。

 自分達に直接の被害がなければ歴史にだって残りにくい」

「なるほど。でもどうして当時の辺境伯も食糧難に?

 ジャガイモは収穫出来ていたようですし、備蓄と合わせれば領民も飢えずに済みそうですけど」

「こっちを見てみろ。再三の王家の要請を受けて仕方なく食料を献上したとある」


 辺境伯領も王国の一部だ。

 国から要請を受ければ応じない訳にはいかない。

 それさえなければ領内で餓死者は出なかったかもしれないと思うと国に対して愚痴の一つも言いたくなる。

 ともかくこれで、ナンテが言っていたような冷害が起きる可能性があることは分かった。

 だけど当時は誰も予見できなかったのだろうか。


「50年前ならまだ精霊術師が何人か居た筈だ。

 彼らならナンテと同じように冷害を察知することが出来たんじゃないか?」

「そうですね。もう少し調べてみましょう」


 そうして更に問題の1103年前後も日誌を調べていく。

 するとやはりそれらしい内容が幾つか見つかった。


「これを見てくれ。

 1102年の3月。冷害の前の年の記録だ。

 『南方の領地で去年の小麦を買い込む貴族や商人が居るらしい』

 恐らく何かしらの情報源から来年は冷害が起きると知ったんじゃないだろうか」

「こちらは1104年5月のものですが一部の貴族が小麦を定価の数倍で売りに出していたと記載があります」


 貴族の名前を確認すれば当時の爵位はバラバラだったが現在はどこも子爵以上。

 その時に成した財や食料を王家に献上した功績によって爵位を1つ2つ上げていたようだ。


「待てよ。50年前と言えば先代のアンデス12世が即位して間もない頃じゃないか?」

「そう、ですわね」


 王が交代したとなれば治世は多少なりとも不安定になる。

 そこへ大飢饉だ。国が傾くほどの大問題になってもおかしくない。

 しかし実際には歴史書にも書かれる程に王家主導の復興政策は功を奏して国は安定し、アンデス12世の評価が上がったという。

 その裏には恐らく王家から主要貴族に対する食糧支援があったと思われる。


「つまり王家は敢えて冷害が起きる事を公表しない事でその治世を盤石なものにしたのか」

「その代わり大勢の餓死者が出たのですけどね」


 確かに効果的なやり方ではあるのだろう。

 大概の貴族からしてみれば平民が餓死しても毛ほども良心は痛まないだろうし。

 教会などはこれを神の試練だと言って信者を増やしていた可能性もある。

 ただ、当時はともかくとしてだ。

 再来年に同じように冷害が起きるとしたらどうなるか。

 同じように王家と一部の貴族による備蓄食料の独占が起きるかと言えばそうでもない。

 なぜなら現在のアンデス王国に精霊術師はほとんど居ないからだ。

 こんな大事件、確証がないのに動く人はまずいない。

 仮に今から食料の備蓄を開始して、再来年に冷害が来なければ大損だ。

 他の貴族からも変な噂を信じた大馬鹿者だと笑われるだろう。

 それにそもそも自分たちが警告を発しても、信じてもらえない所か嘘の情報で国を転覆を狙ったとして投獄されるかもしれない。

 残念ながら自分たちに対する王家や主要貴族からの信頼は無いに等しいのだ。


「当面は私達で食料の備蓄を増やすに留めよう」

「ナンテにも他の人に言い触らす事の無いように伝えておきます」

「ああ頼む」


 信用できないのはこちらからも同じだ。

 だから今しばらくはこの事を公表しない事を決めたのだった。



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