24.別れの手土産
ナンテが魔法に失敗したのを見てリモンは少し心配そうに彼女を見た。
ナンテは失敗に慣れて無さそうなのでショックを受けてしまっただろうか。
「や、やっぱりすぐには無理だよ」
「まあそうよね」
(あれ?)
心配して声を掛けたリモンに、ナンテはごくあっさりと返事をした。
そのことにリモンは内心驚いていた。
自分の場合は初めて魔法が使えるようになった頃から両親や周りの人に天才だと持て囃されていた。
この魔法だってやり方を教えてもらって試してみたら、すぐに小さいながらもゴーレムの作成に成功した。
天才な自分は何をやっても余裕で出来てしまうんだと思っていたぐらいだ。
そんな僕が初めて挫折したのがここに来る少し前。鉄の甲冑を操る【ガーディアン】の魔法を習得しようとした時だ。
これも楽勝だろうと思っていたけど、魔法を放っても鉄の甲冑はうんともすんとも言わない。
何度繰り返しても全然成功しなくて、すごく悔しい思いをした。
ナンテも自分と同じで失敗を経験したことが無いんだと勝手に思い込んでいたので、自分のように酷く落ち込むんじゃないかなって思っていた。
でもそれは杞憂だったようだ。
「よしもう一回。うーん……だめね。
ならちょっと変えてもう一回。これも違うのね。
こっちはどうかな」
ナンテはまるで失敗を楽しむかのように何度も繰り返している。
大人から見れば無邪気で可愛いと映るかもしれないが、リモンの目にはもっと別の崇高な何かに見えていた。だからつい訊ねてしまった。
「ナンテはどうしてそんなに頑張れるの?」
「ん?」
もしかしたら彼女にとってはこの程度苦労の内に入らないのかもしれないとも思う。
でもそうでもなかったらしい。
「この魔法は畑仕事に役に立つと思うの。
作物が沢山作れるようになればお父様達も領の皆も笑顔になるでしょ?
それの為なら幾らでも頑張れるわ」
そう笑顔で答えるナンテの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
大天才の彼女でも新しい魔法を憶えるのはかなり大変な事のようだ。
それでも誰かの為になるのなら頑張れるという。
翻って自分はどうだっただろうか。
家族に認められたい。褒めて欲しい。その程度の気持ちで魔法の勉強を続けていたように思う。
失敗したら自分には合わない魔法なんだと簡単に匙を投げて出来る魔法だけを練習していた。
だから畑仕事でも、魔物と対峙した時もあまり役に立てなかったんじゃないかな。
(僕ももっと志を高く持とう)
ナンテが繰り返し魔法の練習をしている横で、リモンは決意を新たにするのだった。
その日は結局ナンテの魔法は成功しなかった。
しかし次の日もその次の日も晴れていたのでナンテは畑仕事に出かけていて魔法の事はすっかり忘れてしまったようだった。
その事に少しがっかりしたリモンだったけど、リモンもナンテの畑仕事に付き合っていたので毎日くたくたになっていて帰宅後にナンテに魔法の指南をする余裕はない。
ナンテからも特にリモンに教えを乞う事も無かった。
そして遂にリモン達ムクジ公爵一家が帰る日になった。
結局リモンは精霊と契約を交わす事は出来ず空振りに終わっていた。
しかし元々可能性の低い話だ。気落ちする程でもない。
馬車に乗り込むリモンに、ナンテはお別れの挨拶と一緒にバスケットを渡した。
「馬車が動き出したら中を見てね」
悪戯っぽく笑うナンテに見送られて馬車は走り出した。
そうして少ししたところでリモンはバスケットの蓋を開ける事にした。
向かいの席に座っている両親も興味津々だ。
「さてナンテ嬢は一体何をプレゼントしてくれたのかな?」
「私は手作りサンドウィッチじゃないかと思うわ。
ナンテちゃんは料理も出来るって言ってたから」
「お父様もお母様も落ち着いてください。今開けますから。
えっとこれは、ジャガイモ? それと手紙もある」
リモンは手紙を取り出して読んでみた。
『リモン君へ
この1週間どうもありがとう。
バスケットの中身は去年私の畑で採れたジャガイモです。
本当は領外に出しちゃダメなんだけど、みんな美味しいって食べてくれてたのでお父様にお願いして入れさせてもらいました。
それとリモン君に教えてもらった魔法、まだ上手く出来なくて今はこれくらいなの。
次会えた時はちゃんと披露するから楽しみにしててね。
ナンテより』
何というかナンテらしい飾り気のない真っすぐな手紙だなとリモンはクスリと笑った。
ただちょっと気になる文面がある。
(今はこれくらいって?)
一体何のことだろうか。
もしかしたらバスケットの中にまだ何か入ってるのかもしれないと思い、改めて中身を確認したところ、やっぱりジャガイモしか入っていなかったが、ふいに目が合った。
「え……」
『……』
見間違いかと目を擦って見直してみてもやっぱり目が合った。ジャガイモと。
ジャガイモに芽があるなら分かるけど、どうして目があるんだろう。
そのジャガイモは笑うように目を細めると、足も無いのにぽーんと飛び上がり、リモンの手の上に乗っかった。
それを見た両親もびっくりだ。
「それは新手の魔物か!?」
「確か擬態スライムというのが居るはずですわ」
「ま、待ってください。どうやらナンテの魔法みたいなんです」
警戒する両親を何とか止め、事情を説明した。
「先日ナンテにクリエイトゴーレムの魔法を教えたんです。
でもその時はまだ使えなくて、てっきり諦めたと思っていたんですが」
「うむ、しかしそれは見るからにゴーレムでは無いぞ」
「そうね。魔石も無いのに術者からこれだけ離れてもまだ魔法が切れていないという事は大気中のマナを吸収して魔力に変換しているのでしょう。しかも動きが不規則でコントロールされている様子が無い。
それはきっと疑似生命体【ホムンクルス】と呼ばれる魔法よ。
ジャガイモに使った人の話は聞いたことが無いけど」
ホムンクルス。
名前だけは聞いたことがある。人形に仮初の生命を吹き込んで操る魔法だ。
ゴーレムやガーディアンが命令した通りにしか動かないのに対し、ホムンクルスは自分で考えて動くという。似ているけどゴーレムとは全く別系統の魔法の筈だ。
今も本当に心があるかのように踊って跳ねて笑っているように見える。
「これがホムンクルス。まるで生きているようだ」
「おいリモン。手紙の裏にも何か書いてあるぞ」
「え、ほんとだ。
『追伸。良かったらその子はリモン君の家の畑に植えてあげてください』
だって」
「あら良かったわ。
こうして見てたら段々可愛く見えて来たから食べるのは可哀そうに思えてたのよ」
「お母様はまたそんな」
「いやだが気持ちは分からなくはない」
なんとも呑気な両親だなと思いつつも、リモンも自分の手の上でコロコロと踊っているジャガイモを突くのだった。




