22.天才
その日の畑仕事を終えたナンテはリモン達を連れて家へと帰った。
「ただいま帰りました。お父様、お母様」
「お帰りナンテ。今日は魔物が出たそうだね。無事でなによりだ」
「お帰りなさい。疲れたでしょう? 今お茶を淹れるわね」
元気よく挨拶をするナンテを嬉しそうに迎え入れる両親。
これだけ見ても家族仲が良好なのはよく分かる。
ただ今日はいつもとは違って見かけない大人が2人、両親と一緒に居た。
「リモンもお帰り。皆さんにご迷惑はかけなかったかい?」
「ただいま帰りましたお父様」
「その様子だとナンテちゃんとも仲良くなれたみたいね」
「はい、お母様」
リモンと親し気に話している内容からどうやらリモンの両親らしい。
確かに顔立ちも似ている気がするし髪の色だってリモンと同じ緑色だ。
挨拶を終えた後は時間も丁度良いので夕食の席で改めて紹介されることになった。
「ナンテ。こちらはヒマリヤ王国のムクジ公爵夫妻と長男のリモン君。それと護衛のライ殿だ」
「ネモイ辺境伯家長女のナンテです。お会いできて光栄です」
「おぉ、実に立派な立ち居振る舞いですな」
冬の間に教わった貴族の挨拶の仕方を初めて実践してみたが、どうやらうまく行ったようだと内心ほっとする。
席に着けば今日はお客様が居るのでいつもよりちょっと豪勢な食事だ。
食事中は主にムクジ公爵から普段なかなか聞けない異国の話をしてもらいながら楽しく過ぎて行った。
そしてお腹が満たされたところでデザートが出て来た。
(あ、これは)
ナンテには一目でそれが何か分かった。
だけど公爵家の皆は分からなかったようだ。
皿の上に乗っている丸い拳くらいの大きさの食べ物に首を傾げるばかり。
「これは一体なんだろう。見た事のない料理だが」
「黄金の果物? いやケーキなのかな?」
「栗のようにも見えますが違うようですわ」
その様子にナンテの父親は悪戯が成功したといった感じでニヤリと笑った。
やはりヒマリヤ王国でもこれは無いらしい。
ちょっと自慢したかったので知られてなくて良かった。
「まあ食べてみれば……分からないかもしれませんが、きっと食べなれた食材ですよ」
みんなが問答をしている間にナンテは自分の分にフォークを刺し美味しそう食べていた。
それを見て自分もとリモンも一口食べてみた。
「っ!! 美味しい。こんなに美味しいの食べた事無いよ」
「ほほぉ。どれ……こ、これは!?」
公爵も試しにフォークを刺してみればほろほろと切り分けられ、口の中に入れればトロッと溶けるように喉を通って行く。
甘く、どこかホッとする味だ。
こんなに美味しい食べ物はヒマリヤの王城でも食べたことはない。
だけど確かに以前これと似たものを食べたことがある気がする。
でも一体何処だっただろうか。
考えても答えは出てこなかった。
「ネモイ辺境伯。これは一体なんですか」
「これはですな。我が領でのみ採れる『金イモ』というジャガイモの新種です」
「「ジャガイモ!?」」
「ええ。そのジャガイモを蒸かしたものがこれです。
今回、形は整えていますが調味料は何もつけていません」
ムクジ公爵領はヒマリヤ王国でも北方に位置する領地だったので、ジャガイモは何度も食べたことがある。
それは決して不味くはないが、こんな甘い物ではなかった。
だけど確かにジャガイモと言われたらそれらしい食感と風味が残っている。
「蒸かしただけでこの味。なんて素晴らしい」
「これなら毎日でも食べたいわね」
「ふふ~ん」
皆に褒められてナンテはにっこにこだ。
なにせこのジャガイモはナンテが育てたジャガイモだからだ。
ムクジ公爵家の皆はたいそう気に入ったようであっという間に食べきってしまった。
「このジャガイモ、輸出はしているのですか?」
「残念ながらまだあまり量が採れませんでな」
「そうですか。
もし輸出出来るようになったらぜひ私の所に」
「ええ、検討させて頂きましょう」
そうして終始楽しくその日は終わりムクジ公爵一家は客室へと向かった。
どうやら今日から約1週間滞在するらしい。
翌日からは朝食を終え出かけるナンテにリモンも一緒に畑に行くことになった。
子供は子供同士で一緒に居た方が楽しいだろうという大人たちの配慮だ。
ただしリモンは畑仕事をしたことが無いので初日は見学のつもりだ。
「そぉれ」
ドドォン!
「えぇぇぇ」
いつものように可愛い掛け声とは裏腹に凄い勢いで地面を耕すナンテをリモンは驚きの目で見ていた。
おまけで口も閉じるのも忘れてしまった。
同い年の女の子が大人顔負けどころか大人全負けの活躍をしている。
魔法による身体強化だってまるで息を吸って吐くように使っている。
自分も魔法は得意だと思っていたけどレベルが違った。
一体どんな修行をしたらこんなに熟達するのだろうか。
「ナンテはいつ頃から魔法を使っているの?」
「え、うーん。2、3年前から、かな」
ナンテは3歳の時にコロちゃんと出会い、それから半年くらいで魔力の使い方をマスターしていた。
それ以来、ほぼ毎日身体強化を中心に魔法を使い続けている。それこそ1日中。慣れてからは寝ている間もずっとだ。
更に去年からは畑仕事と魔物討伐で実践と応用を繰り返してきた。
普通の魔法使いが日中の数時間だけ訓練するのを考えれば彼らの10年分以上にはなるだろう。
「信じられない。僕よりも魔法が得意な子供がいるなんて」
驚くリモンだったけどそれも仕方ない。
リモンも3歳の時に誰に教えられることなく魔法を使えるようになっていた。
リモンの両親も親ばか、というか普通3歳でしかも自発的に魔法を使えるようになる子供なんていない。そんな子供を持てば褒めちぎるのも仕方がないだろう。
それから魔法の先生も付けてもらってきちんと練習してきたしメキメキ上達もしている。
だから自分でも自分のことを天才だと思っていた。
きっとどこを探しても同い年で自分以上に魔法を使える人はいないだろうと。
でも実際はここに居た。
こういう子を本当の天才と呼ぶのではないだろうか。
「ねえ、リモン君も一緒に耕そうよ」
ただ見てるだけでは面白くないだろうなと思ったナンテは気軽にリモンを誘った。
ナンテの中では畑仕事=楽しい事なのだから仕方ない。
「え、僕に出来るかな」
「大丈夫大丈夫。さ、これ持って!」
「う、うん」
リモンは笑顔で鍬を渡されて思わず受け取ってしまった。
そして促されるまま一緒に畑に鍬を振り下ろしていく。
ザクッ、ザクッ
「そうそう上手」
「うん!」
ナンテに褒められて気分よく鍬を振るっていく。
ただリモンは地元では魔法の練習ばかりで畑仕事なんてやったことはない。
普通の運動だって庭を駆け回るくらいだ。体力も筋力も年相応と言って良い。
そこへ大人でも重労働な畑仕事をしたらどうなるか。
身体強化の魔法を掛けていると言っても筋肉に多くの負荷が掛かっている。
それに慣れてない動きなので無駄な力も掛かりまくりだ。
夕方になって身体強化が維持できなくなった瞬間、リモンは立つことも出来なくなり護衛のライに背負われることになった。
しかもそれだけ頑張ってもナンテの1/5も耕すことが出来なかった。
「ライ、僕もっと頑張るよ」
そう呟いて眠ってしまったリモンをそっと抱え直すライだった。
そして翌日。リモンは全身筋肉痛で起き上がることも出来なくなっていた。
「今日はゆっくり休んでね」
そう言って元気よく畑仕事に向かうナンテの背中を目で追う事しかできない。
悔しいと思う以上に尊敬の念が湧き上がる。
ナンテの姿を見ていると自分ももっと頑張ろうって思うのだ。




