2.精霊学
教室に精霊学の先生が入ってきたことで賑やかだった生徒たちも慌てて席に着いた。
精霊学の先生は30半ばの女性で面倒見の良い事で有名だ。名をオーネギィという。
室内をぐるっと見回したオーネギィ先生は一つ頷いて講義を始めた。
「これより精霊学の授業を始めます。
ただ皆さん既にお気付きのように今日から転入生が居ますので、一部おさらいを交えながら進めていく事としましょう。
そもそも精霊とは何か、ということを話す前に魔法について触れた方が理解が早いでしょう。
現在私達が使っている魔法は大きく分けて2系統あります。
アインさん。何か分かりますか?」
「直接魔法と契約魔法です」
先生に当てられたアインは淀みなく回答した。
その様子から留学元の学校でも高い教育を受けている事が窺える。
「その通りです。
この2つの違いは自身が直接マナに干渉し魔法を発現させるか、他の上位存在を介して魔法を発現させるかの違いです。
前者を直接魔法と呼び、一般的に『魔法』と言えばこちらを指します。
直接魔法の利点は発現が比較的容易なことです。代わりにその効果や威力は術者本人に依存します。
詳しい話は魔法学の授業で習ってくださいね。
対して契約魔法はまず上位存在との契約を行い使役することで魔法を行使します。魔法の効果もその上位存在の得意とするもの限定となります。
その代わり、その条件さえ満たせれば直接魔法よりも強力な魔法を扱う事が出来るでしょう。
そしてその上位存在の1つが精霊です。
精霊は通常、人の目には見えず、契約を交わした者もしくは契約を交わす前段階の精霊側から興味を向けられた者の前にのみその姿を現すと言われています。
あと隣国ヒマリヤ王国の王族は精霊の血を宿していると言われ、特にその血が濃い方は生まれながらにして精霊が見えるそうです」
先生のその発言を聞いた生徒何人かがアインの方を見たが、それを受けてアインは小さく首を横に振った。
それはそうだろう。仮に精霊が見えたとしたら、そんな逸材を国家が他国に出すことを許すはずがない。
先生の授業は続く。
「さて、この精霊学では精霊とは何か、どのような存在なのかを理解するところから始まり、どうすれば使役することが出来るかを研究する学問です。
また精霊術師の残した記録によれば精霊こそが大地に恵みをもたらし雨を降らせ森の動物たちを育んでいる存在であり、災害が多く発生するのは精霊が怒り嘆き悲しんでいる証拠だとも言っています」
続く話を聞きながら、その様子を若干呆れた目で見届ける存在があった。
『まったく何でもかんでも精霊のせいにするんだな人間は』
普通の人には聞こえない声で文句を言うのはヒトの形をした手のひらサイズの精霊だ。名前をコロちゃんという。今はナンテの肩の上で詰まらなさそうに足をぶらぶらさせていた。
そのコロちゃんにナンテは小声で話し掛けた。
(本当は精霊は関係ないの?)
『全くとは言わないけど、3割くらいかな。
他は自然の営み。僕たちは事前に知ることは出来るけど意図して何かした訳じゃないよ。
それより前前』
(?)
コロちゃんに言われて前を見ればばっちりオーネギィ先生と目が合った。
「ではそこのぼーっとしているナンテさん。
精霊の好きなものと嫌いなものの例を挙げてみてください」
どうやらコロちゃんが見えていない先生からはナンテはよそ見をしながら独り言を呟いているだけに見えたようだ。
当てられたナンテは少し考えて自分の経験から回答を導き出した。
「精霊と言っても様々ですが、えっと。
好きなものは、元気で明るくて楽しいものです」
「そうですね。その代表格はお祭りです。
豊穣祭、収穫祭で歌や踊りで盛り上げるのも精霊に喜んで貰う為と言われています。
昔の学者の研究ではお祭りを行っていた地域が何かの理由でお祭りを開催しなくなった翌年から作物の出来が悪くなり、お祭りを復活させたらまた実り豊かになったと発表しています。
これも精霊が大きくかかわっていた証拠です。
では嫌いなものは?」
嫌いなもの、嫌いなものかぁ。
ナンテは少し考えた。
一般的に精霊は自然を愛し不浄や争い、金属を嫌うと言われている。
だけどそれで言うなら軍事国家から精霊が居なくなる気がするけどそうでもないらしい。
肩に乗っているコロちゃんは毒の苦味が好きという一風変わった精霊だ。そして金属も気にせず触るから別に嫌いではないらしい。
なら何が嫌いか。多分共通して言えるのはあれだろうか。
「精霊は『裏切り』が嫌いです」
「裏切り?」
ナンテの回答に先生のみならず教室内のあちこちから疑問の声や嘲笑が聞こえて来た。
「ナンテさん。
一部の精霊は人を騙し迷わせると言われています。
『迷いの森』が良い例でしょう。
よってその答えは間違いです」
「え、でも」
「精霊が共通して嫌いなもの、それは金属類および戦争です」
ナンテが何かを言う前にピシャリと先生が回答を発表した。
その内容にナンテとしては異論はあったが、既に授業は進んでおり今ここで先ほどの問いに対する議論をする時間は無さそうだった。
もっとも、ナンテとしても別に先生を言い負かそうという意志は無かったので問題はないのだけど。
ただコロちゃんだけは周りの人に聞こえないのを良い事に文句を言っていた。
『精霊が人間を騙すのはそこにある何かを守る為さ。
人間が壁を作って外敵から街を守るのと同じようなものだ。
戦争は確かに嫌いだけど、その理由は多分あの先生が考えている事とは違うね。
僕達が戦争を嫌っているのは、戦争になると人間は僕達を道具として使おうとするからだ。
契約って言うのは対等な関係なのに』
その話を聞いてナンテは精霊の言う契約と先生の言っている使役には大きな隔たりがあるように思えた。
ナンテとコロちゃんはどちらかがどちらかを使役したり命令したりすることはない。
ふたりの関係を一言で表すなら友達だ。
コロちゃん曰く、ナンテは良い匂いがするし見ていて飽きないから今日みたいに暇な日はナンテの肩に乗ってのんびりするのがここ最近の日課になっているのだとか。
ナンテとしてもコロちゃんは意外と物知りで情報通なので話をしていて面白いし、何より周囲の貴族の子供たちと違って自分に嘘を言ったり騙したりすることが無いので気が楽なのだ。
一つ問題点があるとすると、この学院でコロちゃんが見えるのはナンテのみなので、周囲から見たらナンテは独り言をブツブツ言うちょっと変な子と映っていることくらいだろうか。