198.これからずっと
「あなたとの婚約は今日限りで終わりにさせて頂きます!!」
会場に響き渡るナンテの宣言。
それを聞いた周囲の人たちの反応は否定的なものが多かった。
「ネモイってあの田舎辺境伯のところか。婚約を受けてくれる家があったんだな」
「てっきり魔王軍に潰されたと思ったけど無事だったのか」
「しかしこの時期に堂々と婚約破棄するとは空気が読めていないのか情報に疎いのかどっちだ」
「お相手の男性は確かヒマリヤ王国からの留学生でしたか。
それでネモイ辺境伯の者と婚約を結んでしまったのね」
「まぁこの後どうなるのかゆっくり見物させてもらおうか」
卒業生の半数以上がナンテ達の事を噂程度にしか知らなかったので無理はない。
ネモイ辺境伯領についても昔の田舎というイメージのままだ。
だけど実際は違う。
今やネモイ辺境伯領は王都よりも栄えているし、新王も密かにネモイ辺境伯領との関係を回復できないかと思案している。
情報に疎いという意見もあったが、彼らこそ情報が古い。
時代はネモイ辺境伯領である。と言うのは言い過ぎかもしれないが。
ともかくそれを知っているのはナンテと懇意にしている人達と情報通だけ。
つまりほとんど畑民部のメンバーとその仲の良いクラスメイトだ。
彼らはまたナンテが何かやらかしてくれるみたいだと、期待を込めて舞台のやり取りを見守っていた。
そんな期待を背中に受けながらリモンが答える。
「理由をお聞かせ願えませんか。
少なくとも僕に婚約を破棄される原因に心当たりがありません」
「まぁ、そんなことも分からないなんて!」
パッと扇を広げて口元を隠しつつ、あくまで高飛車な態度でリモンを見つめるナンテ。
(ノッてるなぁ)
対するリモンは吹き出してしまわない様に必死に表情を引き締めていた。
「仕方ありません。教えて差し上げましょう。
ここアンデス王国では婚約とは主に成人前もしくは学院在学中までの期間で行われるものです。
よって数日後に卒業を控えた私達にはもう婚約など不要だと言う事よ!」
ここまで聞いて勘の良い人は違和感に気付いた。
ナンテは婚約破棄の理由を述べているが別にリモンに対して不満も文句も言ってはいない。
普通はこう、相手の不誠実な所がダメとか浮気してるとか頭が悪い顔が好みじゃない趣味が合わない金遣いが荒いなどなど、何かしら問題点を挙げてだから貴方との関係は終わりだ、という流れなのだが。
これではただ婚約の仕組みを説明しているだけだ。
だからリモンも頷くだけでは終わらない。
「なるほどそう言う事であれば分かりました。
しかしここで簡単に引き下がっては公爵家の、ひいてはヒマリヤ王国の名折れ。
ですのでナンテさん。あなたに1つ勝負を挑みたい」
「勝負?」
突然勝負を持ち掛けられてナンテは首を傾げた。
ちなみにこの会話。最初の婚約破棄の宣言より後はアドリブだ。
元々は入念に計画を立てようという話もあったのだけど、その場のノリで決めた方が面白くなりそうだという事になった。
だから内心どうなるんだろうと楽しむナンテと気合を入れるリモンだった。
「そうです。それも人生を賭けた勝負です」
「ふふっ、面白そうですわね。それで勝負の内容は?」
「これから先どちらがより幸せになれるか。それをお互いに競い判定し合うのです」
「なるほど、その為にはお互いに相手の事を常に見ていなくてはなりませんね」
「そうです。途中で勝手に目を離したら負けと言う条件も付けましょう」
「私こう見えて人生を楽しむことには人一倍長けていますのよ」
「では勝負を受けて頂けると言う事で?」
「ええ、よろしくてよ」
なにやら婚約破棄から謎の勝負が始まったようだ。
周囲がどよめく中、ムギナだけはこの二人らしいなと笑っていた。
何故ならこの勝負は生涯を懸けた戦い、というよりもそう。
「ですが私、他人に付き纏われる趣味はありませんわよ?」
「僕もです。
ですからナンテさん。僕と結婚しましょう。
そうすれば他人では無くなりますし、ずっと一緒に居る事が出来ます」
「なるほどそれは妙案ですわ。
勝負はもう受けてしまいましたし、それしかありませんわね」
ナンテはパチリと扇を閉じ、リモンから差し出された手にそっと自身の手を重ねた。
一連のやり取りを見守った観客は、婚約破棄から勝負の持ち掛けかと思えばプロポーズと目まぐるしい変化に頭が付いて来れず、お陰で一拍遅れてこれはめでたいと拍手を送るのだった。
「あ、ちなみに僕の両親からはナンテさんとの結婚を承認すると一筆頂いてます」
「あら手際の良いこと。まあ私も両親から既に許可を頂いてるのですけど」
((最初からそのつもりだったのかよ!))
どこからともなく書状を取り出すふたりに周囲からツッコミが入る。
ともかくこれでナンテとリモンによる婚約破棄劇ならぬプロポーズ劇は終幕となり、舞台を降りた二人は友人達から揉みくちゃにされるのだった。
その後。
無事に学院を卒業したナンテとリモンは、研修所の人達を引き連れて北へと旅立っていった。
目的は魔王軍によって荒らされた土地の復興だ。
「もともとは私達だけで始める予定だったのだけど」
「我々にもナンテ様の偉業をお手伝いさせてください」
ナンテ率いる300人足らずの一団は北に移動しては魔王軍の残党を殲滅し、大地を耕して畑を創り、そしてまた北に移動するのを繰り返した。
復興作業が始まったという噂を聞きつけた避難民たちが様子を見に来た時にはナンテ達は既におらず、代わりに安全ですぐに食料生産が始められる土地だけが残されていた。
いや。正確には耕された畑には事前にジャガイモが植えられていた。
それと畑の近くに花畑に囲まれた精霊塚があった事から『ジャガイモの精霊が助けてくださった』という噂が広がることになる。
お陰で数年後には王都北の戦場跡からネモイ辺境伯領に伸びる街道はジャガイモ街道と呼ばれることになった。
そして同じころ。
王都の学院でも変化が起きていた。
「あらあなた。まだ婚約なさっているの? さっさと破棄してしまえば良いのに」
「ふんっ。大きなお世話よ。
私達はじっくりと愛を育むって決めてるのだから」
「あらそう。だけどそれは結婚してからでも遅くは無いと思うわよ」
そう言った女子の左手薬指には指輪が嵌められていた。
今の流行は学生結婚である。それもちゃんと両親公認のものだ。
お陰で学生の間に子供が出来てしまって3年経たずに卒業する生徒が増えてしまい、新たな問題となっている。
「それより例の噂って本当なのかしら」
「あぁ、あの精霊の話? どうかしらね。
そもそも人間の夫婦の姿で世界各地を回って枯れた畑を蘇らせていくって一体どういう精霊よ」
「さぁ。でもその精霊を見たカップルは幸せになれるって言うし、今度彼と探しに行ってみようかな」
「ちょ、何よその話。私聞いてないんだけど!?」
わいわいと賑やかに話ながら食堂を出ていく女子生徒たち。
その噂の真偽は確かではない。
だけど今日もまたどこかの畑で元気な話し声がするのを精霊達は聞いていた。
『リモンく~ん。畑行きましょ~』
『は~い、ちょっと待ってくださ~い』
― 完 ―
これにて、
『「あなたも早く婚約破棄なさったら?」って大きなお世話よ!』
は完結となります。
1年ちょっとお付き合いいただきありがとうございました。
いかがだったでしょうか。
最後駆け足気味になってしまいました。反省です。
(実は魔王討伐から即エンディングというルートもありましたが、あくまで魔王はおまけ。ナンテの楽しい日常がメインということでこういう最終章に落ち着きました)
この後は本作の設定資料(笑)や元となった原作(?)を公開する予定です。
そして気になる(なってるといいな)次回作ですが。まだ悩み中です。
①現実世界でちょっとファンタジー要素ありの恋愛もの
②異世界で冒険ファンタジー
③異世界で悪役王子
今のところ③が最有力候補なのですが悪を演じるのってキチンと計画立てないといけないんです。
そう正義の味方より悪役の方が頭使うんです。
いずれにしても2月中、早ければほとんど間を置かずにスタートします。
次回作もお付き合い頂け居ると幸いです。




