197.ならば準備万端、婚約破棄よ!
学院に戻ってきたナンテ達は、まずは畑の様子を確認しに行くことにした。
そこにはリックを始め畑民部のメンバーがいつも通り作業をしていた。
「ただいま、リック。ミーン。こっちは変わりないかしら」
「おかえりなさい。ナンテさん。はい。こちらは変わりなく。
ただ、研修所の方でちょっと」
「なにかしら」
「何件か結婚して独立したいという相談を受けてます」
「まぁ」
研修所には10代半ばから40代くらいまでが住み込みで働いてくれているのだけど、その中には男性も女性もいる。
で、一緒に仕事をしていく中で恋仲になったカップルが何組も出来ているのだとか。
元々はギリギリの生活をしていた彼らも、研修所の畑で取れた作物を売ったお陰で経済力が付き、更に魔王軍を撃退したことで自分に自信が持てるようになったので、これ以上は研修所で世話にならずに自分たちの足で立って生きていきたいということらしい。
「とても素晴らしい話ね」
話を聞いたナンテは大賛成だ。
ただ今すぐに、というにはタイミングが悪い。
なにせ季節は冬。新生活を始めるならもう少し暖かくなってからの方が良いだろう。
ということで今は春に向けて旅立ちの準備を進めることで話は纏まった。
その辺りの段取りはリックに任せておけばいいだろう。
続いてナンテ達が向かったのは職員棟だ。
訪問先はヴォルフ先生の研究室。
先生は突然の訪問にも拘らずナンテ達を歓迎してお茶を振る舞ってくれた。
「それで、今日は改まってどうしたのかね。
随分と気合が入っているようだが」
「はい、実は今後の学院生活について相談がありまして」
「ふむ」
話を聞いたヴォルフ先生は「ふむむ」としばし考え、それほど時間を置かずに首を縦に振った。
「話は分かりました。
数年に1人くらいは同じ相談を持ち掛けてくる生徒が居ますし、彼らと比べてもナンテ君の理由は十分過ぎるほど説得力がありますし、問題ないでしょう。
担任の先生にも私から話しておきます」
「よろしくお願いします」
ヴォルフ先生が承認してくれたので、ナンテが考えている野望を阻むものは無くなった。
残る問題は国なのだけど、まぁ今の国王はまだナンテの行動を止められる余力は無いだろう。
そうやってこれからの事に思いを馳せていたらヴォルフ先生がため息をついていた。
「あの先生。何かありました?」
「ん?うむ。
実はな。今年も農業研修を行って欲しいという嘆願書が沢山届いているのだ。
そこでまたナンテ君に講師を頼もうと思っていたのだが、先ほどの話からして無理だろう。
誰に代役を頼むか」
「あ、それなら畑民部の皆に依頼するのは如何でしょう。
彼らには私が教えられることは大体教えてありますし、前回指導した様子も見てますから問題なく出来ると思います。
私の方で指導マニュアルを作って行きますので、それを見ながら実施してもらえば良いでしょう」
「おぉ、それは助かる。
あと今研修所に寝泊まりしている人にも期間中は別の所に移動してもらわねばならぬ」
「あ、その事でも少しご相談が」
先ほどリックから聞いた話を伝え、そこに更にナンテの野望を加味して方策を練れば、なかなかに全員に益がある計画が立案出来た。
後はこれを研修所の皆が受け入れてくれるかどうか。
ただそれはナンテがこうしようと言えば皆喜んで従ってくれそうではある。
そしてその予想は直ぐに正しかったことが判明した。
ヴォルフ先生との打ち合わせを終えたナンテ達は研修所へと赴き、みんなを集めて相談してみれば二つ返事でナンテの提案は受け入れられたのだった。
ちなみにどうなったのかと言うと、研修所に居る人達は3月末で一部を除きほぼ全員が研修所を出ることになった。残った人は研修所の維持管理の為の職員と言う扱いだ。
彼らは農家としての実力を十分に身に着けたので、通常なら余所者を嫌う農村でも喜んで受け入れて貰えるだろう。
そして入れ替わりで農業研修に来た人たちが1か月間の研修で寝泊まりした後、また王都近隣から翌年3月までの契約で研修所に泊まり込みで畑の管理をしてくれる人を募集するというサイクルが出来た。
これにより、研修に来た農業専業者は勿論のこと、近隣の仕事にあぶれていた人達への救済も出来て貧困層の縮小化と治安向上に一役買う事になった。
そして学院は1月半ばになって半年ぶりに講義が再開された。
と言っても午前中だけだ。しかも休校中の履修範囲を取り戻すために選択科目の授業は無し。
午後は午後で昨年末の社交シーズンが休みになっていた分を取り戻すために使われることになった。
「これじゃあ学院に戻って来た意味がないよ」
「まあまあ。主だった貴族子女にとってはむしろ社交が大事なのですから仕方ありません」
愚痴をこぼすナンテをムギナが宥める。
ただそのムギナにとっても卒業後は自領に戻る予定なので無理して社交を行う必要もない。
というか、必要な社交は畑民部で十分過ぎる程行えている。
なのでお互いに参加する社交パーティーは最低限で済ませていたのだけど、どうやら昨年度とは雰囲気が違うことに気が付いた。
「こう言っては変ですが静かですね」
「うん。以前はもっとギラギラしてたよね」
「まぁ学院や寮の中も雰囲気変わってましたけど」
1年生の時の社交パーティーと言えば、誰も彼もが次の婚約者を誰にするかを見定める場、みたいな所があった。
しかし今年に入ってからはそう言った獲物を狙うような眼差しがほとんど無くなり、代わりに距離感を推し量るような手探りでジリジリと近づく様な、そんなある種緊張感が漂っていた。
その原因は明白。王が替わったからだ。
「新王は愛妻家で知られているから、今までの婚約破棄がどう評価されるのか分からないのね」
「それと旧王族派の派閥が解体同然の状態だからどの家に近づいて良いのかと慎重になっているのでしょう」
「そんなの気にせず自分が正しいと思う事をすれば良いのに」
「ふふっ、それが理想ではあるのでしょうけどね」
ナンテのバッサリとした物言いに周りは笑うしかない。
そんな微妙な空気のまま3月を迎えた。
3月と言えばそう、卒業記念パーティーだ。
今年のパーティーには畑民部のほぼ全員が参加している。
なおナンテとリモンはその胸に花のブローチを付けて参加していた。
それを見たムギナが首を傾げる。
「あの、ナンテさん。それって卒業生が付けるブローチですよね?」
「ええそうよ。実はね、私飛び級で卒業することにしたの!」
「まぁ!?」
ナンテの突然の発表にムギナは驚いた。
ドッキリ大成功である。
ムギナはしかしそう言えばリック達にあれこれ引継ぎのようなことをしていたなと思い返した。
てっきり次期部長にリックを指名してナンテは名誉会長ポジションに就く為だと思っていたが、卒業するからだとは思っていなかった。
そしてナンテが卒業するならリモンも当然一緒に卒業する。
リモンは元々ナンテに会う為だけに留学してきたのだから。
「まあ卒業したからって会えなくなる訳じゃないから安心して」
「そうですね。今までみたいに頻繁にとはいきませんが、私達なら会いたいと思えばいつでも会いにいけますものね」
幸いにしてお互いの領地はそこまで離れてはいないし、旅に慣れたふたりなのでちょっとしたお出掛け気分で会いに行けるだろう。
特にナンテならホルスティーヌに乗って1泊2日で来ることだって出来そうだ。
「ともかく今日の主役は私とリモン君よ。期待しててね」
「え……」
それは卒業生だからと言う意味なのか、それとも。
答えが見つからないままダンスの時間も終わり余興の時間になった。
例年ならここで盛大な婚約破棄劇が開催されていたが、今年は皆腰が引けているようだ。
そんな中、颯爽とステージに駆け上がる人影。
そう、ナンテだ。
「リモン・ムクジ公爵令息。こちらへ」
「如何なされたか、ナンテ・ネモイ辺境伯令嬢」
まさに劇の一幕と言った感じに芝居がかったやり取りで登場するリモン。
お互いにジッと見つめ合った後、ナンテは声高らかに宣言した。
「あなたとの婚約は今日限りで終わりにさせて頂きます!!」




