196.遂に婚約なさったのね!
雪国の冬は静かに過ぎてゆく。
人も動物も魔物も雪の白さを穢さない様にそっと家の中で過ごすものだ。
ゴブリンという例外を除いて。
「ギャギャー」
「ギャァーーッ」
もっとも、ネモイ辺境伯領に響くゴブリンの叫びは大体において悲鳴や断末魔なのだけど。
「やっぱりこっちの冬は運動出来て良いわね」
などと言う例外も居るが。
ともあれナンテ達は収穫祭からずっとネモイ辺境伯領に留まっていた。
無事に降り積もる雪を見ながら冬を過ごし、新年3日を迎えた朝。
ナンテ達は旅支度を済ませていた。
向かうは王都の学院。
半年もの長い休校が終わり、ようやく授業が再開するのだ。
「それでは行って来ます」
「ああ。風邪ひくんじゃないぞ。
リモン君も大変だと思うが頑張ってくれ」
「ナンテの事、どうかくれぐれも頼みますね」
「はい、お任せください」
見送りに来てくれた家族に別れを告げ、いざ南へ。
本来ならこの時期に旅をするなら相当な準備と覚悟が必要なのだけどナンテ達の荷物は少ない。
ナンテの【倉庫】に仕舞えるというのもあるし、吹雪など物ともしないホルスティーヌに乗っているからだ。
「ホルスティーヌは寒さに強いんですね!」
「野生の牛も強いらしいけど、この子達は特にね」
「ウモォ」
身体を半分雪に埋もれさせながら、それでも元気そうに歩き続けるホルスティーヌ。
最近ではネモイ辺境伯領の街道整備に活用できるのではないかと試験運用がされているのだとか。
後ろを振り返れば馬車は無理でも人間なら楽に通れそうな雪洞が出来上がっている。
「あ、ちょっと止まって」
ある程度進んだところでナンテが立ち止まるように指示。
ただ周囲を見渡してみてもリモンには特に何かがあるようには思えなかった。
雪の中に魔物が隠れているような気配もないが。
「どうしたんですか?」
「ちょっとこれを置いて行こうと思ってね」
そう言って取り出したのは石鉢だろうか。
子供の頭くらいのサイズで中央が窪んだ丸い石だ。
ナンテはそれを街道の脇に置いて、ドライフラワーを供え、軽く手を合わせた。
「それは?」
「精霊塚よ。
以前うちの東西を繋ぐ街道を整備する時に職人さん達が等間隔で杭を打ってたの。
そうすることで道を真っすぐにするための標にしつつ安全祈願のおまじないでもあるんだって。
それなら私は杭の代わりに畑で取れた石を加工したものを置いてみようかなと思ったの」
「なるほど」
これがどれ程の御利益があるのかは分からない。
けど精霊の友達であるナンテが用意したのだからきっと精霊たちも気に入ってくれるだろう。
いつかここが精霊たちの溜まり場になって井戸端会議をしている様子を想像すると面白そうだ。
そうしてナンテは日に何度か止まっては精霊塚を置いていった。
「ところで、この辺りって元々は町があったんですよね?」
「うん、そうね。今は見ての通り何もないけど」
見渡す限りの雪原だけど、ほんの半年前までここには3万人程が暮らす町が存在していた。
しかし魔王の降臨。そして大移動により町は滅ぼされた。
幸いにして住民の殆どが避難出来ていたが半年経った今も手付かずで放置されている。
雪を掘り起こせば当時の町の残骸が出て来ることだろう。
「この先にもここと同じような場所が何カ所かあるわ」
「避難した人達は大丈夫でしょうか」
「厳しい生活を余儀なくされているのは間違いないでしょうね」
多少の財産を持って行く余裕はあっただろうけど、家を失い慣れない土地に避難したのだ。
受け入れ先だって余裕はほとんど無いだろうし、万単位の難民を保護できているとは思えない。
何とかこの冬を乗り越えられれば、春には復興が進んで戻って来れるかもしれない。
それに一縷の望みを託して頑張っているのだろうけど、今の王家にどれだけ期待できるかは難しい所だ。
先王が退位して第1王子が即位したとは言え、まだまだ地盤固めの真っ最中だろう。
かなりの出費がかかる復興作業に手を付けられるかどうか。
(やっぱり誰かが動かないといけないよね)
王家が動けないなら代わる誰かがやるしかない。
そう思いつつナンテは王都に向けて移動を続けるのだった。
そうして4か月ぶりに戻って来た王都は、夏休み前と比べても大きな変化は無さそうだった。
強いて言えばメインストリートの店舗が幾つか入れ替わったとか、自警団らしき人が増えたとかそれくらい。
「いえナンテさん。大店が替わるのって結構大事ですからね?」
「そうなの?」
「はい。そう言う所は大体後ろに貴族が付いていますし滅多な事では潰れません」
王都の店を誰が牛耳っているか。
それはつまりどの貴族が力を持っているかを示している。
国王が代替わりした事によってその辺りの勢力図が書き換わったということだ。
そんな店舗の1つから見知った女性がお供を従えて出て来た。
「あらこんにちは、タケコさん」
「ナンテさん。こんなところで奇遇ですわね。
そちらはリモンさんでしたわね」
とそこまで言った所でタケコの目がキラリと光った。
「もしかしてお二人は婚約されているのかしら?」
「ええ、よく分かったね!」
この一瞬で、タケコはナンテ達の立ち位置や醸し出す空気から友人以上の関係だと見抜いてみせた。
流石自身でも5回以上婚約と婚約破棄を繰り返し、友人含めれば2桁の婚約者を見て来ただけはある。
そしてそうなれば次の質問は決まっている。
「それでナンテさん。いつ婚約破棄なさるのかしら?」
これは別に悪意があってのものではない。
タケコの中で学院生の間の婚約イコール婚約破棄するものと決まっているからだ。
対するナンテもにっこりと答える。
「ふふっ、それを今言ってしまっては面白くないでしょう?」
「それもそうですわね」
笑顔での応酬を間近で見ていたリモンはちょっと考え、あぁと納得した。
これが昨今、この国の学院で流行っている言葉遊びなのだなと。
しかし自分がナンテにした婚約の申し込みは本気なので、どうにかしてその事を婚約破棄される前に理解してもらう必要がある。
(でもどうすれば……)
そう悩み始めたリモンの手をナンテがそっと掴んでいた。
その温かい手はまるで何も心配する必要はないと言っているかのようだ。
「ではタケコさん。また学院で」
「ええ、ごきげんよう」
タケコと別れた後は予定を変更して喫茶店へと向かった。
そこで注文を終えた後ナンテはリモンに種明かしをすることにした。
何かと思えばなるほどナンテらしい。
それを聞いてようやくリモンも安心した笑顔を浮かべることが出来た。
「ドッキリでも良かったんだけど、それでリモン君を悩ませるのも違うかなと思ってね」
「なるほど。そう言う事だったんですか。
それなら当日までは他の人には気付かれない様にしましょう」
そうしてナンテとリモンは残り2カ月程の婚約期間をどう過ごすかを話し合うのだった。




