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19.守りたい純真さ

 ネモイ辺境伯嫡男のガジャ。

 彼には7つ下に妹が居た。名をナンテという。


「やっぱりナンテは凄い。まさに天使だ」


 家族のひいき目なのは分かっているが、それでもうちの妹可愛いと思っている。

 そして何より可愛いだけじゃない。心の優しい子だ。


「お兄さま。ごそうだんがあるの」


 ナンテが5歳になる誕生日の少し前、夕食後にガジャの部屋へとやってきたナンテは珍しく悩み事を抱えているらしい。

 いつもなら夕食の席で両親にあれこれ聞くはずのナンテが自分を頼ってくれた。それだけでガジャは感動していた。

 遂に自分も妹から兄として認められたんだと。


「ああ、私に分かることならなんでも答えてあげるよ。

 何が聞きたいんだい?」

「5才のたんじょう日はわがままを言っても良いってジーネンが教えてくれたの」

「そうだね。

 その日は食事も豪華になるし、ナンテが欲しい物を何でも父上たちにお願いしてみれば良いよ」


 この時のガジャは5歳の誕生日のおねだりの真の意図を教えられてはいなかったので、特に含むところなくナンテが望みを言う事を促していた。


「うん。それでね、わたし皆がもっと笑顔になればいいなって思うの。

 だからお兄さまだったら何があればもっと笑顔になるかおしえてほしいの」

「なっ!?」


 まさかまだ5歳にもなっていないというのにナンテは自分の事よりも家族や他の人の幸せを願っているのか。

 自分が5歳の時なんてかっこいい剣が欲しいとか美味しいものが食べたいとかそんな事ばかりだった。

 ガジャは自分と妹の差に愕然としながら同時にそんな優しいナンテの事がますます大切になった。

 なので真剣に考える。

 ここで「ナンテの欲しい物でいいんだよ」とか言うのは簡単だけど多分間違っているだろう。

 大事なのは自分達を含め領民が幸せになることだ。そういうことは最近勉強した中にヒントが幾つかあった。


「たしか、国の基本は安心して生活出来る事、だったかな」

「?どういういみ?」

「簡単に言うと、お腹いっぱいにご飯が食べられて、魔物とかから襲われる心配がなくなったら笑顔になる人が増えるってことだね」

「そっか。ありがとうお兄さま」


 ガジャの言葉で欲しいものが決まったらしいナンテはお礼を言って自分の部屋に戻って行った。

 そしてナンテの誕生日ではまさかの「畑が欲しい」発言。

 確かに畑が増えれば食べ物が増えるのでガジャの言った事が適えられるだろう。

 その畑がまさか領都の北側の魔物の森の近くに創られるとは想像もしていなかったけど。

 しかもナンテはその畑を使って見事魔物を撃退してしまったという。

 更に街の子供達を引き連れて大人以上に立派な畑で作物を収穫してそれぞれの家や我が家の食卓も豊かにしてしまった。

 自分が西の森に行って3日ぶりになんとか野鳥を1羽狩って来たのに比べて凄い成果だ。


「お兄様のおかげでお肉が食べられてうれしい」


 そう喜んでくれるけどガジャとしては毎日野菜たっぷりのスープを飲めるようにしてくれたナンテの方がずっとずっと家に貢献してくれていると思う。

 そして冬になるとガジャ達の父は社交の為に王都に行ってしまい不在になる。

 ガジャが小さい時はこれ幸いにと頻繁に家を抜け出して遊びに行っていたものだけど、ナンテは違った。

 ほぼ毎日、自分から母にお願いしてあれこれ勉強を教えてもらっている。

 やっぱりナンテは凄いと改めて思った。

 そしてその兄である自分が怠けるなどあっていい筈がない。


「まあまあ、ナンテもガジャもお利口さんでお母さんは嬉しいわ」


 子供達の頑張る姿に母は心から喜んでいた。

 親が自分たちのしたことで喜んでくれれば、それを見たガジャとナンテもますますやる気になる。

 こうしてせっせと勉強をして冬は過ぎて行った。

 そして春。

 朝食を終えればナンテは元気いっぱいに家を出て行った。

 と言っても別に友達と遊びに行った訳ではない。畑仕事に向かったのだ。

 窓からその様子を見ればナンテを見つけた子供達が集まって来て家来のように後ろに付き従って居るのが見えた。

 その後ろ姿が見えなくなってからガジャは意を決して居間を後にした。


「父上、一つご相談があります」

「なんだガジャ。改まって」


 執務室で仕事をしていた父の元にやって来たガジャは真剣な表情で話し出した。


「次期領主はナンテが相応しいのではないでしょうか」

「ふむ」


 アンデス王国では爵位を継ぐのは基本的に長男であるが、例外はあるし女性が継いではいけないという事も無い。

 だけどまだ13歳になったばかりの息子から次期領主の座を降りたいと申し出て来るなんて聞いたことがない。

 それでもまぁ、普段から子供達の様子をそれなりに見て来た父としては、なぜそんなことを言いだしたのかの見当は付く。


「ガジャは領主になるのは嫌か?」

「いえ、そんなことはありません」

「そうか」


 ガジャの返事に頷きつつ立ち上がった父はおもむろに窓の外に視線を送った。


「仮にナンテが領主になったとして、領民は幸せになるだろうか」

「間違いなくなるでしょう」

「ではナンテ自身はどうだろうな」

「それは……」

「息子に夢の無い話をあまりしたくは無いのだが、はっきり言って領主というのは良い事ばかりではない。

 平民に比べれば金銭的贅沢は出来るだろうが、やらなければならない仕事も多い。

 特に私としては人付き合いが死ぬほど面倒くさい。

 出来る事なら早く家督を継いで楽隠居させて欲しいとさえ思うね」


 身もふたもないとはこの事か。

 ガジャも、なら何で領主をやっているのかと問いたくなったけど、そんなの当然誰かがやらないといけない事だからだ。

 仮に自分たちが領主の仕事を放棄して何処かに逃げれば領民たちの多くが苦しむことになるだろう。

 国から派遣されるであろう代官も何をしでかすか分かったものではない。

 だから面倒だとは思っていても家族と領民のためならばと頑張るのだ。

 そんな仕事を任せたいというのは、いったいどんな嫌がらせだろうか。


「私が浅はかでした」

「なに。この申し出をしてきたガジャの気持ちも分かる。領民の事を思えばこそだったのだろう。

 それと勘違いしないで欲しいのだが、私はナンテよりもガジャの方が領主に向いていると思っているよ」

「そう、なんですか?」

「ナンテは優しくて素直だ。それはあの子の美徳だが、領主には厳しさや相手の裏をかくずる賢さも必要になってくるんだ」

「確かにナンテに相手の悪意を理解しろというのは難しいかもしれませんね」

「だろう?」


 ナンテには純真なままでいて欲しい。

 その為になら自分達で幾らでも泥を被ろうと誓いあう父と息子であった。



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