17.冬の間の勉強
冬がやってきた。
ネモイ辺境伯領は1年の内、2カ月ほどは雪に覆われ気温も氷点下まで下がるので畑仕事は出来ない。
なので農家では春に向けて農具の点検や種の管理、あとは草を編んで籠や縄などを作って日々を過ごす。
しかしナンテの場合、ど田舎辺境伯とは言え貴族。
基礎的な教養に始まり礼儀作法にダンスなど学ばなければならない事は多い。
「農業も大事ですけど、勉強を疎かにしては行けませんよ」
「はぁい」
家庭教師などは呼べないが代わりに母親が厳しめに指導してくれる。
「ふふっ、ナンテは飲み込みが早くて助かるわぁ」
ここでも親ばかモードは健在だけど。
ナンテも決して勉強が好きという訳ではないが、日頃畑を耕す事に時間を使わせてもらっていたので愚痴をこぼす事無く真剣に勉強に取り組んでいた。
もっとも、同年代の子供なら我儘の10や20は言うのが普通でナンテのように真面目なのは凄く珍しい。
それにナンテは畑に出ていた頃も夕食を終えて自室に戻ってからほぼ毎日勉強をしていた。
「ご先祖様もこうして勉強していたらしいのよね」
ナンテがもっと幼い時に両親が寝物語にと、このネモイ辺境伯領を開拓したご先祖様の事を聞かせてくれた。
そのご先祖様は日中は領地の開拓と魔物の討伐で倒れるまで動き回り、夜は月あかりを頼りに皆が寝静まった後まで勉強をしていたという。
私達はそのご先祖様の努力のお陰で今こうして心安らかに暮らせているのだから感謝を忘れず日々努力していきましょう。
そんな話を何度も繰り返し聞いていたので、ナンテ自身も真似をすることにした。
しかし夜更かしをしてると両親にバレたら怒られるかもしれない。
だからナンテは両親に秘密でこっそりと勉強をしていた。
両親も気付かないふりをしてナンテをこっそりと見守ることにした。
いつの頃からか夜に喉が渇いたナンテが台所に行くと、なぜかナンテ用のコップに安眠効果のあるお茶が用意されるようになった。
不思議に思いながらも自分用に用意されているのだからと有難く飲み干して部屋に戻るナンテ。
戻った後は眠気に負けてそのままベッドに倒れてしまい、様子を窺いに来た侍女に布団を掛けられている。
ちなみに、まだ5歳と幼く日中はくたくたになるまで畑仕事をしてきたナンテの夜更かしは日付が変わるより何時間も前だった。
そして冬は日中に勉強が出来るので、夜は別の事をしようとナンテは思い立った。
何をするかというと魔法の練習である。
畑仕事で魔力を使わないので基本余り気味なのだ。
ナンテの魔法は全てコロちゃんとの遊びを通じて習得してきた。
お陰で自分の魔法は遊びの延長線上のちょっと便利なもの、という認識が強い。
今使える魔法は、身体強化の他は土や石を動かす魔法。これは地中の重い岩も運び出せるし、土を針のように硬く鋭くすることで魔物もやっつけられるとっても便利な魔法だ。
その他、畑に水を撒く魔法、枯れ木に火を灯す魔法、落ち葉や土埃を吹き飛ばす魔法なども使える。
土魔法だけ応用が出来ているのはコロちゃんの得意分野だからだ。
「要するにわたしは畑仕事に必要な魔法が使えるのよね」
他の人が聞けばもっと別の使い道があるだろうとツッコミを入れるだろうが、幸いナンテの部屋には他に誰も居ない。
ともかく畑仕事に使える魔法ならきっと他にも習得出来るだろうと考えたナンテは、1つ覚えたい魔法があった。
それは物語に出て来る勇者が使っていたという魔法だ。
何かといえば【無限収納】の魔法。
どういう原理なのかは話の内容からはさっぱり分からなかった。
でも簡単に沢山の物が仕舞えて、仕舞った物が長持ちする効果があるらしい。
「つまり【倉庫】の魔法だよね」
あったら便利だろうなと思う。
なにせナンテの畑で収穫したジャガイモが今年だけでも何箱も家の倉庫に積み上がっているのだ。
当初の予定では行商人を通じて他の領で売って来てもらい、その売り上げを父親に渡して領地経営の足しにしてもらおうと思っていた。
だけどその父から販売禁止令が出されてしまったので、我が家で消費するしかない。
でも両親と兄とナンテの4人と、ジーネンを含む領主館で働いてる人達の食事に使ってもかなり余る。
来年は畑をもっと拡張するし、今年得たノウハウでもっと豊作に出来るだろう。
そうなれば倉庫に納まりきらなくなってしまう。
それを避けるためには【倉庫】の魔法の習得が必要不可欠だ。
「魔法の倉庫。つまり魔力で出来た倉庫?
魔力であんな大きなものを作るの?
それに魔法を解除したら中に入れた物はどうなるんだろう。一緒に消えちゃうのかな?」
試しに魔力で箱を作ってみる。
中に木の葉を1枚入れて、魔法を解除してみれば入れておいた木の葉がそこに残っていた。
つまり失敗である。
だけどちょっと待ってみよう。
「……これ使えるかも」
魔力で作った箱は、大きさも手のひらサイズから大人じゃないと持てない大きさまで自由自在だ。
そして土魔法で重い物を浮かせたり移動させたりするのは慣れている。
この魔力の箱も自由に空中を飛ばせるし、何なら箱自体の重さが無い分楽に動かせる。
これに収穫物を入れて運べばかなり作業が捗ることだろう。
「もしかして私も乗れる?」
ふと思いついたナンテは箱の中に入り、魔法で浮かせてみた。
すると難なく浮いて部屋の端から端まで移動できるではないか。
速度も今は室内で初めてだからゆっくりにしたけど、やろうと思えば【アースランス】を飛ばした時のように高速で移動させることも可能なはずだ。
「あ、でも自分を飛ばすだけなら箱の必要はないかな」
単純に自分に魔法を掛ければ済む話だ。やってみたら出来てしまった。
「倉庫の魔法が作りたかったのに別のが出来てしまったわ」
こうしてナンテは思いがけず飛行魔法と荷物を運ぶ箱、通称【空箱】の魔法を習得したのだった。
ただそれでも失敗とは言わないけどただの副産物。
「気を取り直して色々試してみましょう」
ナンテは感動することも無く練習を続けた。
そして結局冬の間中ずっと試行錯誤を繰り返して何とかそれらしい魔法を生み出したのだった。