16.ナンテ絡まれる
無事に最初のジャガイモの収穫を行ったナンテの畑はその後も順調に、とはいかなかった。
なぜならジャガイモ収穫2日目にして父親から検閲が入ったのだから。
「お父様。わたし悪い事はしてませんよ?」
「分かっているさ。ナンテ。
今回のはむしろナンテが凄すぎるが故の調査だよ」
そう言って父親は収穫されたジャガイモを回収し、畑に残っているものも収穫出来次第、回収すると宣言した。
「これは必要な措置なんだ。
問題が無いと分かれば全てナンテに返すから我慢しておくれ」
「はい、お父様」
父親に頭を下げられてはナンテも強くは言えなかった。
収穫を手伝ってくれた子供達も事情は分からないけどとにかく大変な事態なんだと思って静かにしている。
「ジャガイモ以外は問題ないの?」
「今の所は大丈夫だが、そうだな。
一度ジーネンに見せて問題ないと判断されたら良いだろう。
それと、ジャガイモも育ててはいけないという訳ではないんだ」
「あら、そうなのね」
てっきりジャガイモの栽培が禁止されたのかと思ったけど、そうではないらしい。
現在最初の畑でも時期をずらしてジャガイモを育てていたので、そちらが無駄にならなくて安心した。
なお肥料に関しては2度目の襲撃以降、20体未満の小規模な襲撃が何度かあったお陰で、西の畑以外に満遍なく与える事が出来ている。
西の畑についても今のジャガイモの収穫が終わった後に肥料を与える予定だ。
その後、2カ月もしない内に回収されていたジャガイモはナンテの元に戻って来た。
ただし『ナンテの畑で採れたジャガイモは当面の間は我が家だけで消費すること』という条件が付いたが。
「折角手伝ってもらったのに分けてあげられなくてごめんなさいね。
代わりに野菜や豆は多く持って行って」
畑を手伝ってくれる子供たちにはいつもその日に採れた野菜の一部を働いた報酬として持ち帰ってもらっている。
子供たちはそのまま家に納める子も居れば、市場に売りに行く子も居て、ナンテの畑で採れた野菜はどこへ行っても高く評価された。
ただ、喜ぶ人が居ればそれを見て妬む人も出て来る。
畑仕事の帰り道で、街の大人数人が道を塞ぐようにしてナンテを呼び止めた。
「ナンテお嬢様。少し宜しいでしょうか。
最近、一部の領民だけを優遇されるようですが、それは如何なものでしょう。
お嬢様はご領主様の娘。であれば領民全員の幸せを考えるべきではないでしょうか」
「優遇?」
何のことだろうと首を傾げるナンテは本当に彼らの言っている事が理解できていなかった。
それを見た大人たちはもう一押しで行けると踏んだ。
「最近お嬢様が数人の子供達に野菜を配られている件です。
あのような事をされては配られなかった者たちに不満が溜まり、お嬢様にその不満をぶつける事にもなりかねません。
そうなる前に対処すべきです」
「はぁ……」
説明されてもやっぱり理解できなかった。
これは自分が幼いからだろうか。先日の検閲の件もあったし大人には子供に分からないあれこれがあるのかもしれない。
ともかくまだ話は終わっていなさそうなので、ナンテは続きを促した。
「それでわたしにどうしろと言うのですか?」
「そうですな。
例えばナンテ様が収穫なされた野菜を一度私達商人に無料でお譲り頂ければ、私達が格安で皆様にお配り致します。
そうすればきっと不満の声は上がらないでしょう」
商人とは、農家や職人から生産物を受け取り、街の人に売る人の事である。
とナンテは考えていた。
なら確かに彼らに野菜を渡せば多くの領民の生活が良くなるのかもしれない。
そう思ったところで肩の上からぼそりと声が聞こえた。
『こいつら臭いな』
「!」
コロちゃんが顔を顰めている。
それは目の前の人達があまり好ましくない人だって事だ。
よく目を凝らせば確かに、彼らの纏う魔力は濁っていた。
魔力はそれを放つ人の心を反映して澄んだり濁ったりするので見たらその人の本質が分かる。
精霊は臭いでもそれを判断できるらしい。
(つまり彼らはあまり良くない人)
それに自分のやってきた行動を振り返っても問題があったとは思えない。
いつも夕食の席で両親に今日あった事を話していたし、手伝ってくれている皆に野菜を渡していると言ってもふたりとも喜んでくれていた。
だからきっと間違ってはいない。
「お父様から私の畑で採れた野菜は自由にして良いと言われています」
「おぉ、では」
「なので何かご不満があるならお父様に仰ってください」
「いやいやいや、それは困ります」
一体何が困るというのだろうか。
やっぱりこの人の言う事はよく分からないなと思うナンテだった。
「それと何か誤解があるようですが、私は別に彼らを優遇したことはありませんよ?」
「は?いやですが、それならあの野菜は」
「彼らの労働に対する正当な報酬です。
皆さんも畑を手伝ってくれるなら相応の野菜をお渡ししますよ」
「いやいや私達は商人ですから畑仕事はちょっと。
それに街の北側には魔物が良く出るというではありませんか。
そんな危険な場所に行く訳には参りません」
(領主の娘が行く分には何も思わないのかしら)
ナンテの目には彼らはどうにも歪に映ってしまった。
それに幾ら話しても話がかみ合わない。
そこでナンテはふと思いついた。
「商人なのであればこういう時、『わ』なんとかや、『そ』なんとかを持って来るものじゃないのかしら」
「ハハハ、お嬢様は勤勉でいらっしゃいますな」
賄賂や袖の下、つまり商人なら金を持ってこいって話だ。
ついでにちょっと周りに聞こえるくらいに大きな声で言えば、元々領主の娘で周囲の注目を集めやすいナンテの事を、より耳を傾けてみようと人が集まってくる。
大体悪いことを考えている人ほど周りの目を気にするものだ。
「それと商談であればこんなところで立ち話も良くないでしょう?
お話の続きは領主館で聞きますわ」
「そ、そうですな。
しかし今回は急な話でしたので、後日準備が出来ましたらお伺いさせて頂きます」
「ええ。ではお待ちしておりますね」
丁寧にお辞儀をしてナンテは家に帰って行った。
その後ろ姿を見送った商人達は小声で言い争いを始めた。
(おい、誰だ小娘だから簡単に言いくるめられるだろうって言ったのは)
(ばかやろう。お前の話術がお粗末なんだよ)
(あの品質の野菜なら2割増しの値段でも売れるってのに)
(いっそのこと人を雇って夜中の内に収穫しに行かせるか? どうせ見張りの一人もいないだろ)
「ふむ、それは面白そうだな。儂も一口噛ませてもらおう」
「ん?」
「げげっ。ジーネンの旦那!」
「それに警備隊長まで、どうしてここに!?」
ナンテが呼び止められる前からずっと、影ながらナンテを見守っていたジーネンと、領民からナンテが大人に絡まれていると通報を受けてやって来た警備隊長がぬっと顔を出し、商人達の肩をがっしりと掴んでいた。
ふたりは商人達を引き摺るように警備隊の詰所へと連行していった。
商人達は詰所で厳しく注意された後「次に問題を起こせば私財没収のうえで魔物の森に放逐する」と警告を受け震えあがるのだった。