14.後始末と収穫
無事にゴブリンを殲滅してみれば、残ったのは目を覆う惨殺現場だった。
しかしナンテは前回の事もあるし、過去にも父親の視察について行った先で魔物の討伐を目撃したこともあり、死体には若干の耐性が付いていた。
代わりではないが他の子供達は余りの惨状に顔を青くしている。
「ナンテお嬢様。後始末は我々がやっておきますので家でお休みください」
警備隊の部隊長がナンテを気遣ってそう言ってくれたが今回はその好意を断ることにした。
「私は大丈夫です。でも他の子たちは疲れているみたいだから家に送ってあげて」
「畏まりました」
「それと、ゴブリンの死体は焼いて埋葬するだけよね。
それならちょっと試したい事があるので焼かずに東側の畑の前に集めておいてもらえないかしら」
「はっ」
ナンテの話を受けて警備隊がキビキビと動いていく。
警備隊員は今回に比べれば小規模ではあるものの何度も魔物の討伐を行っているので死体は見慣れている。倒した魔物は放置はせずに埋葬するか持ち帰るかするので触ることにも忌避感はあまりない。
もっとも、ここまでズタズタにされた死体は珍しいのだが。
ちなみに現在ナンテの畑は最初に耕した畑の他に東西に1つずつ耕していた。
それらの畑では現在ジャガイモを育てているのだけど、ナンテがやりたいのは東側の畑にだけ魔物の死体を肥料として撒いてみて生育の差を見てみようという試みだ。
最初の畑の状態からしてどこまで効果が出るのか見てみたい。
「後の問題は……これ勿体ないかも」
これというのは、今回防衛に使った単純に掘り起こしただけで何も植えていない場所の事だ。
ゴブリンにだって血は流れているので、討伐した際に肉片だけじゃなくて血もかなりの量がそこに注がれている。
血液は栄養の宝庫なので恐らくこの場所も栄養豊富な状態になっているはずだ。なのにこのまま何も植えないというのは勿体ない気がしている訳だ。
「土を入れ替えるのは重労働ね。とすると……あの豆を育てましょう」
豆は比較的荒れ地でも育つし可食部の実はそのまま種になる。
もしまた魔物が襲撃してきて踏み荒らされて半分以上がダメになっても残った分から取った種で育て直すことも出来る。
そしてとある豆の花はゴブリンが好きな匂いを発するというのがコロちゃん情報だ。
「今後はもっと小規模な集団で小まめに来てくれると助かるんだけど」
こうしてナンテの畑は初期の頃から比べると4倍近い広さになった。
育てられた葉野菜達や豆は順調に各家庭の食卓を豊かにしてくれている。
「これ以上は人手不足ね」
警備隊の3人も手伝ってくれるとは言え、広くなり過ぎると管理が出来なくなってしまう。
それにナンテもまだ畑仕事のプロではないのだ。
効率という面でもそこまで上手ではないし、無理をすれば枯れさせたり自分たちの身体を壊す結果にもなりかねない。
なので今年は今出来ている範囲をしっかり面倒見ようと決めるのだった。
そして2か月が過ぎ夏も終わる頃。
「遂に待ちに待った収穫の時ね!」
気合を入れて喜ぶナンテが何を見ているかというと、ジャガイモ畑だ。
これまで葉野菜を中心に何度か収穫を行ってきたが、それとジャガイモの収穫は若干意味が違う。
ここネモイ辺境伯領は国の北端にあることもあってあまり気温が上がらない。
そのせいで一般的な主食として用いられる小麦があまり育たないのだ。
代わりに育てられるのがジャガイモなのである。
小麦とジャガイモの共通点といえば、どちらも炭水化物を多く含んでいて主食になるというのもあるが、何よりも冬を越せる程に日持ちするというのがある。
食料の供給と備蓄。この2つが出来てこそ人の生活は安定する。
つまり小麦やジャガイモを育てられて初めて一人前の農家だといえるのだ。
ナンテは畑仕事を手伝ってくれている子供達と一緒にせっせとジャガイモを掘り起こしていく。
そのどれもが皮に艶と張りのある良い出来だった。
「初年度でこの出来は凄いわね」
「ほんとだな。うちの畑のより良い出来かも!」
「見てみて。僕の手のひらよりおっきいのもあるよ」
「あたしは小さいのを蒸かして食べるのが好き!」
みんなでワイワイ話しながらも次々とジャガイモが掘り起こされていく。
掘ったジャガイモは軽く天日で乾かした後、手分けして専用の倉庫へと運び込んでいった。
畑仕事は収穫するのも中腰で大変だけど運ぶのだって重くて大変だ。
(何か楽な方法があればよいのだけど)
そうして収穫初日を少し早めに終えた後はお楽しみタイムだ。
近くの川で手を洗った後、ナンテは畑の近くで火を起こして用意しておいた鍋を乗せた。
水を張った鍋に軽く塩を入れた後、沸騰してきたところで具を入れる。
入れる具はもちろんこの畑で採れた野菜とジャガイモだ。
「さあみんな。収穫1日目お疲れ様。
明日からの英気を養う為にもささやかながら収穫祭よ」
お祭りと言ってもたき火を囲んでみんなで鍋をつつくだけだ。
味付けだって軽く塩が入ってるだけ。
だけど何と言っても自分たちで育てて収穫した野菜達だ。
その美味しさはどんなご馳走よりも勝る。
子供達も警備隊の3人もガツガツと満足そうに食べていた。
そんな中、ナンテは2つのジャガイモを食べ比べていた。
「まさかここまで差が出来るなんてね」
魔物の死体を肥料にした東の畑と、肥料を与えなかった西の畑で、見た目はそれ程でもないけど味は全く違うジャガイモが出来上がっていた。
更に言うとまだ全部を掘り起こした訳じゃないけど確実に東の畑の方が収穫量が多くなりそうだ。
仮に収穫量が5割増しになると考えれば、それだけで領内の食糧事情の改善はおろか、領外への輸出だって積極的に出来る。
そうなれば領地の経営はかなり楽になることだろう。
実質無料で手に入る肥料でここまでの差が出るなら使わない手はない。
「ゴブリン以外も同じように効果が出るのかは今後の課題ね」
もしかしたら作物が病気になるような魔物が居ないとも限らない。
それにゴブリンは他に使い道が無いから良いとして、それ以外の肉が食べられる魔物や毛皮などが使える魔物はどこまで肥料にするべきかも考えないといけないだろう。
また魔物は家畜のように育てる事も管理することも出来ない。
例えば一気に500体とか出て来られたらナンテ達では対処しきれなくなってしまう。
逆に全然森から出てこないとなるとこちらから森に入って魔物を狩るハンターのような事をする必要があるけど、それは流石に家族に止められるだろう。