11.跡地の視察
魔物の襲撃から数日が経った朝。
ナンテは父親と警備隊数名を護衛に連れて北のナンテの畑跡地にやってきていた。
そこにあったのは無残にも踏み荒らされた大地だった。
人間の足跡が沢山残っているのは調査を行った人達のものだろうか。
「はぁ。また1から作り直しね」
ため息を吐くナンテに対し、父親は信じられないものを見るように地面を見つめていた。
「ここが、ナンテが耕していた場所なのか」
「はい。もっとも今は見る影もありませんが」
「ゴブリンに襲撃されたのだ。それは仕方なかろう。
それよりも、随分と広くないか?」
「そうですか?」
報告によれば街の子供たちも手伝っていたそうだがナンテが主体となって耕していたはずだ。
5歳にしては聡明だけど体格は年相応の小さな子供。だと言うのに目の前にあるのは一般的な農家が管理する畑よりも広いくらいだ。
到底子供1人で耕せる広さではない。
(そうか分かったぞ。
普段家に持ち帰っている野菜の量から考えればこの農地面積の1/4が実際に野菜を育てていた範囲だろう。
残りは適当に土を掘り起こしていただけだ)
何とか心の中で納得の行く答えを導き出した。
しかし普通に考えればそれでも5歳のナンテには広すぎるのだが。
ただ、今は畑の広さを考えている場合ではない。
「ナンテ。畑はここじゃなければならなかったのかい?
ほら、街の南側なら魔物がやってくる可能性もぐんと減るし安全だと思うのだ。
今後はそっちに畑を作ってはどうだろうか」
なぜ父親がこんなに弱腰なのかというと、それはナンテに精霊の愛し子の可能性があるからだ。
精霊が自主的に力を貸してくれる条件は分かってはいないが、恐らく自然に関連することだろうと言われている。
ナンテの場合は多分この畑創りが精霊と密接に関係している可能性がある。
もしかしたら精霊に頼まれてここに畑を作っていたのかもしれない。
それなのに頭ごなしに「こんなところに畑を作るんじゃない!」と怒鳴りつけると精霊の不興を買う恐れがあった。
その結果、娘にとばっちりが行くかもしれないし、辺境伯領全体で作物の出来が悪くなるかもしれない。
だから出来れば偶然今回は北側に作っていただけで、他の場所でも良かったんだとなってくれることを期待した。
でもナンテは申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめんなさい、お父様。
心配してくれているのはよく分かっているのだけど、ここが良いの」
「そうか……
しかしまたいつ何時魔物が森から出て来るとも分からないんだ。
今度こそ無事では済まないかもしれないんだよ」
今回は運よく魔物の森でも最弱のゴブリンだったから良かった。
これがもっと足の速い魔物や大型の魔物だったと考えると気が気ではない。
いざとなったらこの畑のすぐ隣に警備隊の詰所を造ろう。
なに、元々魔物の森を監視する為の詰所を造る計画はあったのだ。予算の都合上、後回しにしていたが、今年1年芋粥で乗り切れば何とかなるだろう。
色々と思考を巡らしていた父に向かってナンテは何でも無いように言った。
「大丈夫ですお父様。
1度した失敗は2度と繰り返しません」
「おおそうか。流石ナンテだ」
「はい!
次またゴブリン100体が襲撃してきても、畑には指1本触れさせません」
「そうか。実に心強いことだな!
そうかそうかゴブリン100体か……んん?」
なにか0が1つ多かった気がしたのは気のせいだろうか。
ゴブリンは確かに集団で行動する魔物だが、3体から多くても6体ほどだ。10体以上で纏まって行動することなどまずない。
それなのにナンテは「また100体」と言ってのけた。
父親は嫌な予感を憶えつつもナンテに聞いた。
「なあナンテ。先日襲撃してきたゴブリンは何体居たんだい?」
「えっと、うーん。沢山?」
「ジーネン?」
「一目では数えきれないほどでございます」
「警備隊長どうなのだ」
「はっ。何分遺体の損傷が激しく正確な数は把握出来ませんでしたが、確認出来た頭部の数は120を超え、上位個体と思われるものも確認されております」
今更の報告に頭を抱えたくなる。
警備隊長には今度報告の優先順位についてキッチリと話しておかないと行けなさそうだ。
「馬鹿者が。上位個体を含むゴブリン100体超が森から出てきたのだぞ!
ならば森の入口付近に奴らの巣が、それも中規模のものが出来ている可能性が高い。
急ぎ討伐しなければ今度は街まで襲撃されるぞ」
「す、すぐに討伐隊を編成致します!」
慌ただしく動き出す大人たちを、しかしナンテが呼び止めた。
「それなのですがお父様。
出来れば私に任せて頂けないでしょうか」
「いやそれはいかん!
幾らお前が聡明で可愛いとは言っても魔物の潜む危険な森に行かせる訳にはいかない。
残念だがこればかりは譲る訳にはいかないぞ」
例え精霊の不興を買おうとも、可愛い我が子を死地に送り出す訳にはいかない。
そんなことをするくらいなら領軍総出で魔物の討伐に乗り出した方がマシだ。
もちろんそんなことをすれば被害は甚大だし出費も膨れ上がって領の経営が破綻するだろう。
それくらい子供のナンテでも分かる。
「大丈夫です、お父様。別に私は森の中に行く訳ではありません」
「ならどうするのだ?」
「魔物の方からこちらに来るように誘い出します。
そして準備万端用意した罠で一網打尽にするのです」
なにやら簡単に言っているが、実現出来るのだろうか。
確かに森の中は魔物のホームであり、慣れていない警備隊では奇襲を受ける危険がある。
対して森の外、平原まで出てきたのなら地の利は五部だ。事前に罠を仕掛けられるなら圧倒的に有利だろう。
だけどやはり危険ではないだろうか。
「ゴブリンとは言ってもナンテよりも力は強いだろう。
やはり危険過ぎるのではないか?」
「大丈夫です。要は近づかれなければ良いのですから。
先日の襲撃の時にも魔物に手の届く所まで近づかれる事はありませんでしたし」
「ふむ」
ちらりとジーネンを見ればナンテの言ってることは事実だと頷いている。
しかし精霊の力を借りたとは言え、どうやってゴブリンの大軍を殲滅したのだろうか。
その方法次第ではナンテの言葉を信じても良いのかもしれない。
「ナンテは先日どうやってゴブリンを倒したんだい?
良かったら今ここで実演してもらえないだろうか」
「はい!」
元気に応えたナンテは畑に向かって愛用の鍬を中段に構えた。
周囲のマナがナンテの身体に流れ込み魔力へと変換され鍬へと集まって行く。
もしここに魔導士が居たら、ナンテの持つそれは鍬の形をした杖なんじゃないかと疑っただろう。
そして。
「【アースニードル】」
「「おおっ」」
ナンテの声に合わせて鍬から魔力が放出され、畑の土が鋭い棘となって地面から高さ1メートル程突き出てきた。
それを見た大人たちからは驚きの声が上がる。
警備隊長が試しにその土の棘を触ったり叩いたりしてみたが崩れる様子もない。
「確かにこれならゴブリンの上位個体くらい楽に貫けますな。
ナンテお嬢様。これは幾つも作れるのですか?」
「はい。ただ、私の耕した地面限定ですけど」
「なるほど、そうでしたか」
警備隊長が離れたところでナンテが魔法を解除すれば、棘はぼろぼろと崩れて元のただの土に戻った。
なるほどこれなら無慈悲なほどにバラバラにされていた魔物の死体の事も、その死体の半分近くが土に埋もれていたのも、畑が荒れ果てていた事にも説明が付く。
「ご領主様。お嬢様の実力なら問題ないかと思われます。
もちろんもしもの時の為に警備は必要でしょうが」
「うむ、そうだな……。
ナンテ。決して無茶はしないこと。危険だと思ったらすぐに街に逃げ込むこと。約束出来るか?」
「はい!」
そうして渋々ながら、今後もナンテがここで畑を耕す許可を出すのだった。