104.学院長との問答
翌日の朝のHRでナンテに呼び出しが掛った。
「ナンテさん。
ヴォルフ教授から手紙を預かっています」
「はい、ありがとうございます。イリス先生」
「すぐに内容を確認して必要であれば今すぐ行動に移してください」
まだHRは終わっていないのだけど、それだけヴォルフからの要請は優先度が高いということらしい。
ナンテは受け取ってその場で手紙の内容を読むと小さく頷いた。
「先生。どうやら放課後の呼び出しのようですので、今は大丈夫です」
「そうですか。では忘れずに行きなさい。
くれぐれも粗相のないように」
「はい」
席に戻りながらナンテは昨日のヴォルフの様子を思い浮かべた。
ぱっと見の印象としては気の良いおじさまと言った感じで、特別怖い印象はなかった。
だけどイリス先生の様子からして実はかなり偉い人だった?
まぁ昨日は無礼講と言う話だったし怒られたりはしないはず。
呼び出しの理由はあの件だろう。
ただ。
(私1人で来るようにって書いてある)
簡単なジャガイモ料理を振る舞って軽いプレゼンをするだけの筈なのだけどと思うが何か理由があるのだろう。
場所も食堂などではなく職員棟の更に奥らしい。簡単な地図が書いてある。
そして放課後。
手紙にあった地図を元に呼び出し場所へと向かった。
そこは中庭とでも呼べばよいのか花壇には季節の花が咲き、所々に休憩用のベンチが設定してあった。
その1つにヴォルフが居てナンテを待っていた。
ヴォルフはナンテを見つけると穏やかに笑った。
「やあナンテ君。良く来たね」
「ヴォルフ先生。今日はお時間を頂きありがとうございます」
「うむ。と言っても私はここまでなんだ」
「え?」
てっきりヴォルフと一緒に学院の土地の管理者(?)に会いに行くものだと思っていたがそうでは無いらしい。
「昨日その門の先に暮らしているお方に君の話をしたら、珍しい事にぜひ二人きりで話をしてみたいと言われてね。
無事に君の目的を果たして生きて帰ってくることを祈っているよ」
「え、えっと……」
ヴォルフの言葉に不穏なものを感じてしまった。
なぜそんな「無事に」とか「生きて」と強調するのだろうか。
「もしかして、危ない方なのですか?」
「いやいや、あの方自身は温厚な性格だよ。
ただ見る人によって印象が変わるらしくてな。
時々暴走する人も居るのだ。
まぁ会えば分かる」
「はぁ」
出来ればもうちょっと安心できることを教えて欲しいと思うが何か言えない理由がある様子。
ともかくここで話していても仕方ないとナンテは奥に行くことにした。
「!」
生垣を抜けた瞬間、何か見えない壁を抜けた気がする。
恐らく何かの結界を貼ってあったのだろう。
その証拠に鳥の鳴き声が聞こえなくなったし風の匂いも変わって空気が澄んでいる気がする。
「聖域っていうやつかな。ね、コロちゃん」
『……』
「コロちゃん?」
一緒に来ていた筈のコロちゃんはいつの間にか姿を消していた。
もしかしてさっきの結界の壁に阻まれた?
いやいや精霊のコロちゃんがあの程度の結界を抜けられないとは思えない。
だから急ぎの用事があって何処かに行ったのだろう。
ともかくもう見えて来たお屋敷へと向かう。
「実家の領主館よりも立派だわ」
柱ひとつ取っても装飾が美しい。
これに比べればナンテの作った家はただの小屋だ。
などと感想を抱きながらナンテは正面の扉の前に立った。
玄関扉をノックすればすぐに扉が開いた。
と言ってもそこに人の姿は無い。
『~~♪』
蛍火のような小さな光がふわりとナンテの目の前に浮かんでナンテを誘導してくれる。
光の正体は精霊だ。
精霊の格としてはコロちゃんよりもずっと下だが、それでも精霊。
それを使用人として使うとは相当の精霊術師がここの主なのだろう。
コンコンッ
「どうぞ~」
「失礼します」
案内された部屋へと入る。
ナンテを待っていたのは若い男性が1人だけ。
なのでまずは失礼の無いようにご挨拶。
「お初にお目にかかります。ナンテ・ネモイと申します。
本日はヴォルフ先生から紹介頂き参上致しました」
きっちりと貴族令嬢として礼をする。
今回は特にナンテがお願いしに来ている立場なので粗相が無いようにしなければ。
お淑やかさではムギナの足元にも及ばないとは言ってもナンテだってちゃんと貴族式の挨拶はマスターしているのだ。
「やあ。そんなに畏まる必要はないよ。ここには君意外に人はいないしね」
ふわりと笑うその男性は凄く眩しかった。
髪色はこの国では珍しい金髪で服も白地に金の刺繡が入っていて御伽噺に出て来る王子様のようだ。
背後の窓から差し込む日光で全身がキラキラと輝いて見える。
(なるほどこれは)
絶世の美青年。
きっと今学院で婚約者選びに躍起になっている女子が見たら他の男どもを投げ捨てて飛びつくか、余りの美しさに卒倒しかねない。
これは確かに何事もなく帰るのは難しい罠だ。
かく言うナンテもあまりの眩しさに目を細めた。
「おっとごめんよ。少し明るすぎたね」
彼がおどけたように言いながらレースカーテンを閉めれば幾分マシになった。
といっても100個くらい飛んでいたキラキラが1つ減ったかなくらいのものだが。
案内されるままに向かい合ってソファに腰かければテーブルの上にはいつの間にかお茶が用意してあった。
「では改めて。僕はこの学院の学院長をしているフレソラだ。
ヴォルフ君に聞いたところによると、何でも学院の空き地を使わせて欲しいそうだね」
こんな場所に居を構えているのだからそうではないかと思っていたが、やはり目の前の男性が学院長だった。
しかもヴォルフの事を君付けで呼んでいるところ見ると旧知の仲らしい。
問題はここから。
ナンテの直感は彼が只者ではないと告げていた。
恐らく単純にジャガイモ食べさせてはい土地どうぞとはならない。
しっかりと説得しなくては。
ナンテは気を引き締めて頷いた。
「はい。その事で先に1つ確認なのですが、学院長は学院を含む王都周辺をどう思われますか?」
「ふむ、漠然とし過ぎているね。何が知りたいのかな」
「学院長にとって住み心地の良い場所かどうか、です。
昔に比べて今は、そしてこの先は良くなるか悪くなるか、でいうとどうでしょう」
「住み心地か。なるほどね」
フレソラはお茶を一口飲みながら窓の外を見た。
そこにあるのはこの屋敷を包む結界。そして王都の外壁。
昔の学院が出来た頃の王都は今とは違ってまだまだ成長途中と言った感じだった。
人々の生活は豊かとは言えないまでも、田畑を耕しながら何とか協力して日々を乗り越えていった。
そして今では立派な大都市だ。
街は地面も建物も石造りで人々は金儲けに忙しい。
まぁそれが人の営みというものだ。
「昔は色々大変だったけど今は何不自由ない生活、と言って良いだろうね。
例えるなら良く熟れた果実のようなものさ」
ナンテが漠然とした質問をするのならばとフレソラも抽象的な回答をしてみせた。
『良く熟れた果実』
それをナンテがどう解釈するのかを聞いてみたかった。
「それは美味しそうですね。
しかしそれは食べる側の立場であれば、です。
果実そのものから見れば熟しきってしまえば後は腐るだけ。
熟しきった状態で保存出来れば良いのですが」
「今の王国を見る限りそれは厳しい?」
「そう思います」
つまり王国は今後衰退の一途を辿るだろうという話だ。
それが15歳のまだ王都に来て少ししか経っていない少女の目にも映っているのだから深刻な話だ。
ただもっと深刻なのは王都に暮らしている人達がそれに気が付いていないという事実なのだけど。
「ですから、そうなる前に新たな種を大地に埋めるべきだと思います。
学院長はその種からどんな芽が生え、そして成長したらどんな果実を付けるのかに興味はありませんか?」
「君がその種第1号という訳かな」
「私はどちらかというと農家に近いですから、種を植える為の畑創り担当です」
「種ではない?」
「どうでしょう。種が自分は種であると認識できるかどうか」
「成長して初めて自分は種だったと気付く訳か」
「そうですね。常に新しい芽を出し続けたいとは思っています」
気が付くと禅問答のような話し合いを続けるナンテとフレソラ。
本来の要件とは全く違う内容ばかりだけど、ふたりとも時間を忘れて話し合うのだった。




