103.学院への不満
昼休みになり、ナンテはリックとミーンを連れて食堂へとやってきていた。
もちろんムギナも一緒だ。
リック達とはまだほとんど話せていないが、朝の一件でナンテに助けてもらったことで悪い人ではないと認識されているようだ。
お陰でナンテが呼べば二つ返事でついて来てくれた。
「あ、俺、お二人の分も持ってきますよ」
「待って、私も行く」
食堂に入ってすぐ、リック達は気を遣ったのか、そそくさと配膳の列に向かってしまった。
残されたナンテ達は空いている席を探して食堂を周る。
今日は午後からも授業があるせいか、昨日よりも食堂は混んでいた。
なかなか4人が一緒に座れる場所は残っていなかったけど、テラスのテーブル席に壮年の男性が1人だけ座っている場所を見つけた。
「あ、ムギナ。あそこ相席させてもらおうよ」
年齢から考えて明らかに教職員だけど、実家でも年上の人とは良く話していたので臆することなくナンテは向かっていった。
「こんにちは。相席させて頂いてもよろしいでしょうか」
「んん?」
ナンテの呼びかけに、その先生は一瞬驚いたようだけど、すぐに笑顔で頷いてくれた。
「ああ、いいとも。
最近は誰かと食事をする機会もめっきり減ってしまったのでな。
無作法をしても見なかったことにしておくれ」
「分かりました!」
元気よく頷くナンテを見て若干苦笑ぎみのムギナ。
ちなみに先生の今の言葉は「この場は無礼講でお互いに多少の粗相は目をつぶろう」という意味だ。
ナンテ達が新入生と見て気を利かせて言ってくれた訳だ。
そうこうしている間にリック達が食事を持ってやって来た。
「お、おまたせしました」
「ありがとう」
席についてすぐに賑やかに食事を、とは残念ながらならない。
なにせナンテとムギナ、リックとミーン以外は今日が初対面なのだ。
更にこのテーブルにはゲストの先生まで居る。
リックとミーンは当然、緊張しまくりである。
そんな空気を一瞬で読んだ先生が話の流れを作ってくれた。
「見たところ君たちは新入生のようだね」
「はい。私とムギナは実家から学院に来る途中で知り合って、リックとミーンは今朝教室で初めて顔を合わせました」
「そうか。若者は仲良くなるのも早くて羨ましい限りだ。
私はヴォルフというしがない1教師だが、どうかねこの学院は。
今までの生活環境とは大きく変わっただろう。
何か困り事とかは起きていないだろうか」
昨日が入学式だったので今日は2日目。と言っても入寮してからなら10日近く経っている。
たった10日で何が起きる訳でもないだろうが、ヴォルフとしてはそうした新鮮な目で見た意見が聞きたかったし、実際ナンテ達にはすでに困ったことはあった。
「学院のと言って良いのかは分かりませんが、周りの人からの視線と不躾な声掛けには困っています」
「ふむぅ」
ムギナから出された問題に、ヴォルフとしても分かってはいることだけど何ともしがたい事だった。
「あれには私も何度か注意を促しているが改善の兆しは無い。
それに君の言う通り学院の問題と言うよりこの国全体の問題だ。
王家から手を回して欲しいところだが、いかんせん今の王はな……。
残念だが在学中はずっとついて回るものと覚悟して欲しい。
そして、出来る事ならあれに流されんようにな」
「はい、それは大丈夫です」
お嬢様然としているムギナだけどその心根はしっかりしている。
周りがどう言おうとダメなものはダメとはっきり言える子なのだ。
「そちらの2人は平民の出だね。
この学院は貴族の子供も多い。いじめ等には遭っていないかね」
「あ、はい。今の所大丈夫です。
皆さん俺達に構ってる暇はないって感じですし」
「声を掛けても無視されてしまうのは少し残念ですけど」
「ふむ」
先ほどの問題と絡むが、貴族は勿論、他の平民の子供も狙いは玉の輿である。
なので彼らにとっていかにも平民でしかも異種族の血が入っているリック達は興味の対象外だった。
お陰で今朝のように気に障ることがない限りは関わる事すら時間の無駄だと無視されていた。
そういうのが無関係なナンテとムギナがこの学院ではむしろ例外なのである。
「そちらのお嬢さんは、えっと」
「ナンテです」
「そうナンテさんはどうかね?」
問われてナンテは、少し考えてフォークでサラダを刺しながら答えた。
「控えめに言って食事に出て来る野菜の質がイマイチ良くない気がします」
「ふむ、確かに昔に比べ味が落ちている気がするな」
最近ではすっかり今の味に慣れてしまったが、ちゃんと見ればサラダに使われている野菜は若干くたびれているように見える。味もスカスカでドレッシングで誤魔化さないとやってられない。
ヴォルフが若い頃は王都近郊に多くの畑があって学院の食堂に出て来る野菜もそこから提供されていたので産地直送、瑞々しくて甘いとさえ感じていたものだ。
これは肉体と共に味覚が衰えたからそう感じるだけ、ではないだろう。
「それとジャガイモ料理が無いのが辛いですね」
「ほうジャガイモとな。
数年前に料理大会が開かれた折に審査員として食べたが、恋しくなる程の味だっただろうか。
あんな……いや、済まぬ! 故郷の味というのは何物にも代えがたいものだ」
ムギナはヴォルフがジャガイモを否定した瞬間、世界から色が消えた錯覚を覚えた。
同じことをヴォルフも感じたのか慌てて前の言葉を取り消していた。
そんな中、ナンテの様子は表面上いつも通りに見えるがむしろそれが恐ろしい。
そして何事も無かったようにナンテは話を続ける。
「こんな食事を毎日続けていたら身体を悪くしてしまいそうです。
こちらに自由に使って良い土地が余っていれば畑を創って新鮮な野菜と美味しいジャガイモを提供できるのですけど」
ナンテの物憂げなその言葉に、ヴォルフは質問を返した。
「土地自体は余っているが使用許可となると難しいな。
何か明確にそれを証明出来る物はあるだろうか?」
「それでしたら実家で私が作ったジャガイモを持って来ていますので、それをご賞味いただくというのは如何でしょう。
こちらですぐに同じ味の作物が採れる訳ではありませんが、実績を証明するという意味では十分かと」
「よろしい。ではこの後、許可を出せる者に伝えておくとしよう。
もしかしたら明日にでも呼び出しがあるから用意していて欲しい」
「分かりました」
自信満々に答えるナンテにヴォルフも頷く。
この数日、ナンテは味付けは多少濃いくらいは我慢出来ても農家として素材の質の悪さには辟易していた。
実はすでに家の前の空き地に菜園を作り始めていた所だったので渡りに船だ。




