101.入学式と視線
そして寝台を始め、室内用の家具を寮の倉庫から運び出し、足りない布製品や食器などは街に探しに行ってとあれこれしていたらあっという間に入学式の日になってしまった。
前日に支給された制服に身を包んだナンテを始め新入生たちは講堂へと集合した。
「おはようムギナ。ついに学院生活が始まるのね」
「おはようございます。
はぁぁ。そうですわねぇ」
「何かお疲れみたいね。今日が楽しみ過ぎて寝れなかったとか?」
「いえ、そうではないのですけど。
噂には聞いていましたので覚悟はしていましたけど、早くも辟易していると言った所です」
「??」
どうやら寮の方で何かがあったらしい。
詳しく聞いてみたいところだったけど、どうやら式が始まる。
『ご静粛に。これより王立アンデス学院の入学式を執り行います』
司会の男性教諭が拡声の魔道具を使って話し始めれば、それまでざわついていた講堂内が静かになった。
こういう規律を守るところはちゃんと教育を受けた貴族の子供と学費を払える程度に裕福な家の子供と言った所だろう。
しかし口は閉じたものの、その視線はしきりに周囲の同級生を観察しているのが気配で伝わってくる。
ここに居るのは1学年約100名。
内訳は貴族4割で残りが平民だ。
そして彼らの殆どが、非常に残念なことに勉学に興味が無い。
(玉の輿、玉の輿!)
(イケメン、イケメンはどこに?)
(チョロそうな子はいないかな~)
(顔が良ければ性格は二の次だぜ)
貴族も平民も男子も女子も、求めているのは出会い。
特に平民は高い入学金を払って来ているのだ。女子は相手が男爵なら正妻の座も狙えるし、それ以上の爵位でも愛人の座は狙えるかもしれない。最悪友人でも良いから貴族とコネを作らなければ家に帰れない。
またそれは男子にも言える。貴族女子は男子に比べれば身持ちが固いが『真実の愛』さえあれば何とかなると考えている輩は多い。
そして貴族の子供にとっては婚約とはつまりゲームであり勲章だ。
いかに高ステータスの相手と婚約を結ぶか。いかに多くの者と婚約を結ぶか。
それを他の貴族に自慢する為に、まずは声を掛ける相手を選んでいるのだ。
中には全員と一度は婚約をしようと考えている猛者も居る。
そんな獲物を狙うハイエナの眼差しが、ナンテを通り過ぎてムギナに向けられていた。
当然それにナンテもムギナも気付いている。
「ムギナ、すごい人気だね。これは気疲れするのも分かる」
「はい……。
そういうナンテさんは注目されていないのは何故なのでしょう」
「私? 私はほら、あまりお嬢様っぽくないからじゃないかな」
全員同じ制服に身を包んでいると言っても、ムギナの透き通るような白い肌と美貌は隠せていないし、ナンテはその隣に座っているせいで日に焼けた肌がより一層濃く見えてしまっていた。
基本的に良く日に焼けた肌の貴族令嬢は居ない。
「私としてはナンテさんは健康的で魅力的だと思うのですけどね」
「ありがと。
でもま、世の男子たちは清楚な子や高貴なオーラを纏っている子が好きなんでしょ」
貴族女子の中には見るからにお金持ちですって分かる子もいる。
そう言う子は大抵プライドも高いので中々落としにくくはあるのだけど、落とせたときのリターンも大きいので虎視眈々と狙っている男子たちが居る。
そのお金持ち女子の筆頭とも呼べる女子は多くの不躾な視線を受けても平然としていた。
「あそこに居るのは公爵家のタケコさんですね」
「へぇ。ムギナよく分かるね」
「父に連れられて何度か夜会にも参加してましたから、大体の顔と名前は分かりますよ」
「夜会ねぇ」
ナンテには縁のない話である。
というかそんな場があるならわざわざ学院に来てまで婚約者探しをしなくても良いだろうと思ってしまう。
「親の目のある所はまた別、と言う事なんでしょうね」
「そういうものなのかぁ」
体験してないので中々ピンとこない話だった。
そうして嫌な視線を我慢している間に入学式は終わり、クラスごとに教室へと移動した。
席は自由ということなのでナンテはムギナと隣同士で座る。
その隣に見知らぬ男子生徒が、明らかにムギナ狙いで座ろうとするのでナンテがそっと睨みつける。
「ひっ」
男子はナンテの視線に気付いて小さな悲鳴を上げながら慌てて別の席に移っていった。
「人の顔を見て悲鳴を上げるとか失礼な話よね」
「ふふふっ」
冗談めかしてナンテが言うとムギナも釣られて笑った。
今この教室に居るのは貴族の子供だけなので、さっきの男子も貴族として教育を受けて来た筈なのだからこれくらいの事で感情を面に出さないで欲しいものだと思う。
そうしてムギナの隣にはナンテ以外誰も座ることなく教師がやって来た。
「みなさん、入学おめでとうございます。
これから皆さんにはテストを受けてもらいます。
その結果を元に明日からのクラス分けを行いますので、集中して取り組んでください」
入学初日に何故テスト?と思うかもしれないが、この学院の入学基準が貴族であること又は入学金を払うことなので、学力がバラバラなのである。
流石に全員文字の読み書きや足し算引き算は出来るだろうが、掛け算割り算になると怪しい子も居たりするし、逆に高等数学をマスターしている子もいるので、そうした子が混ざらないようにする仕組みだ。
なお、当然貴族出身の子供はきちんとした教育を受けて来ているはずなので好成績となる。
なので大体は貴族同士、平民同士のクラス分けとなる。
ただ毎年天才は居るもので、貴族クラスの中に数人平民が混ざるのが常だ。
そしてテストが終わればこの日は終了だ。
「ムギナはこの後どうする?」
「そうですね。もうお昼ですし、学院の食堂に行ってみようと思います。
ナンテさんも如何ですか?」
「なら私も行ってみようかな。
ところでさっきのテストどうだった?」
「大体は回答出来たと思います。ナンテさんは?」
「私も大丈夫よ。ただ最後の問題が……」
などと雑談を交わしながら食堂へと到着した。
しかし。
「……(じー)」
「……(じー)」
どうやらここでもあの視線は飛んでくるようである。
「この学院では他人を品定めしないといけないルールでもあるのかしら」
「はぁ。仕方ありませんわ。新入生が入るこの時期は彼らにとって狙い目なのですから。
数か月もすれば落ち着くでしょう」
そう言いつつもムギナは憂鬱そうだ。
なにせ入寮日からずっとこの視線に晒され続け、呼びもしないのに蠅のようにぶんぶんと近づいて声を掛けてくるのだから気の休まる時間がない。
「なにか手っ取り早く彼らを追い払う方法は無いのかな」
「『既に婚約者がいる』と言ってもむしろ逆効果でしょうしね」
「例えば『私より弱い男に興味は無い』って言うのは?」
「悪くは無いですが、世の中上には上が居ますから。そう言う人を助長させてしまうかもしれません」
「そっかぁ」
ナンテもムギナも多少腕に覚えはあっても自分が世界最強などとは考えていない。
だからそんな条件を提示するとそれに合致してれば話を受けてくれるんだろうと勘違いする人が出てきかねないのだ。
「しばらくは我慢なのかな」
「そうですね」
「それと食事も」
「?」
ナンテは先ほど配膳で受け取った料理をみてまたため息をついた。
ムギナはそれが何に対するため息なのかが分からなくて首を傾げるのだった。