100.職人技2
塗装が乾くまで丸1日待つ必要があったので、翌日の夕方。
ナンテは塗装職人と一緒に塗り残しなどがないかチェックする為に家の中に入った。
「壁の色は元の土の色をそのまま生かしているのね」
「はい。お嬢様は畑や土がお好きだということでしたので、下手に着色するのを止めました。
代わりに色の均一化、艶出しの他、補強と汚れが付きにくくする加工を行っています」
説明を聞きながらそれぞれの部屋を見て回る。
なるほど、どこも派手さは一切ないが、まるで畑の中に寝転んでいるような安心感がある。
パーティーなどには不向きかもしれないが、生活するならナンテにとってはこれ以上ない空間かもしれない。
「ありがとうございます。
文句のつけようのない素晴らしい仕事でした」
「そう言って頂けて安心しました。
また何かあればこちらまでご連絡ください」
ナンテに名刺を1枚渡し、塗装職人は帰って行った。
そして翌日。
今度は家具職人の出番だ。
「おはようございます。お嬢様」
「「おはようございます!」」
数台の荷車を引きながら、総勢11名の大所帯でやって来た。
塗装職人が1人でやってのけたのに比べるとかなり大掛かりだ。
「それでは早速作業に取り掛かります。
おいおめぇら! 壁に傷1つでも付けたらぶっ殺すからな。
慎重丁寧かつ迅速に作業しやがれ!」
「「へいっ!!」」
彼らは運んできた窓や扉を2人がかりでせっせと室内に運び込んでいった。
そして全てを配置し終えた後は内と外で抑えながら窓や扉を嵌め込んでいく。
「凄い手際の良さね」
「へへ、ありがとうございます。
これがあっしらの仕事ですからね。
それよりこれを見てください」
「なにかしら」
呼ばれて見せられたのは玄関扉だった。
木製のそれは、色味は黒に近いダークブラウン。表面の意匠はほぼ無いに等しいシンプルなものだ。
ドアノブは本体よりも一段明るい色の木材を使用している。
一見、ナンテの依頼したものから外れたところは無いし、気になるところも無い。いや1つだけあった。
「この木、もしかして魔木かしら」
「ご明察です。
お嬢様の所の家具を作るって製材所のコリキに言ったらこれを使えって。
1本だけだったのでこれ1つ作るのが精いっぱいでしたが」
「そうだったの。後でお礼を言いに行かないといけないわね」
コリキと言えばつい先日、材木を買いに行った所の親方だ。
あの時にあった魔木をナンテの為に譲ってくれたらしい。
「それでですね。
魔木製の扉はちょっとした仕掛けがあるんです。
内側のここからお嬢様の魔力を流し込んで頂けますか?」
「えっと、こうかしら」
言われた場所に手を添えて魔力を送り込むと、乾いた砂に水を流し込んだようにスゥっと中に浸透していった。
その様子が面白くてどんどん魔力を送り込んでいく。
「そうですそうです。って、あれ? あ、ちょっ。それくらいで十分です。あぁ止めて止めて!」
どうやら調子に乗って送り過ぎたらしい。
幸い扉が爆発するような大惨事は起きなかったけど、逆に何かが起こった様子も無い。
「さ、お嬢様。外側を見てみましょう」
どこか楽し気な言葉に促されて反対側に回ってみると、そこには立派な模様が浮き彫りになっていた。
足元から腰の高さに掛けて草花が元気よく伸びていて、両脇に立つ木の枝にも綺麗な花が咲いている。
顔を近づければ花々の香りが漂ってきそうなくらい精巧な造りだ。
「素敵なデザインね」
「本当にそうですね。
これはお嬢様の魔力を魔木が読み取って描いたもので、いわばお嬢様の心の美しさの象徴です」
「……それは先に言って欲しかったかも」
言われてちょっと顔を赤くするナンテ。
これでは自画自賛したようなものではないか。
よく見れば草は勿論、木に咲いている花も全部ジャガイモの花だ。
そんなデザインはナンテ以外に考えないだろう。
などと話していたら何やら寮の方が騒がしくなってきた。
「何かあったのかな?」
外門の隙間から寮の方を窺ってみると、寮生と思われる同年代の男女十数人が遠巻きにこちらの様子を窺っていた。
どうやら今回の工事の騒ぎを聞きつけて様子を見に来たようだ。
そこには寮監の姿もあり、彼らに説明をしてくれている。
「この度、学院の指示によりこの先にあった旧管理人小屋をネモイ辺境伯令嬢の寮室として使って頂くことになりました。
すべては学院の指示によるものです。
ただ皆さんの中には肝試しに利用した方もいるでしょうし、ご存じの方も多いでしょう。
旧管理人小屋は酷く老朽化しており、人が住めない状態でした。
なので現在、最低限住めるように改修工事を行っています。
なお今後、旧管理人小屋はネモイ辺境伯令嬢の寮室となりますので、無断での立ち入りは禁止となります。
特に男子は近づくだけで注意の対象となります。
これは全て学院からの指示ですので、気になる点は学院側に問い合わせてください」
寮監がしつこいくらい学院の指示だって言っている。
どうやら全ての責任を学院に押し付けるつもりらしい。
実際、全て学院のせいなのだけど。
ともかくこれで、ナンテが招待しない限りここには誰も来ないだろう。
(しかし肝試しに使われてたのかぁ)
言われてみれば人気のない寮の裏手にあるので密会するにはうってつけの場所だ。
その話声を偶然聞いてしまった人は「誰も居ないはずの場所から声が聞こえた」と噂するようになり「あの小屋には幽霊が出る」みたいな怪談が生まれても不思議じゃない。
そしてボロボロの旧管理人小屋に夜に訪れれば肝試しにはさぞ効果的だっただろう。
まあ少なくとも幽霊は居なかったし、居てもナンテによって耕されているが。
集まっていた寮生たちは寮監の言葉に納得し、三々五々解散していく。
きっとこれから友人達に聞いた話を伝えて回るんだろう。
(変な尾ひれがつかなければ良いけど)
噂と言うのは大概変な尾ひれがついて行くものだ。
学院がナンテをそこに住まわせた理由などもきっと大っぴらには言えないものなので、そこからも色々と話が盛り込まれるに違いない。
ただその噂を聞いてナンテを変な目で見る人は、元からナンテと仲良くなる可能性がほぼ無い人なので問題はないだろう。
「お嬢様。窓と扉の設置が完了しました。
こちらが扉のマスターキーとスペアになります」
「ありがとう。
それにしても1日で終わってしまうのね」
「それはこの家の床や壁が真っすぐなお陰です。
普通なら歪みの補正などでもう何日か掛ったでしょう」
元の小屋を思い出せば、柱などは10度くらい傾いていた気がする。
床だって卵が転がるくらいには斜めっていたし、そんな状態で扉を付けたら開いた先で床にぶつかったり、勝手に閉まったり開いたりしてしまう。
その点、ナンテの作った家は水を垂らしても全く流れて行かない程に平らで壁も垂直だ。
職人から見ても実に理想的な家と言えるだろう。
「ではあっしらもこれで失礼します。
また何かあればご連絡ください」
挨拶が終われば流れるように去っていく職人たち。
彼らが仕事をした後にはゴミ1つ落ちていない徹底ぶりだ。
これこそまさにプロの仕事だろう。
そんなことを考えながらナンテは完成した家の中を見て回るのだった。