1.婚約破棄の世紀
新連載でございます。
いつも読んで頂けている方、本当にありがとうございます。
新しく目に留めてくださった皆様、よくぞいらっしゃいました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
時は大陸歴1158年。
それはとある夜会の最中に突然始まった。
一人の男子が壇上に上がったかと思えばとある女子を指差し声高らかに宣言した。
「シーメジ侯爵令嬢。今日限りを持って君との婚約を破棄する!」
「そ、そんな!? 私のどこがいけなかったというの!!」
それを聞いて悲劇のヒロインよろしくガクリと項垂れるシーメジ侯爵令嬢。
かと思えばすっくと立ちあがり、扇で口元を隠しながら眼だけでニヤリと笑って言い返した。
「……とでもいうと思ったのかしら。
ふんっ。私の方こそあなたなど願い下げです。
こちらから破棄する手間が減って良かったですわ」
二人のやり取りに周囲から拍手が巻き起こった。まるで演劇の1幕のように。
そうこれは彼らにとって良くある話なのだ。
後の歴史家はこの時代をこう呼ぶ。『婚約破棄の世紀』と。
先代の王、アンデス12世が婚約破棄をしたうえで別の女性と結婚し、尚且つ賢王と呼ばれる程国を豊かにした結果、それに続く貴族たちも婚約破棄は正当な行為であると肯定するに至ってしまった。
そして親の基準は子供に受け継がれる物。貴族といえば婚約破棄。婚約破棄といえば貴族の子弟が学院に通う15歳から17歳までの3年間なら自由に行って良いもの。むしろ婚約破棄が一種のステータスとさえ言われるに至った今日である。
北のネモイ辺境伯家出身の2年ナンテは昼食を食べながらため息をついていた。
そこにクラスメイトの公爵令嬢が取り巻きを連れて声を掛けて来た。
「ごきげんよう。ナンテさんはいつ婚約破棄なさるの?」
「あらダメですわタケコ様。彼女はそもそも婚約すら出来て無いのですから」
「そうでしたわね。ごめんなさい。誰も『ジャガイモ姫』とお付き合いしたいなどと思いませんものね。
おほほほほっ」
一体何がしたかったのか。
取り巻きと共に去って行く公爵令嬢を見送ってもう一つため息をつくナンテなのであった。
ただそのため息の理由は婚約すら出来ない自分の現状を憂いてではない。むしろナンテは婚約して欲しいと言ってくる男子が居なくて良かったとさえ思っている。
ナンテが『ジャガイモ姫』と呼ばれる理由は、実家が世界有数のジャガイモの生産地であること、そして令嬢には似つかわしくない小麦色に日焼けした肌と快活さで1年生の時の自己紹介でジャガイモは作るのも食べるのも大好きだと発表したからだ。
辺境伯家と言えば聞こえは良いが、要するに超が付くほどのド田舎出身で彼女自身も農家のような肌の色。加えてジャガイモは一般的には家畜の飼料か飢饉のときの非常食という位置づけであり、それが好きなどと一体何処の貧乏人なのかと揶揄された。
結果として男子からはナンテへの婚約の申し込みは罰ゲームのような位置づけだ。
お陰でナンテ自身も学院の男子に夢も希望も抱いてはいない。
「そんな流行の服を着替えるように婚約者を変える方々のどこに魅力を感じれば良いのかしら。
私には理解が出来ないわ」
昨日『あなたこそが自分の運命の人だ』と言った口で明日には別の人を口説いているのだと考えれば嫌悪しか抱けない。
だけどそんな考えは学院内では少数派だった。ナンテにとって幸いだったのは少数派なだけで自分一人では無かったということか。
「まあ他所は他所。うちはうちで宜しいのではないですか?」
そう言ったのは1年の時からの付き合いのムギナだった。
日に良く焼けて小麦色の肌をした快活なナンテと比べ白く透き通る肌にお淑やかな性格のムギナは、一見共通点など無いように思えたが実際に話してみれば凄く気が合う事が分かり、2年になった今でもよく一緒に行動していた。
「そういえば先日留学生が来たそうですよ」
「らしいわね。この惨状を見てガッカリしなければ良いけど」
「お隣の国で婚約破棄が流行ってるなんて話は聞かないですものね」
このアンデス王国の隣国で友好国と言えば西にある精霊信仰が根深いヒマリヤ王国だ。
かの国では精霊こそが国を豊かにしてくれると信じられており、精霊が好む自然を極力残す国政を敷いている。そのせいで金属加工を始めとした工業の発達は遅れているものの農業や牧畜、チーズやワインと言った加工食品の評価は高い。
逆に東には鉄鋼業や鍛冶に力を入れているアウルム帝国があり、こちらは軍事国家だ。ここ数年は静かなものだが10年前にはアンデス王国とも戦争を行い、1年に渡り一進一退の攻防を繰り広げたこともある。
現状、隣国といえばこの2国のみであり、留学生が来るほどの仲と言えばヒマリヤ王国一択だ。
キーンコーンカーンコーン♪
「おっと予鈴だ」
「ナンテさんは午後の授業はなんですの?」
「わたしは精霊学ね。ムギナは?」
「地質学です」
「そっか。じゃあまたね」
「はい」
軽く手を振りさっと移動するナンテ。この学院では基礎教育の他に選択科目を履修できるようになっており、精霊学や地質学はそのなかの1つだ。
「失礼します」
声を掛けながら精霊学の教室へと入れば中に居たのはたったの15人ほど。残念な事にこの国では精霊学を履修する生徒は年々減ってしまっているのだ。
ただ、いつもならみんな本鈴が鳴るまで自分の席に座っているのだけどその日は違った。1人の席を囲うようにして皆が集まっていたのだ。
「ねえねえ、あなたが噂の留学生なんでしょう?」
「素敵なライトグリーンの髪ね。この国では滅多に見られないわ」
中心に居るのはなるほど、輝くほどの若葉色の髪をした男子が周囲の女子に笑顔を振りまいていた。
緑系の髪色は確かにヒマリヤ王国人には珍しくない。
聞いた話では王族ほど鮮やかな色合いだというのだから、もしかしたら彼も王族の血を引いているのかもしれない。
「凄いな。もう噂になっているのか。
俺はアイン・フェルム。隣国のフェルム伯爵家の次男だ。
まあ伯爵と言っても小さい所だからこちらでは知られていないだろうな」
「そうなのですね。アイン様はいつ頃こちらに?」
「あぁそれは……」
その様子を遠巻きに観るナンテの目には狸と狐の化かし合いのようにしか映らない。
どうせ周りの女子たちは誰が一番に彼に婚約を申し込むかで勝負しているのだろう。ついでに言えばその裏で今の婚約をいつ破棄するのが効果的かを計算しているのだ。
そんな馬鹿な競争に巻き込まれた留学生が可哀そうにも思えるが、ナンテとしてはそっと距離を置くのが良いと離れた場所の席に座った。
恋愛もの苦手な作者がお送りしております。
一応頭の中に幾つかのネタはありますが、まだ芽も出ていない種状態です。
この後書きを書いてる時点でまだ2話目も出来ていなかったり汗
なので続きを待っていただける方はブックマークを付けるか閲覧履歴に残してのんびり待って頂けると助かります。