桜が舞う時
物語のあるリボン作家『いろいと』です
私の作るリボンには、1つずつ名前と物語があります
手にとって下さった方が、楽しく笑顔で物語の続きを作っていってもらえるような、わくわくするリボンを作っています
関西を中心に、百貨店や各地マルシェイベントへ出店しております
小説は毎朝6時に投稿いたします
ぜひ、ご覧下さい♡
Instagramで、リボンの紹介や出店情報を載せておりますので、ご覧下さい
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小高い丘の上にぽつんと立つ、大きなこのしだれ桜の木は、いつからここにあるのかは誰も知らない
春が近づくと、淡いピンクの着物を着た儚げな女の人が現れる、という言い伝えだけ
今も残っているきっと、桜の精だろうと言うことは誰もが分かっていた
桜の木の下には、お社があり、いつもお菓子やお酒を祀っているが、桜の精はこの街の住人だと言うそして、今年も春が来るのを、皆待ち遠しく思っている
春の心地の良い風は、窮屈になっている気持ちを優しく紐解いてくれる
暖かく包み込むように
私は今日も一人、小高い丘の上にぽつんと立つしだれ桜に寄りかかり本を読む
ふと読んでいた本が薄暗いように感じた私は、本から目を離しゆっくり空を見上げる
『わっ!』
思っていた景色と違った私は声をあげた
青い空が見えるはずの目線の先には、淡いピンクの着物を来た女性が立っている
あまりにも本に没頭していたからと言って、目の前にいることに気が付かないはずはない
陶磁器のように白く細い腕が淡いピンクの着物から覗く、そしてどこか寂しく儚げな雰囲気が、より彼女の美しさを引き立てていた
『最近よく来るね?ここは居心地いいの?』
彼女は私の驚きがなかったかのように話しかけてきたので、私も普通に会話を続ける
『は、はい。丘になっているから街の眺めは最高だし、ここで本を読むと、とても気持ちがいいんです』
『そう。ふふ。私も一緒に本を読んでもいいかしら?』
どうぞと言うのもおかしいが、どうぞと言いながら私は少し右に寄ったので、そこへ彼女が腰を下ろす
『ありがとう』
ふわっと薫る香りは、桜の精独特の香りというべきだろう
甘く上品な優しい桜の香り
私は、この人が桜の精なんだと心の中で頷いた
彼女は、いつも一人だったと言う
たまに来ても、なかなか話しかけられず、話しかけてもどうしてか会話にならなかったらしい
それは桜の精だからなのではと思わず口から出そうになったが、寸前で言葉を飲み込む
私は、そうなんですね、と頷き聞いているだけだったが、とても彼女は嬉しそうに色んな話をしてくれた
こどもの頃の話から始まり、桜の咲く頃にプロポーズをされた話、お別れの話、子どもが生まれた時の話、幼なじみと会う話、天災に合って酷い状態になっていた話
様々な話を何日もずっと楽しそうに話ししてくれていた
それが彼女の話なのか、ここに来ていた誰かの話なのか、ここから見える誰かの話なのかは私には分からなかったが、どんな話よりも楽しかった
仕事に疲れ少しの間休んで、ずっと一人でいる事が多かった私にとって、彼女との時間は、とても心が穏やかになる大切な場所になっていた
しばらく毎日のように通っていたある日のこと
桜の花もそろそろ散り始める春の風が強い日
隣に座る彼女は、突然、桜の花を一輪私に差し出し、ありがとうと言った
私は何のことか、さっぱり分からなかったが、きっとお別れなのだろうと悟った
『これは?』
『この桜を浮かべてお酒でも飲んでみて。きっと美味しいから』
『それは風情があって良さそうですね。今日、美味しそうな日本酒買って帰ります』
『ふふ。ねぇ?ずっとこの街にいるの?』
『そうですね。たぶん来年も再来年もここで本を読んでいると思いますよ』
『そう。それは良かった』
透き通るような白い肌に、ほのかに紅く染まる頬が柔らかく緩む
しばらくの間、その光景に見惚れていた私は、突然吹く春の風に目を瞑った
目を開けた時には、彼女の姿はもうどこにもない
ザーっと空へと駆け上がる風は、桜を舞い上げ大きな青い舞台で優雅に踊り、ゆっくりと地上へ舞い戻っていく
ひらひらひらと落ちてくる桜は、私の手のひらに
『また来年』
そう呟いて私は、もらった桜を大切にカバンへ入れてから、本を開いた
最後まで読んで下さり、ありがとうございます
色々なお話を書いておりますので、どうぞごゆっくりとしていってもらえると嬉しいです
また明日、6時にお会いしましょう♪