明かされる秘密(2)
「あの子たちが、被害者だって?」
『………………そうだ』
電話の向こうの親父までもが、先程までの様子とは嘘のように言葉数が減る。
「そんな事って」
確かに、あの飛行機での事故では、多くの命が失われた。その内、救われた命はたったの数人だけだと、俺は聞いている。それがあの子たち。その唯一の生存者が、彼女たちの事だっていうのか。
俺は、フラフラとした足取りで椅子に腰を落とす。
てっきり、俺と同じくあの事件で親を失ったものかと考えていた。しかし、まさか事件自体の被害を受けていたなんて思いもしなかった。
『いくら命が助かったと言っても、かなりの重症だった。今、お前の前で元気でいられるのが奇跡的なくらいにな』
「!?」
そうだ。思い出したぞ。
あの時の事件はニュースでも大きく取り上げられていた。報道陣も動いていたけど生存者たちも口がきける状態になかったため、直接の取材を断念。だから、生存者たちの素性。ましてやそれが、子供だったという事実も、今の今まで知られていなかった。
そして、俺の中で新たに疑問が生まれた。
「なぁ親父、なんでそんなに詳しいんだ?」
『ん?』
「だって、生存者の情報なんてニュースでも聞いた事ないぞ」
親父の言葉が本当なら何故、騒がれてもおかしくないはずの事が報道されずにいるんだ。いくら事件から月日が経っているとはいえ、あれだけの事件の真相ともなれば大事になっているはずじゃないのか?
なのに、その情報をなぜ親父が掴んでいるのか。それが気になった。
「俺だって今初めて聞いた。この事を知ってる人なんてほとんどいないんじゃないのか?それに、」
同じ事件に関係している人が教師と生徒の関係になる偶然なんてあるのか?
『あぁ、千尋には話したんだが。一応、今の俺は、あいつらの先生であり、身元引き受け人ってことになってる』
「それって、養子ってことか?」
という事は、俺や千尋さんからしても無関係とは言えないはずだが。
『いや、少し違うな』
しかし、俺の考えは間違っていたようだ。
『さっきも言った通り、あいつらの両親はあの事件で亡くなっている。その場合、子供はどうなると思う?』
「そりゃあ、他の親族や児童相談所とかに預けられるんじゃないのか?」
施設や親戚など、頼れるような場所はいくらでもある。そのはずなのに、何で親父があの子たちを?
『まぁ、普通はそうなるわな』
「なんだよ。もったいぶらずに教えてくれよ」
なかなか教えてくれない親父に痺れを切らして、答えを急がす。
『司、俺が大学でどんな事を教えて、どんな研究をしてるかは知ってるか?』
「脳科学だろ?他にもそれと関連付いた事を調べるのがメインだって聞いている。その延長で過去の科学に関する文明についても興味があって調査して世界中を飛び回ってる。あの時の事件だって、調査のために母さんと海外に行ってたって」
『ああ、そうだ。あの事件の後、俺は母さんの夫として報道とかの取材を受けていた。そしてある時、病院にいる生存者たちに会ってほしいと病院側からの依頼を受けた』
「それってつまり、事件とは関係なく、教授として出向いたって事?」
そこでようやく、親父と彼女たちの明確な繋がりが明らかになった。ただの先生と生徒の関係ではない、他の何かがあったようだ。
俺が知らない親父の数年間。そして、親父が俺に話していなかった事。それが本人から明かされる。
『もう分かっているとは思うが、あいつらの学力はあの歳のレベルを遥かに超えている。同年代の子達を凌駕するほどにな。それに、大人顔負けの豊富な知識量もある。俺の助手として働けるくらいに』
「うん。それは俺も驚いたけど」
直接彼女達の学力の高さを目にしたわけではないが、先程見せられた大学の学生証や資料。あれは紛れもない本物。
『病院に呼び出された俺は、彼女たちの脳について担当の先生と共に、ある検査をした』
「検査?」
『最初は異常が無いかどうかだけを調べるつもりだった。けど、あいつらは、あの事故の前と後で、格段にI.Qが跳ね上がっていたんだ』
「つまり、あの事故のショックで頭が良くなったってこと?」
『皮肉な話だけどな。未だに正確なことは調べている途中だ。それと、あいつらにそんな言い方すんなよ。子供なんだから』
「っ!ごめん……」
つい話しを聞くのに夢中で、無責任な事を言ってしまった。
まさか、親父に指摘されて反省する事になるとは。でも不謹慎な事に変わりはない。以後気をつけよう。
「だけど、それと親父があの子達を引き取るのに、なんの関係があるんだよ」
随分と大切な話しを聞かせてもらったけど、未だに俺が聞きたい事を聞けていない。あの子たちについてはよく分かったけど、重要なところが抜けている。
『頭悪い癖に、そういうところは鋭いよな』
「大きなお世話だ!」
いいから早く教えろ! そう言ってやりかったがここは抑える。
しかし、ようやく話す気になったのか、親父が先に話しを続けた。
『一応、あいつらにも親戚はいるし、身元引き受け人の候補はいくつかあった』
「だったら」
『けどな、』
俺が口を挟む間もなく、話しは続いた。
『急に頭が良くなった事に対して、あいつらの親族は見る目が変わったんだ』
「変わった?」
『子供らしからぬ頭の良さに気味悪がって、引き取ろうとする人たちは現れなかった』
「なっ!?」
それはつまり、引き離したのか!幼かった子供たちを。
『そんな相手の所に無理に押しつけて、あいつらが幸せになれると思うか?』
「それは……」
『もし一緒に暮らす事になったとして、どんな扱いを受けるかなんて。馬鹿のお前でも、さすがに分かるだろ』
確かに、その手の専門家から圧力を掛けられて了承した親族がいたとしても、その後の事は大体想像がつく。
「…………」
俺は黙って、次の言葉を待つ。
『施設にも掛け合ってみたけど、並外れた知識を持つ子供たちと他の普通の子供たちを同時に育てるのが不安だと。そう言って、あいつらの引取先は見つからなかった』
「不安って、そんなのおかしいだろっ! あの子たちはまだ12歳で、いくら知識があっても、働けないし、一人で生きていけるはずもないんだぞ!」
俺はスマホに向かって叫んだ。
親父が述べた理不尽な大人たちの考えに激しく怒りが込み上げてくる。子供が引き取り手無しに生活していけるなんて。そんな事、ある筈がない。
『あぁ、俺も同じ考えだよ』
「親父は、それを知ったから彼女達を引き取ったのか。でも、どうやって?」
いくら状況が状況とはいえ、元々は血縁の繋がりもない無関係の親父が。あの子達を引き取るなんて普通は難しい事だろう。俺は、その経緯が知りたかった。
『俺が研究者として、あいつらを「研究対象」っていう名目で保護下に置いたんだ。ちゃんとした保護者が現れてくれるまでは、俺が親代わりって事になってる』
そこでようやく合点が行った。
「それじゃ、あの子達は今親父と一緒に暮らしてるのか?」
『いや、今は大学の寮で暮らしてもらってる』
「……そうか」
ちゃんとした空間で暮らしていた事に、安堵の声が漏れた。
そんな壮絶な過去が、あの子たちにはあったのか。
偶然乗り合わせた飛行機での事件と、少女たち自身の似た境遇の仲間との出会いや、両親との突然の別れ。
まだ、あんなに小さいのに。俺でさえ母さんを失って辛かったんだ。彼女たちは、もっと辛い経験をしてるんだ。
せっかく助かった命なのに、酷すぎる。俺は、そんな少女たちを避けようとしたのか。それではまるで、引き取ろうとしない施設や親戚たちと同じじゃないか。
俺が勉強を教えられる立場にはなるけど、まずは彼女たちの善意に応えて、勉強を教えてもらおう。
そして、あわよくば条件をクリア……したい。
彼女達が生きている意味を、見放した大人達に証明するためにも、俺にできることがあるなら、頑張りたい。少しでも彼女たちが笑顔になれるように。
そう思わざるを得なかった。
「親父、俺やるよ。絶対に退学なんてしない」
『おう! その息だ。俺が貴重な時間を割いただけのことはあったな。頑張れよ!』
そう言って、スマホの通話が切れた。
「え、ちょっ!まだ聞きたいこと色々あったのに」
てか、本当に一言余計な人だ。相変わらず。
ま、いいか。これ以上、結芽たちを待たせるわけにはいかないだろう。彼女たちのことはこれから知っていけばいい。
「けど、勉強かぁ……」
俺はドアの前にしゃがみ込んだ。
苦手な勉強。それだけが俺にとっての憂鬱だった。