明かされる秘密(1)
『おおっ! 珍しいな、司から電話なんて』
「とぼけるなよ。何で俺が連絡したのかなんて、分かってるくせに」
部屋に戻り、すぐさま親父の番号に電話をかけた。いつもなら忙しくて出られないことがほとんどなのに。待ってましたとばかりに、ワンコール目で出やがった。
完全に俺が連絡すると分かって待機していたんだろう。
『おっ!もしかして、もう着いたのか』
「着いたもなにも、送り出したのは親父だろ?」
『まぁ、そうだな』
「なんのつもりだよ。急にあんな子たちを家に来させるなんて」
『人聞きが悪いなー。お前のためにしたことなんだぞ』
電話の向こうで、のうのうと話しているのが俺の親父、篠原修。
教授だからといって頭の硬い性格ではなく、このようにむしろ、結構ガサツな人である。
それを証拠に俺に関しては基本的には放任主義で、今回のように何かと関与してくるようなことは珍しいのだ。
「だからって、まだ子供だろ。見ず知らずの男に勉強教えろなんて言われて可哀想じゃないか」
『おーおー言うねー。退学を宣告されて崖っぷちのくせに』
「くっ……」
そのことを持ち出されると何も言えない。
こんな親父でも、生活費や俺の学費を稼いでくれているから素直に受け止めざるをえないのだ。
「けど、あの子たちにだって学校があるんじゃ」
『あー大丈夫、大丈夫。出席の方は課外授業ってことにしておくから心配するな』
「あんた教授だよな?」
そんな嘘で学校休ませていいのかよ。
『とりあえず、あいつらの事は俺が何とかする』
「でもそれってさ、あの子達にとってデメリットしかないんじゃ」
彼女たちの勉学がおろそかになってしまうのではないだろうか。
そもそも俺の勉強を見るという事はそういう事だ。それは逆に申し訳ない気がする。
彼女たちにだって、自分の生活がある。試験までの時間を考慮すると、放課後の時間を使うだけじゃ確実に時間は足りない。
つまり、自分達の勉強時間を削って俺に教えるという事だ。普段の自主的な勉強を疎かにしてやっていけるほど、神聖学園のレベルは甘く無い。そんなの、身をもって知ったばかりじゃないか。
俺があの子たちのことを認めたとして、彼女たちに悪影響が出るのであれば俺は潔く引き下がる。
『勉強の方は各々に課題を渡してあるから、それさえやれば数週間ぐらいなんとかなるさ。それに三人は天才だからな』
「親父が言うなら、そうかもしれないけどさ」
確かに、飛び級するくらいなら天才なのに変わりはないだろう。けど、天才なんか、あの学校にはゴロゴロいると思うが天才にだって限界がある。
『それに、大人相手の方が息が詰まりそうだろ?』
「……否定はしない」
堅っ苦しいガリ勉の人に来られるよりはいくらか気は楽でいいが、逆に子供に教えられるとなると、それはそれで情けなく思うところもある訳で。
『なんと言っても、この天才である俺の見込んだ助手たちだからな』
あんたの助手だったんかい。
さりげなく付け足された言葉に驚く。
だから俺のところに向かわせる事ができたのか。
ここでようやく、自身の父親とあの子たちの関係性を知る事ができた。
「けどさ、親父に教わるならまだしも、なんで彼女たちに? 他にも頼めそうな人だっていたんじゃないのか?」
『だって俺忙しもん』
もんじゃねぇよ。何を可愛子ぶってんだ。
『それに、……俺が指名したわけじゃないしな』
電話の向こうで親父が呟く。
「えっ、それはどういう?」
『いや、忘れてくれ。とりあえず、せっかくそっちに寄越したんだし、騙されたと思って少しくらい勉強見てもらえ。いいな?』
何か言いかけてたようだけど、あまりにも小さな声だったので聞き取ることはできなかった。
「そこまで言うなら……、考えなくもないけど」
どうせ家にしか居ないわけだし、合格不合格関係なく、一度受けてみるのもありかもしれないと、話しながら思ってきた。
三人の勉学も、親父が心配ないと言うなら、まぁ大丈夫なのだろう。
『おっ、やる気になったか?』
「言っとくけど、授業を受けるのと退学を無しに出来るかは別の話しだからな!」
『分かった分かった。このツンデレめ』
本当に分かっているのか、この親父は。
「とりあえず、彼女たちについてはいいとして。少しの間勉強を見てもらったくらいで、クリアできる条件じゃないと思うぞ」
『しっかりしてくれよー。俺も最近、周りの先生からの視線が痛いんだからなぁ』
「なっ!……何で黙ってたんだよ」
そうか。親父にも迷惑かけていたのか。
『できれば俺も転校はさせたくないし。やるだけやってみてくれないか?』
そういえば、俺が神聖学園に合格した時、親父にしては珍しく喜んでくれてたんだよな。あんな言い方してるけど、俺に今の学校に残って欲しいと思ってくれてるのかもしれない。
転校にはお金もかかる。あの親父がここまでしてくれたんなら。もう少しだけ頑張ってみようかな。
教えられる相手が子供というのは、ひとまず置いておくとして。
「……はぁ、分かったよ」
『おおっ! 本当か!』
「うん。やってみる。ダメかもしれないけど、その時はごめん」
俺は電話越しに謝罪をする。
条件がクリアできなければ、さらに迷惑をかけることになる。周囲の目も変わらないだろう。だから、事前に謝ろうと思った。そもそも、こんな事になってからでは遅い気もするけど。
『こらこら、やる前から諦めるな。お前は俺の息子だろ。もしかしたら追い詰められることで覚醒するかもしれんぞ』
「どこの勇者だよ」
『はははっ』
互いに電話越しに笑いを交わす。
顔は合わせてないけど、なんか久しぶりだな。こんな風に親父と笑い合うのは。
「でも、あの子たちの親はうちに来てること知ってんの? いくら親父の教え子でも、赤の他人の家に出入りしてるなんて聞いたら心配するんじゃないの?」
ここで、一つ気がかりだったことを口にする。
先生の家だといっても、本人はおろか俺も千尋さんも彼女たちとの面識は今日が初めてなのだ。そんな場所に出入りするとなると、あの子たちのご両親がどう思われるだろう。
『あぁ、そのことだけどな。…………』
親父の言葉が途中で止まる。
どうしたんだ?
「親父?」
沈黙が続くが、電話は切られていないので返答を待つ。
『……あの子たちな、親がいないんだ』
「え」
待った末に、親父の口から衝撃の事実が告げられた。
「ど、どうして」
彼女たちのいないところで、こんな事を聞くのは失礼だとも思いながらも、聞かずにはいられなかった。
『司、お前の母さんが亡くなった時の事件、覚えてるか?』
「そ、そりゃあ覚えてるけど」
覚えてるに決まってる。母さんが亡くなった時のことは鮮明に。
あの時の俺は、大好きだった母さんが亡くなったと急に知らされて、毎日毎日泣いていた。そんな時のことを、忘れられるはずがない。苦しいけど、絶対に忘れちゃいけない事だ。
「……!?待って、まさか!」
刹那、俺の脳裏にある可能性が生まれた。
急に親父がこの話を持ち出したということは、あの少女たちと何か関係があるということだ。
もしかすると、あの子たちの両親も、その事件で……。
『ああ、あの子たちは、あの事件の被害者だ』
「…っ!?」
予想よりも遥かに驚愕な事実に、俺はしばらく、言葉を失った。