決着
いつのまにか開かれていた扉の中から、護衛の人達とは違うスーツ姿の人達。
さらに、それを引き連れた白衣姿の男が部屋に入ってきた。
「親父!?」
「よう、司。こうして顔を合わせんのは久しぶりだな」
俺の姿を見て、親父の後方から一人の男性がこちらに歩み寄ってくる。
「大丈夫かい? ケガは?」
「だ、大丈夫です。俺は掠っただけで」
そして、俺はハッとしてすぐに部屋の隅にいるはずの先生達を探す。
「ミーシャは?結芽達も平気?」
「ウン! ちょっとだけ、ビックリしたけど何でもないヨっ!」
そう言ってにっこりと笑うミーシャ。
「それより、すごかったです。司さん!」
「ほんと、王子様みたいだったわ!」
興奮気味の子供達。
よかった。さっきよりも元気そうだ。
「子供たちはこちらへ」
そうして気遣ってくれた男性は、ミーシャの手を引き結芽、歌恋を含めた三人を安全確認のとれた隣の部屋へと連れて行く。
「司さん」
「ツカーサ」
「つーくん」
状況が飲み込めず、不安そうにこちらを見る三人。
「三人共、もう大丈夫だよ。きっと」
親父やこの人たちが来たことで、完全に空気が変わった。確証はないけど、なんとかなりそうな。そんな気がする。
「親父、なんでここに? 出張に出ていたはずじゃ、それにこの人たちは」
「あー、それな。そう言う名目じゃないと堂々と外に出れなかったんでな、嘘をついた」
「嘘……?」
「この人らは一応、教育委員会の顔馴染みだ」
「なにっ! 教育委員会だとっ!」
それに一番驚いたのは学園長だった。
まるでこんな状況を予想だにしていなかったかのように。
「ま、詳しいことは後でな。今はこの場を抑えないと」
親父は学園長の方に向き直った。
「し、篠原教授! どういうつもりかね」
「見たまんまですよ。俺は前々から学園長が学生たちを見る目に違和感を感じていました」
「!?」
「学生たちの意思とは関係なく、あんたの自己満足のためだけの内部工作。確信は持てていませんでしたが、今の会話を聞いたら確証に変わりました。だからこうして、事前に独断で教育委員会に報告し、動かせてもらったまでです」
「なっ、何を根拠にそんなことを!」
「根拠もなにも、ここにいるみんなが証言者として、あなたの指導者としての不適切な行いを説明することができるでしょう」
親父の考えはまだ全て理解することは出来ないけれど、やろうとしていることは分かった。
そうだ。学園長が惚けようが何しようが、先程の発言と、ミーシャにした振るった暴力という事実は消えやしない。
俺たちが見て、聞いた。それだけでも条件は整っている。
「き、貴様! 私を貶めようというのか!」
「そんな大層なこと考えていませんよ。ただ、今のあんたを学園長という場所に置いておくわけにはいかない。そう判断しました」
「篠原教授、こんな事をしてただで済むと思っているのかね」
先程までとは打って変わって、冷静さを取り戻し、頭が回り始めた学園長の一言。
まだ自分が無罪として伏すための手札でもあるというのか。
「学園長、これ以上の発言は罪を重くするだけです。お話は本部の方で詳しく聞かせていただきます」
ドア付近にいた男性が学園長の近くへと距離を詰める。
「ふんっ、どこの馬の骨とも知らぬ教育委員などについて行く筋合いはない」
「……同行を拒否するという事ですか? 場合によっては警察沙汰になりますよ」
「それはこちらのセリフだ。教授の顔馴染みかなんだか知らんが、教育委員会には私の知り合いもいるのだ。その者がいれば私に手は出せん」
「ですが、証言だってあるのですよ」
「証言? 何が証言だ。そんな不明確なもので私を吊るしあげたつもりか? そんなものいくらだって潰してやる。証拠なら証拠らしく、しっかりと形のあるものをだな」
「では学園長、こちらを見ていただけますか?」
またもや学園長のペースにさせられるかと思ったその矢先、親父が持っていたカバンの中からノートパソコンを取り出した。
そしてそれを開き、画面を起動させる。そこに映っていたのは。
『学園に不利益となる学生はいらん』
「!?」
そこには、高い位置から撮影されたとおぼしき昨日の俺と学園長の姿が映っていた。
正直、その事自体には俺も驚いている。
「いつの間にこんなものを!」
本当にそうだよ。いつ仕掛けたんだ?
しかし、俺以上に学園長の方が驚きを隠せていなかった。
「先日こちらに呼ばれた時に、ついでに仕掛けさせてもらいました」
「なっ!」
親父はそんな学園長に言う。
いや、絶対ついでじゃない。どう考えてもこっちの方が本命だったように思える。
「これだけ十分な証拠が出揃っていれば、言い逃れはできないんじゃあないすかね?」
「……くそっ!」
「学園長、同行して、いただけますね」
その言葉を最後に、学園長は声を発する事なく、黙ったまま教育委員の方達と共に部屋を出て行く。
「篠原教授。ご協力感謝いたします」
「いえ、後のことお願いします」
「はい」
結芽たちに危害が及ばぬよう、子供たちのいる部屋の前に立つ男性も、親父と会話を交わしてから部屋を後にした。
「……もう、何がなんだか」
親父が来てから一度も声を発さなかった水橋先生は緊張と力が抜けたようにその場にヘタリ込む。
部屋から出て来た子供たちも、口を噤んだまま大人しくしていた。
「親父、どういうことか説明してくれよ。なんで親父が学園長を? それに俺の退学の件は」
俺にはまだ、現状に関して色々聞きたいことがあった。
それに、学園長がいなくなったことで、条件についてはどうなっているのか。それが知りたかった。
結芽たちもそれを気にしてくれたのか、親父の方を見る。
「あー、それな」
そう言って、親父は足元にあった俺の答案用紙を拾う。
「実は俺がこの部屋にカメラを仕掛けたのは司が退学を宣告される前だったんだ」
「そんなに前から!」
という事は、今の状況はなるべくして成ったという事。
随分と前から用意周到に計画されていたのかもしれない。
親父に利用されたみたいで、思うところはあるけれど。
「んで、その時に学園長が言ってたことも、ちゃんとこれに記録されてる。だからこの用紙さえ無事なら大丈夫だろ」
「ってことは、つまり……」
「ああ、お前の退学は無しってことだな」
「……っ」
それを聞いて先程の点数を聞いてから、溜め込んでいたものが込み上げてくる。
「や、」
『やった〜〜〜!』
と、俺よりも先に子供たち三人の方が歓喜の声を上げる。
「おめでとうございます! 司さん!」
「さっすが、ワタシの教え子! えらいぞ、ツカーサ!」
「ふふっ、つーくんならやってくれると信じていたわ」
そして、俺のすぐ側まで駆け寄ってくる。
「うん。ありがとう。三人のおかげだよ。言葉だけじゃ感謝しきれないよ」
俺は膝に手を当てて、みんなの視線に合わせる。
三人の表情には先程の曇りはなかった。
「おーおー。ほんとに懐いてんなぁ。モテる男は辛いな、我が息子よ」
親父の方へ向き直ると、から笑いをしながら冗談を口にする。
「からかうなよ。そもそもこの子たちを俺のとこに寄越した元凶は、」
「俺はただ家の場所を教えただけだ。こいつらから言い出したことだからな」
「ぐっ、そういえば」
親父は俺のことを話しただけで、志願したのは結芽たちだった事を思い出す。
「それに、崖っぷちだったことには変わりないんだからな」
「それは、そうかもしれないけど」
うぐ。正論すぎて何も言い返せない。
「ま、でもこの結果はお前自身が頑張ってこそだろうからな。それに、最終的に学園長のことを追い詰める事にも繋がった。ありがとな」
「いや、俺の学力が劣ってたのは事実だし、俺も学園長の考えには反対だったから別に構わないよ」
「……そうか」
親父は珍しく、普通に笑みを浮かべる。
「水橋先生、でしたっけ?」
「あ、はい!」
そうして、座り込んでいた水橋先生に声をかける。
水橋先生も起立して、姿勢を正した。
「今更ですけど、司の父です。今回は息子の件を含め、大変ご迷惑をおかけしました」
「い、いえっ、そんな事は」
水橋先生は親父の言葉にかぶりを振る。
二人は、この学園の教員ではあるけど、大学と高等部で分かれているから、あまり面識がないのかもしれない。
「今回の学園長のことは、改めて教育委員会から学園に伝えられると思うので、できれば明るみになるまでは今までの事を他言しないようお願いできますか?」
「は、はい! もちろんです!」
「ありがとうございます。それと、今後とも、息子のことをどうかよろしくお願いします」
そうして、親父は深々と頭を下げる。俺もそれにはっと気づき、それに習ってお辞儀をする。
俺が退学しないという事は、これからも水橋先生は俺の担任という事になるのだから。
「お任せください」
先生も落ち着いた様子で、そう答えてくれた。
「よし、じゃあ司。お前らは一旦家に戻れ、事態が落ち着いたらまた連絡する」
「親父は来ないのかよ。千尋さんに少しくらい顔を見せやっても」
「そうしたいのは山々だがなぁ。生憎、ことの発端に関わっている以上、俺もすぐに教育委員会に顔を出しとかないといけないんだ。だから、千尋にはよろしく伝えといてくれ」
「……分かった」
「それとーー」
親父にそっと耳打ちをされて、息を飲む。
本当なら会ってあげてほしいけど、そういうことなら仕方がない。
ひとまず今日は、結芽たちを連れて家に帰ろう。
****
その後、水橋先生に別れを告げて部屋を後にして校門を目指した。
空の色はもうすっかりオレンジ色になっている。
すると、結芽たち三人がぎこちなく付いてきていたので声をかけた。
「三人共、どうかした?」
学園長のことはあったけど、当初の目的だった条件をクリア出来たことで退学は免れたのだから、もう少し喜んでくれてもいいのだけど。
「あの、私たちも一緒に帰っていいのでしょうか?」
「え、どうして?」
不安げに話す結芽を見やると、隣にいるミーシャが口を開く。
「だって、ツカーサ。もう、ワタシたちに勉強教わる必要ナイ」
「わたしたちの目的は達成されたわけだから、もう一緒にいる必要は」
「あっ」
そこでようやく、三人が心の中で思っていることを理解した。
条件をクリアしたことで、俺たちの間にあった生徒と教師という関係は一度終わったのだ。俺も、重々それは承知している。
そう、その一度というのが重要だ。
「みんな。なんで親父が三人を連れて帰れって言ったと思う?」
「え、何でって」
俺はゆっくりと三人に歩み寄り膝をつく。
そうして、ぎゅっと三人を抱き寄せた。
「つ、司さんっ!?」
「く、くるシ〜」
「〜〜〜っ!」
他人の目は一切気にしない。
といっても、もうここら辺には俺らしかいないけど。
「確かに、学園長に出された条件はクリア出来たよ。でもそれは一時的なものに過ぎないんだ。次のテストでまた赤点なんて取ったら、逆に今日の点数がおかしく見られるでしょ? だから」
親父が俺に耳打ちをした事を思い出す。
「俺が一人で勉強ができるようになるまで、もう少しの間。俺の家庭教師でいてくれないかな?」
その言葉を機に、三人は一斉に涙をポロポロと流し始めた。
「よろしいの、でしょうか?」
俺は、その問いに力強く頷いた。
彼女達が顔に浮かべた表情は、悲しいとかそういったものではない、笑っている。いわゆる嬉し涙だ。俺は、そんな三人を胸に抱く事で慰める。
この子たちにまた、寂しい思いをさせないためにも、この繋がりはまだ終わらせない。
そう心の中で呟き、上を向いた。




