テストの結果
「ーーよかったです。またこうして、篠原くんが学園に来てくれて」
次の日の朝、今まで通りの時間に起床し、朝食を済ませた後、学園へと向かった。
俺を見てざわめく教室にカバンを置いてから職員室へと移動する。
退学の宣告を受けた時以来、会っていなかった担任の水橋先生に挨拶をしに行ったのだ。
「こちらこそ、すみませんでした。長い間休んでしまって」
俺は職員室内でホームルームの支度をしていた水橋先生に深々と頭を下げた。無断で欠席していたことは何度謝っても謝りきれない。
「そうですね。でも、ちゃんと来てくれたから先生は嬉しいですよ」
しかし、先生は柔らかな笑みを浮かべてくれて怒るようなことはなかった。
「篠原くんのお母さんから連絡は受けてましたし、教授にも頭を下げられましたから」
「千尋さんと、……親父が?」
「ええ、良いご両親ですね」
知らなかった。千尋さんが学園に連絡しくれていたことも、親父のことも。本当に感謝しきれない人が俺の周りには多くいるのだな。
「それで、勉強の方は」
「バッチリ、と言えるかは分かりませんが、やれることはやりました」
「そうですか。学園長から放課後篠原くんを連れてくるように言われていたので」
「はい。テスト後に採点をすると聞いています」
「ちなみに、その場での採点を任されたのは私なので、帰りのホームルームが終わったら、一緒に行きましょう」
「!分かりました」
そうか。水橋先生が採点してくれるのか。こうなったからには、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないな。
自分が受け持つクラスの生徒が退学なんて、水橋先生にとっても汚点を残す事になるのだ。気を引き締めないと。
「それでは、失礼します」
俺は、もう一度頭を下げてから、チャイムが鳴る前に教室へと戻った。
****
「それでは、始めてください」
朝のホームルームの後、担当の先生の掛け声でテストがスタートした。
今回のテストの日程は、現代文、数学、英語の三教科を初日に行う。だからこそ、こうして期末試験初日に出席したわけだけど。
今日一日のテストの順番は、結芽たちの授業を受けていたスケジュールと、まったく同じ順番だ。
(もしかして、それも分かっててスケジュールを組んだのかな……)
そんな事を思い浮かべながらも、俺はテストの問題へと向き合った。
この時の俺は、無意識に手が動き始めていた事に気づいてはいなかった。
この二週間で身につけた当たり前の事を、問題へぶつける。そうしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。
****
「ふっ、本当に来たのだな。篠原司くん」
本日最後の英語のテストが終わり、帰りのホームルームを受けてから、水橋先生と共に学園長室へと入る。
「こんにちは、学園長」
昨日の今日で、怒りを鎮め、普段通りに振る舞う。
そこにはすでに、結芽たち三名の姿もあった。学園長を前にしたみんながこちらを振り返るが、いつもみたいな明るい笑顔はなかった。
俺はそんな三人に優しく微笑みかける。
不安なんだ。三人とも。
表情だけはなんとか明るさを保ちつつ、結芽の隣に並ぶ。
水橋先生は、学園長の席の隣に設けられた机に腰を下ろした。おそらく、今回の採点のために用意された場所だろう。
「クラスの生徒たちとの別れは済んだのかね?」
いちいち癇に障る人だ。学園長と生徒の立場でなければすぐにでも殴りかかりたい憎たらしさ。
こんな人に、この子たちの未来を左右する資格なんてない。
「必要ありません。俺はこの学園に残るのですから」
「ふんっ、その余裕はいつまで続くだろうな」
鼻を鳴らし、こちらを見据える学園長。
そのまま、俺たちから視線を外して、水橋先生に問う。
「では、さっそく採点をしていただけますかな。水橋先生」
「……はい」
そうして、採点が始まった。
静まり返った学園長室で水橋先生が赤ペンをテスト用紙に走らせる音だけが聞こえる。
それから、どれくらいの時が過ぎたのだろう。壁に掛けられた時計は十分ほどしか経過していないのに、それよりも長く経ったような気さえする。
学園長なんかはスマートフォンをいじりながら、時間を潰している様子だ。
正直、俺も全ての五感を奪われたような気がして、他に何かを考えている余裕のない時間が続く。
「……終わりました」
まもなくして、ペンに蓋をした水橋先生が口を開いた。
それに緊張した俺達は反応する。隣にいた三人もピクリと肩を揺らした。
こんなに静かな三人は初めてだ。早くいつもの三人の声が聞きたい。それが明るいか、暗いか。それは、このテストの結果次第だ。
「では、発表してもらおうか。まあ、聞くまでもないと思うが」
学園長はスマホを机の中にしまう。それから、人差し指でトントンと机の上を叩いた。
テスト用紙に触れる水橋先生の手が微かに震えている。
「ぜ、全教科……………ひゃ、ひゃく、百点。です」
『!?』
俺たち四人が下を向いていた顔をあげる。
聞き間違いかと思った。
退学の宣告をされたあの時とは違う。希望に満ちたその数字は、あまりにも信じられないものだった。
「そうか。それは残念……む!?」
学園長は目を見開く。
「何っ! 今なんと!?」
「百点なんです!!三教科とも」
「三教科合わせてでわなくか!?」
「はい。三教科合わせたら、三百点になります」
それを聞いて、先程まで余裕全快だった学園長の表情が青ざめる。
「そ、そんなはずは、し、信じられんっ!」
そう言って勢いよく立ち上がった学園長は、乱暴に水橋先生の手から俺のテストを奪った。
それに目を通し、もう片方の手で答案用紙と照らし合わせる。
「な、何故だっ! 当たっているぞ、全て!!」
「それが、司さんの実力です」
取り乱した学園長に向けて、結芽が口を開く。
「司さんは、学園長が思っている以上に優秀な方です」
「……バカな。こんな事、あるわけが」
俺は、足元に落とされたテスト用紙を拾い、結果を確かめる。
「スゴーイ!ホントに満点ダ!!」
「やったわね!つーくん!!」
ミーシャも歌恋も、それを実際に目にすると、跳ねるように喜んでくれる。
「ありがとう。みんな」
明るい笑顔を見せてくれる三人に、俺も笑って応えた。
しかし、学園長は険しい顔を浮かべたままだ。
頭皮からダラダラと汗を流している。




