小さなお客さん(3)
「えーと、もう一度言ってくれる」
俺は再度、聞かされた言葉を尋ねる。
「はい、大学生なんです。私たち」
突然何を言い出すんだこの子は。
大学生?この目の前にいる子どもたちが?それはさすがにファンタジーすぎやしないか。
俺は正直混乱していた。どこからどう見ても小学生くらいであろう少女達が自らを大学生だと言うのだ。
最初にこの子たちが家庭教師だと知らされた時とは比べものにならない衝撃が俺を襲う。
あっ、もしかしてさっき俺が聞き間違えてて実際はもっと年齢が上とか?人は見かけによらずって言うし!
「今年でいくつになるって言ってたっけ?」
「12歳です」
全然聞き間違えじゃねー!
一言一句違わずに返ってきたぞ。
「子ども……なんだよね?」
「はい」
「じゃあ、……えーっと。どういうことなんだろう?」
これ以上質問も思いつかないので、諦めて素直に聞く事にする。
学校の問題よりも難問だぞこれは。
「私たち、全員飛び級してるんです」
「……は?」
「ですから、私たちは子どもではありますけど、飛び級をしていて今は大学生なんです」
「……嘘、だよね」
「いえ、冗談ではありません」
嘘であってくれ、これは夢か幻か。そのどちらかで合って欲しい。
「あっ、もしかして退学の話し辺りから全部が夢だったんじゃ……」
「夢でもありません。現実を見てください」
「ツカーサは、ユニークな事を言うネ!」
最後の希望と思って口にしてみたが、ことごとく否定されてしまう。
いやいやいや、飛び級って、あの飛び級?
その言葉自体は聞いた事ある。けど、そんなものが本当に実在していたのか。二、三学年どころか、約六年間の学歴をこの子たちは一気に飛び越えたというのか。しかも、あの進学校で?
「ウソじゃないヨー。ねっ、チヒーロ!」
独特な口調でクラディールさんは話しを振る。
俺は、もう一度千尋さんの方を向いた。
「本当なんですか。千尋さん」
あまりの信じ難い事態に、この子たちが言っていることが本当なのか、それを確かめずにはいられなかった。
「ふふっ、本当みたいなんです。私も最初は驚いたんですけど」
「当たり前ですよ。こんな事、非現実的過ぎます」
「でも、これが送られて来たので」
「これは?」
手渡されたのは、この子たちのプロフィールだった。
司は、顔写真付きのその資料によく目を通す。
資料にはしっかりと神聖学園の印が押されていた。つまり、これは正当な資料という事で間違いはない。この手のものは、学校で保管されているものだから。おそらく、親父が送って来たのだろう。
ていうか、こんな個人情報勝手に公開していい物なのか?ダメだろ絶対。
「……本当だ。みんな学年が大学一年生になってる」
「ネっ! ホントだたでショ」
俺の言葉を聞いて、クラディールさんがテーブルに手をついて前に乗り出して来た。
ち、近い。
「ミーシャ、行儀悪いです。戻りなさい」
「フワっ!?」
すると、柳さんがクラディールさんの肩を掴み、再び着席させた。
「そして、これが学生証です」
彼女はもう一つ、証拠を机の上に提示した。それは、正真正銘の大学の学生証だった。
「これは、信じざるをえないな」
「これで分かったでしょ? 私たちなら勉強を教えられるって」
清水さんが勝ち誇ったような瞳でそう言った。
「う、うん。こうした証拠もあるし。清水さんたちがすごいことはよく分かったよ」
「ノー! それ禁止!」
「……えと、何が?」
再び身を乗り出すクラディールさんから急な指摘が入る。
俺はなぜ注意されたのかまったく理由がわからなかった。
「その、「さん」付けるの慣れなくて私イヤ!」
「そ、そう言われてもな」
異国のクラディールさんからしてみれば、確かに不自然な呼び方に感じるかもしれないけど。
「えと、」
残りの二人の顔を見ると、柳さんは呆れたような顔で息を吐き、清水さんはニコニコとした笑顔で話しを聞いていた。
「じゃ、じゃあ、クラディール、先生?」
「それも、ノー!」
「えぇ……」
さん付けがダメならと、先生を付けてみたが、これも間違いのようだ。
それに、俺もまだ彼女たちの指導を受けると決めたわけではないのに、先生と呼ぶのもおかしな話だ。
「ミーシャ…さん?」
「さんはイラナイ!ミーシャ! ワタシの名前はミーシャだヨ!」
「え、えーと」
どうしたらいいのか分からず、残りの二人に助けを求める。
「はぁ、この子はこうなったら引かない子ですので、司さん言う通りにしてあげてください。ちなみに、私も下の名前で構いません」
「そうね。つーくんの方が歳上だし、呼び捨てでいいんじゃないかしら?もちろん苗字でなく名前でね」
しかし、助けられるどころか他の子達まで名前で呼んで欲しいと要求してくる。
だから、どういう状況だこれは!
普段女子と話す時でさえ、こんなにも早くフレンドリーな呼び方をすることは無かった。
これがいわゆる「コミュ力お化け」というやつなのか?
でも、よく考えたら小さい頃は、すぐにみんな呼び捨てで呼び合うのかもしれないな。ふと、そんな昔のことを思い出す。
「じゃ、じゃあ、……ミーシャ。それに結芽と、歌恋。これでいいかな?」
「ウン!」
「はい」
「は〜い」
そう言うと、各々が返事してくれた。
なんだか出席でもとった気分だ。
「それでは。今日から指導をすると言うことでよろしいですね?」
「ま、まって。本当に、今日から勉強しても大丈夫なの?」
気がつくと、いい感じに話がまとまってしまっている。本当にこの子たちの指導を受けて大丈夫なのだろうか。
不安が無いと言えば嘘になる。退学を回避できるなら、それはそれでいいけど、あと二週間足らずでどうにかなるとは到底思えない。
一年生からのやり直しになるかもしれないが、潔く他の学校の編入試験を受けるという選択肢だってある。
実を言うと、担任の水橋先生からも、そう言った話は出ていた。ただ、それ相応のお金はかかるので、このまま神聖学院に入れるのであれば、それが望ましいけど。
「……必ず、とは言い切れません。しかし、私たちも司さんが学園長先生の条件をクリアできるよう。全力で頑張ります」
「そう言ってくれるのは有り難いよ。でも、やっぱりそれとこれとは話しが別だよ。君たちは天才かもしれないけど、俺は……」
「司さん」
柳さん……。結芽に名前を呼ばれて、顔をあげる。
俺の前にいる三人の眼はとても真剣だった。冗談を言っているとは思えない程に。
「ツカーサ。何もしないでコーカイ?ヨリやってコーカイの方が、イイと思うヨ?」
「ミーシャちゃんの言うとおり。有名な偉人が言っていたわ。天才は99%の努力をして生まれるものよ」
ミーシャも歌恋も本気で向き合ってくれている。
「………………分かった」
長い沈黙の末、ついに俺は決断した。
「それじゃあ」
「でも、少しだけ時間をくれる? 父さんとも話しがしたいんだ。ここで、待っててもらって構わないから」
「……はい」
千尋さんへ目を向けると、頷いて立ち上がる。
「みんな! 待ってる間にお菓子はどう? 昨日クッキーを焼いたの」
「クッキー? イエス!たべール!」
いち早くミーシャが反応を示す。
待ってもらっている間、このままだんまりというのも申し訳ない。ここは、千尋さんに協力してもらう事にする。
ちなみに、千尋さんの作るお菓子は最高に美味い。それは保障しよう。きっとこの子達も気にいる事だろう。
「さてと」
俺は、リビングを出てスマホを開きながら部屋へ一旦戻ることにした。