決戦前夜!
「じゃあ、今日はこれでオシマイネ!」
「うん。ありがとうミーシャ」
「エヘヘ〜。ツカーサに感謝されタ」
時刻はもう夜中の12時。決戦の日となった。
俺が帰って来た後も、三人は何も聞かずいつも通りに接してくれた。まだ、ミーシャたちは新たに増やされた条件について何も知らされていない。
それなのに、独断で勉強の時間を削ってまで家を出た俺を暖かく迎えてくれた。
正直、胸が痛かった。
「ツカーサ? 大丈夫?」
っと、いかんいかん。深く考えていたらミーシャに気を遣われてしまったようだ。
「うん、大丈夫だよ。ただ、明日が勝負の日だと思うと緊張しちゃって」
見透かされないよう、笑みを浮かべる。でも、緊張自体は確かにあった。
学校に行くのも(今日も行ったが)久しぶりだし、ここ最近は勉強のために早起きをしていたから、生活リズムは戻っているとはいえ、寝坊をすることのないようにしなくてはならない。
今夜は落ち着いて睡眠が取れるかの心配もあった。
「むー、そっか……」
ミーシャは座ったまま、少し考えるポーズを取って静かな時間が流れる。
「……! そうだ!ちょっとマッテテ」
「え、うん。分かった」
すると、ミーシャは急いで部屋を出て行った。
部屋に取り残された俺は、ベッドの上に腰を下ろす。
今日は勉強が終わってからすぐに寝られるように、歯磨きも済ませてあるので、あとは寝るだけだからミーシャの用が済んだらすぐに眠りにつくことにしよう。
よく眠れるかはわからないけど、身体を休める事にさえ意識を向けていればなんとかなるだろう。
しかし、九時間後には教室の机でテストを受けていることを思うと、ミーシャを待っている間も落ち着かず、復習した各科目の内容がまとめられたノートを見返してしまう。
こんなに勉強したのは正直初めてだった。受験も推薦だったから面接とちょっとしたテストを受けただけだし、あの時もほとんど面接だけで受かったようなものだったから、振り返ってみるとよくここまで頑張れたものだ。
これも、あの子たちのおかげだろうな。
「オマタセ!!」
静まり返った空間を破るように、ミーシャが部屋に戻ってきた。
彼女のいきなりの登場にも大分慣れたものだ。
「おかえりミーシャ……って、あれ?」
開いていたノートから、ドアの方へ目を向けると、ミーシャだけでなく結芽と歌恋の二人も続いて入ってきた。
「二人ともどうしたの?」
「あの、その……」
「ミーシャちゃんに頼まれて、ちょうどいいかと思って」
ちょうどいい?何の事だろう。
特に、結芽の様子が変だ。
なぜか顔を真っ赤に染めてごにょごにょと話している。反対に、歌恋はいつも通りだ。
「ミーシャ。俺に待つように言ったのと関係しているの?」
それと、なぜ三人とも自分たちの枕を持っているのだろう。これから枕投げでも始めるつもりか?
「ンーっとネ。ツカーサが不安そうだったから、ワタシたちが一緒に寝てあげようかと思って」
「ああ、そうなんだ。ありがと……って、ええっ⁉︎ い、一緒にって、ええっ!?」
若干嫌な予感はしていたけど、まさかその予想が当たってしまうとは。
「大丈夫よ。わたしたち小さいし、ちょっと狭いかもしれないけど、つーくんと寝れるだけで不満はないわ」
「い、いやいやいや。流石にそれはまずいでしょ。そう言わずに三人とも隣の部屋で」
「お母様には許可を得ているわ」
(千尋さーん!?)
そこまで用意周到な準備をしてくるとは。
それに、千尋さんもなぜ許可を出したんですか!
聞きたいことは山積みだけど、もうすでにミーシャと歌恋は、ベッドに座る俺をよそに、もぞもぞとベッドの中へ当たり前のように入っていく。
「アッタカ〜イ」
「すんすん。はあ、つーくんの香り。まるでつーくんに抱き締められているみたい」
「君らもう少し躊躇とかしなよっ!」
各々ベッドに対しての感想を述べ、寛ぎ始めた。
歌恋さんベッドの匂いを嗅ぐのはやめてください。
「至らぬところもご、ございますでしょうが、よ、よよよっ、よろしく、お願いしますっ」
「何をっ!?」
遅れて俺のベッドによそよそしく入った結芽は、両手をついて深々とお辞儀をする。
それ、なんか違うと思うぞ結芽。ていうか、今回は味方にはなってくれないのね。
「な、なら、せめて俺は布団で。三人は俺のベッド使ってもらっていいから」
「ブーブー、それじゃあたしたちがいる意味無いジャン」
「そうよ。つーくんもこっちに来て」
「いやでもさ」
困ったな。
親切心で言いだしてくれたんだろうけど、流石に一緒に寝るっていうのは……。
今までも多くの困難を乗り越えては来たが、それらとはわけが違う。
今回はかなりの難題だぞ。
「ムー。しょうがナイ」
渋っている俺を見て、諦めてくれたのか、ミーシャは布団から出て床の上に降りた。
「カレン」
「ん、了解」
ミーシャに呼ばれて歌恋もベッドから離れた。
よかった。強敵と思われる二人さえ離れてくれればこちらのものだ。
二人の行動に首をかしげる結芽だが、聞き分けの良い彼女が相手であれば、俺でも説得することはできるはずだ。
「二人ともベッドから降りたわけだし、結芽も」
『せーのっ』
「ソレッ」
「えいっ」
「うわっ!?」
ミーシャと歌恋から目を離し、説得を試みようとした途端。急に両足が浮いた。
そしてそのまま、ベッドへと倒れこむ。
なんと、後ろにいたはずのミーシャと歌恋はお互いに、俺の左右の足首を持って引っ張り上げたのだ。
俺は、ベッドの上にうつ伏せになる形で倒れる。
諦めるどころか、俺を強制的にベッドの上へと招いたのだ。
「ユメ!そのままツカーサの上に乗っかっチャエ!」
「わ、分かりました!」
「ちょ、ちょっと三人ともっ」
「失礼します!」
「うおっ!?」
すると、背中の上の方に重みがのしかかる。
足の方ならまだしも、背中を押さえつけられると、テコの原理で起き上がることができなくなる。
これは決して、結芽が重いとかではない。強引になら起き上がれるかもしれないが、結芽が頭を床やテーブルに打ちつけたりしたらと思うと、身動きは取れない。
「カレンはそっちよろしくネ!」
「任せて!」
「くらえっ! コチョコチョコチョ〜」
「っ!?くくっ、あははははっ! ちょ、ふ、二人ともっ! そ、それは、ははっ、あははははっ!」
二人は俺が動けないことをいいことに、靴下を脱がせて足の裏を指先でくすぐり出した。
「ほらほら〜。はやくあきらめなよヨー」
「そうよー。自分に素直になりなさい。そうすれば、この手を離してあげるから」
な、なんて卑怯な。しかし、この地獄を耐え抜けば。
…………いや、無理だ。
「ご、ごめんなさい。司さん」
結芽は申し訳なさそうに、俺の背中の上で謝る。だが、腰を浮かしてくれる事はない。
ガッチリと固定されているままだ。
「〜〜〜〜〜〜っ! わ、分かった。分かったから! くふっ、ふふふっ」
「本当に〜?」
「ほ、本当にっ!」
いじわるを駄目押ししてくる歌恋。しかし、ここまでされたら、状況を理解するざるをえない。
「ヨーシ。なら、離してしんぜヨウ」
そうして、ようやく解放される。
「はぁ、はぁ、し、死ぬかと思った」
いや、どちらかといえばとどめを刺されたのではないだろうか。
何で二人共こんなにくすぐり攻撃が上手いんだ。
しかし、俺が解放されたということは、彼女たちの用件を飲むことになる。
そして、結局俺は三人と共に眠ることとなった。
「電気消すヨー」
ミーシャが部屋の明かりを消して、部屋は真っ暗になる。結芽と歌恋は、俺が逃げ出すことのないようにガッチリとロックしている。左腕に歌恋、右腕に結芽が抱き枕代わりにしがみついてくる。
ミーシャはというと、
「ダーイブッ!」
「うぐっ」
仰向けとなった俺の上半身へと飛び込み、首元に両腕を回してきた。
……正直、少し苦しい。
でも、離れてほしいと言っても、逃げられると思われて了承してはくれないだろう。
まぁ、もう逃げるつもりはさらさらないのでその心配はないのだけど。
そう。俺が折れたのだ。
「くー」
「むにゃ」
「すぅ……」
「はやっ!」
あっという間に寝息を立て始めた三人に驚く。
「……っ!」
だが、俺はすぐに自分の口を塞いだ。
これ以上被害が拡大せぬよう。このまま起こすことなく、俺も眠りについた方がいいかもしれん。
「…………」
ほんと、この二週間は波乱の毎日だった。
そしてこれが集大成かと思うと顔が緩む。もちろん、変な意味ではなく純粋な笑顔だ。
俺に身を寄せてくれる三人は、可愛らしい寝顔をしながら小さく寝息を立てている。
それを聞いてるうちに、俺もだんだん眠くなってきた。
「三人共、ありがとう。俺……絶対にみんなを守るから」
小さく呟いたその言葉は三人には聞こえていないだろう。
もし、起きて聞かれていたら恥しぬ。
それでも、口に出したことで肩の重みが取れたような気がした。俺にとって、この子たちの存在はそれだけ大きなものとなった。改めてそれを実感する。
この子たちが俺に与えてくれた、小さな希望の光。
大丈夫だ。やるべきことはやった。条件が満たせないなんてことは考えるな。
自分の中で明確にしていた不安を押し切り、今の自分を信じる。
これでいい。もう勉強する時間はない。あとはもう、時間に身をまかせるだけまだ。
「頑張ろう」
今まで見上げていた天井に覚悟をぶつけ、瞼を閉じる。
みんなからの暖かな温もりを感じながら、俺はゆっくりと眠りについた。
そしてついに、約束の時が迫る。




