遺言(4)
「ーー最後の言葉を聞いた後、私も気絶してしまって。気がついた時には病院にいました。そして、司さんのお母様は……」
「そう……だったんだ」
身体の力が一気に抜けて、今にも倒れそうだった。
「つ、司さんっ!?」
「……大丈夫。ちょっと驚いただけだから」
親父にも聞かされていなかった事。母さんと、結芽との関係。ようやく全てが繋がった。
そうか。母さんは結芽を、小さな命を守ったのか。
寂しい気持ちよりも、母さんの誇らしさで胸がいっぱいになった。俺が母さんと喧嘩別れしてしまった事に、変わりはない。それはもう紛れもない事実だ。
でも、こうして母さんの最後を知れた事は、俺にとって良い事だと言えよう。
「親父への遺言も預かってくれてたんだね」
「はい。もちろん、この事は事件について取材をする記者の人たちにも公言はしていません」
「そうか。ありがとう」
結芽のことだから、心配はしてなかったけど、それを聞いて安心する。
「それじゃ、親父への遺言は」
「はい、伝えました。それで、司さんにも」
「……うん、教えてくれ。覚悟はできてる」
そうして、もう一度気を引き締めて、結芽の瞳を見つめ返した。
「分かりました。では、そのままを伝えます」
結芽の口から、結芽の声で、母さんのメッセージが伝えられる。
『司。まだあの時のことを怒っているだろうか。この話を聞いていると言うことは、結芽ちゃんと司は会えたってことだな。司、ごめん。旅行に行くのあんなに楽しみにしていたのに、もう、会うことすらできないなんて。私も残念だよ。それと、司は喧嘩の事で悩んだりして辛い思いをするかもしれないが、気にするな。私は、司に何を言われようと、これでも母親だからな。本当は優しくて素直な子だってことを知っている。だから、下を向くな。上を向いて自分の人生をこれからも歩んで行くといい。ただ、司が中学校の制服に袖を通した姿、成長して行く姿を見れないのは本当に残念だ。私は、天才とまではいかなくても、大人になるまで、ちゃんと司には友達と楽しい学校生活を送って欲しいと思っている。それが私の願いだ。こんな私でも、空高くからお前を見守ろう。研究者の私がそんな不確かなことを言っても、説得力はないと思うが、司は私にとって大切な宝物だ。これからも、それは変わらない。司も大きくなったら、恋人ができて、その人と結婚して、子供も生まれて、大切なものが増えていくだろう。命をかけて大切な宝物を守れる。そんな立派ないい男になってくれ。もしまた会うことがあれば、そういう話を聞かせてくれ。私たちの間に、生まれてきてくれてありがとう』
結芽は、母さんの口調をそのまま真似て話してくれた。
そっくりだった。本当にこの子は母さんと一緒にあの飛行機に乗っていたんだ。それを、より実感させられた。
そして、
「以上が、私が託された言葉です」
「……ありがとう」
「っ!?つ、司さん」
「……あ、れ?」
どうしてだろう。ずっと知りたかった母さんの言葉を。想いを聞けたと言うのに、涙が溢れて止まらない。
「おかしいな。嬉しいはず、……なのに、涙が、止まらっ、止まらないや」
結芽の前だと言うのに、笑顔でいれば喜んでくれると教えた張本人なのに。どんどん涙は溢れていく。
母さんの願い。それは俺がちゃんとした学校生活を送る事。なのに俺は、一時期とはいえ、それに逆らうような事しかしていなかった。
不登校になって、学園側の退学を受け入れようと。
俺は、……馬鹿だ。大馬鹿だ。
「ごめん、結芽。……ごめん」
「いえ、私。司さんのそばにいますから、存分に泣いてください。落ち着くまで、ずっと」
どれくらいの間泣いていたのだろう。今まで我慢していたものが、一気に流れ落ちていった感じがした。
今はその分、すっきりとした爽快感に包まれている。
「ごめんね、結芽。急に泣き出したりして。びっくりさせちゃったよね」
「そんな、当たり前のことですよ。泣かない方がおかしいくらいです」
「そっか、本当にありがとう。教えてくれて」
「話せてよかったです。遺言を伝えることが、私と司さんのお母様との約束でしたから。ようやく果たすことができました」
結芽は表情を和らげて、優しい面持ちで応えてくれる。それを見ると、不思議と心が安らいだ。
「本当なら、もっと早くお伝えするべきだったのですが」
「ううん、結芽たちも怪我で大変だったろうし。今聞けただけで十分」
「司さん……」
「それにしても、よくあんなに長い言葉を覚えてられたね。親父にも話したんでしょ? それも、違う内容の遺言を」
心が落ち着いて、普通に話せるようになり、気になっていたことを聞いてみる。
「はい。司さんは、事故の後、私たちのI.Qが活性化したということもご存知なんですよね?」
「うん。親父もそれについて研究してるって」
「私も詳しくは分かりませんが、多分司さんのお母様から最後の言葉を聞く辺りから、その助長が見られていたのではないかと、教授は言っていました」
「確かに、当時の結芽は六歳くらいだもんな。普通に考えたらそんな量の情報を記憶しておくなんて、普通の子供じゃできないよ」
「はい」
「そういえば、何で親父は結芽たちのI.Qについて調査するときに呼ばれたんだろう。その頃だって、親父が結芽と母さんが知り合ってた事は知らないよな。他にも沢山の脳科学者はいただろうに」
身元引き受け人になったのも、事故からしばらく経っての事だ。
三人が母さんの乗り合わせた飛行機に乗っていて、そのうちの一人が母さんの守った命だったからだとしても、その前のきっかけがなくては、今の状態は成立していないはずだ。
「それは、私たちから教授に志願したんです」
「えっ」
「司さんのお母様から遺言を聞くときに、教授のことも教えてもらったんです。脳科学者であることを。もし何かあれば助けを求めるようにと」
「そうだったのか。でも、よくすぐに親父が理解してくれたね結芽の言ったこと」
オブラートに包んで言葉にはしたが、俺が知りたかったのは、よく親父が信じたということだ。見ず知らずの子供が証拠も無しに亡くなった人のことを語っても、信じてくれるかどうか。
「これです」
すると、結芽は汚れた小さな写真をポケットから出して見せてくれた。
「これって、小さい頃の俺の写真?」
「はい。お母様はいつもこの写真を持ち歩いていたみたいです。これを見せたら、教授はすぐき信じてくれました」
「確かに、母さんが持っていたような気がする……」
「救助に来てくれた方が、私の近くに落ちていたので私の物かと思ったみたいです」
子供の頃、この写真を持ち歩かれている事に、恥ずかしさを感じていた事を思い出す。
「司さんに初めて会った後に、この写真の子と同一人物だったことを知って驚きました」
幼い頃の写真だと、面影は残っているだろうがパッと見では分からんだろうしな。それに、あの時の結芽だって泣いていたんだ。冷静にそんなことを考えることなんてできなかったはず。
「それじゃあ、もしかして家庭教師を引き受けてくれたのも」
「はい。それも私たちから志願しました。最初は、教授が時間を作って自分が教えようとしてたみたいなんですけど、やはり忙しくて手が離せないとぼやいていたのを聞いて。なら、私たちが教えようと、そう決めたんです」
「そっか。じゃあみんな、最初から俺のことを分かってて」
「はい。ミーシャも歌恋も、あの三回忌の会場で司さんと会ったのがきっかけで、一歩前に進めたんだと言っていました。だから、その恩を返そうって」
「申し訳ないな。まだ、二人のこともはっきりとは思い出せない。結芽のことだって、」
俺は自分の非力さに頭を抱える。
そんな想いがあって、俺の力になってくれているというのに、当の俺は思い出せないまま。
ミーシャの過剰なスキンシップも、歌恋が俺に抱いてくれる気持ちも、初対面の相手にはそうそう持てないものだ。
そのきっかけが、俺と彼女たちの記憶の中にあるんだろうな。
「いいんです、ゆっくりで。まずは目の前の壁を乗り越えてからです」
そうだ。
まずは、俺が学園への残留をかけた条件が待っている。母さんの願い、結芽たちのこと。
その全ては、テストを乗り越えてからだ。




