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天才少女の多才授業!  作者: 桃乃いずみ
Ⅴ 秘められた過去
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遺言(2)

 


 飛行機の中で、の事。


 結芽(ゆめ)はトイレ近くの壁と壁の隙間にすっぽりと体を入れて体育座りのポーズで縮こまっていた。


「ぐすっ、お母さんの、バカ」


 ボソッと、言葉にしたその言葉は、より涙を溢れさせる。


 お母さんと、喧嘩をした。


 そう。自分では分かっている。自分が悪い。

 未だにピーマンが食べれないからと機内食を残そうとして、母親が注意するのは当たり前のこと。

 でも、どうしてもあの苦味を克服することができない。

 母と喧嘩がしたかったわけじゃない。結芽の栄養を気遣って食べさせようとしていたのだ。野菜が体に良いことくらい。子供でも知っている。

 目の前では、機内食や、他の物をカートに乗せて運ぶキャビンアテンダントのお姉さんが通り過ぎていく。

 小さくなってすっぽりとこんな場所に入っていたら、そうそう見つかることはないだろう。見つけられるとしたら、自分と同じくらいの子供くらいだ。と、思っていたのに。


「どうしたの? なんで泣いているの?」

「えっ」


 そう言って、一人の女性が壁の隙間から顔を覗かせた。

 女性はしゃがみこんで、結芽と視線を合わせようとする。


 ふいっ。


 あ。急な事だったので、つい視線を逸らしてしまった。

 誰にも見つからないと思って隠れたのに、こうもあっさりと見つかってしまうとは。

 結芽は、自身の眼を擦り涙を拭う。


「…………」


 自分を見つめる視線に、返す言葉が見つからない。そもそも、こんな悩みを見ず知らずの人に話すのも、なんか変だ。


「……なんでも、ないよ」


 結芽は、偽るように小声でそう言った。


「ふふ、そんなに眼を赤くして何にも無いなんて、君は嘘が下手だな」

「うっ、ほっといて……」

「そうもいかないな。こんなに小さくて可愛らしい女の子が泣いてるのを無視する事なんて、私にはできない」


 そうして、お母さんよりも年上に見えるその女性は、こちらに背を向ける形で、隙間を塞ぐように腰を下ろした。


「誰も見てないから、お姉さんに話してごらんなさい」

「なにしてるの?」

「んー、カモフラージュ、かな。決して閉じ込めているわけじゃないよ」


 見えにくい場所とはいえ、誰かに見つかる事は時間の問題だろう。でも、その隙間を塞いでしまえば、この場所がバレることはない。

 この女性は、それを自分の身体で実行したのだ。


「君みたいな子供が、この飛行機に一人で乗る事はありえない。でも、近くに親らしき人もいない。つまり、飛行機内で親と喧嘩してここに隠れた。と、言うところかな?」

「……っ!どうしてっ!」


 結芽は、ハッとして自分の口を塞いだ。

 あまりにも正確な答えを導き出され、つい言葉が漏れてしまった。


「ははっ、本当に嘘が下手だな君は」


 笑われた。別に嫌ではないけど、ちょっとした恥ずかしさが襲う。


「こう見えて、私は研究者でね。それなりに頭は良いんだ」

「けん、きゅう?」

「ふふっ、君には少し難しいかもしれないな」


 少しずつ自分がこの女性と言葉を交わすようになっていた事に、結芽は気づく。


「さっき君は、どうしてここにいる理由が分かったのか、それを聞きたそうにしていたね」

「あ……」


 先程、自分が言葉を途中で止めた事を思い出す。


「今話した通り、ここに君が一人でいる状況と、流していた涙。それでおおかたの予想はついたよ。あとは、」

「……?」


 話の途中で、女性が黙ったので結芽は首を傾げる。


「……後は、君に似た表情をしていた子供を、最近見たからかな」


 この時、結芽はこの女性が何を言おうとしているのか理解できなかった。


「あのう、お客様?」


 すると、女性の向かい側から別の声が聞こえてきた。


「どうかされましたか? お気分が優れませんか?」


 どうやら、通りかかったキャビンアテンダントのようだ。


「あー、いいのいいの。気にせずお仕事を続けてくださいな」

「そ、そうですか。何かあればお申し付けくださいませ」

「はーい。どうもー」

「し、失礼します」


 キャビンアテンダントさんに声をかけられるも、女性はすぐにその人を退けてしまう。


「ありゃ完全に不審な乗客だと思われたな……」


 女性が呆れ口調でそう言った。


 でも、すごい。

 その時の結芽は尊敬の眼差しで、その女性を見ていた。

 女の人なのに、何ともいえない強そうな雰囲気が、小さいながらも感じ取ることができた。

 憧れに近い感情。当時の結芽はそれを上手く理解する事ができていなかった。


 この人なら、私の力になってくれるかもしれない。

 そうして、勇気を振り絞って口を開いた。


「……あのね、おばさん」

「お姉さん」

「へ?」

「お・ね・え・さ・ん!」


 何故か強く否定され、それに従う事にする。


「お、お姉さん」

「そう! で、どうしたんだい?」


 そうして、背を向けられたまま、結芽は母親との喧嘩について話し始めた。



「ほほう。好き嫌いが原因で口喧嘩ね〜。まあ、よくある話だね」

「よくある?」

「うちの子も君みたいな歳の頃は手を焼いたものよ。まあでも、自分が悪いんだって分かっている分、君の方が一枚上手だけどね」

「うちの子?誰?」

「私にも子供がいてね。今年で小学校を卒業するんだけど、これまたうちも喧嘩中でねー」

「けんかしてるの?それは、どっちが悪いの?」

「んー、どっちがって程でもないけど、厳密に言えば私かなぁ。約束を守れなかった訳だし」

「約束?」

「旅行に行くはずだったんだけど、仕事が入っちゃってね〜。本当に急な仕事だったから、息子も不機嫌ったらありゃしない。正直、私も仕事先を多少は恨んでるところもあるかな」


 約束が守られないことは、悲しい。

 自分も何度か親と行きたいところに行けなかったことがある事を思い出す。


「はぁー、たまの休みだってのに。って、そうじゃなくて!」


 おば、お姉さんがうなだれたと思うと、すぐさま自分にツッコミを入れて立て直す。


「君は、お母さんと仲直りしたいんだろ?」

「うん、……でも、ピーマンはいや」

「そっかぁ。野菜に関して言えば、好きなものと一緒に食べるとかあるけど、そんなのとっくにやってるだろうしな〜」


 お姉さんは頭をガシガシとかいて、腕を組む。


「うーむ。うんやはり、まずは君から謝ってみよう」

「私、から?」

「そう! まずはそこからだ。ピーマンのことは一旦忘れて、とりあえずは、お母さんに謝ろう。そうすればきっと大丈夫。私も精一杯応援しよう」

「謝る……。私、お母さんに謝る!」

「よし! それじゃあ、行ってこい!」


 そう言って、壁から背中を離して立ち上がるお姉さん。

 そして、振り返った瞬間。飛行機が大きく揺れた。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 壁の隙間から抜けようとした所で、結芽はバランスを崩す。


「大丈夫かい?」

「う、うん」


 しかし、女性の手が結芽の小さな手を取った事により、転ばずに済む。


「今の揺れ、……何だったんだ」


 まもなくして、アナウンスが流れた。


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