遺言(1)
「そうか。それじゃあ、結芽たちは知ってたんだ。ずっと昔から俺のことを」
「はい、黙っていてごめんなさい」
俺たちが出会った当時のことを振り返ると、結芽は頭を下げた。
「ううん。忘れてた俺が悪いんだ。こちらこそごめん。でも、よく覚えていたねその日のこと」
俺にとっては、何気ない事だったとしても、この子たちにとっては、そうではないらしい。
「忘れません。私たちにとって、お兄ちゃ、司さんとの出会いは、かけがえのない大切な思い出です」
顔を上げた結芽の表情は、あの時の少女を彷彿とさせる柔らかな笑顔を浮かべていた。
そりゃあ、同一人物だもんな。似てて当たり前か。
「だから、司さんも、私と同じくお母様と喧嘩別れをしてしまったことも、知っているんです」
「……!」
そこで、まだ三人には話していなかった俺と母親の間にあった真実が告げられた。
「……そっか」
あの事故が起こった時、実は俺も母さんと喧嘩をしていた。
だからこそ、結芽の心の痛みは自分の事のように分かったのだ。
「すみません」
「どうして謝るの?」
「勝手に詮索するような事を、したからです。現に教授から聞いてしまいました」
「別にいいよ。俺も似たような事してるし、喧嘩の理由とかも、もしかして聞いた?」
結芽は、首を横に振る。
「でも、大体の事は知っています」
「そう。……じゃあ、改めて聞いてもらってもいいかな。もし、嫌なら辞めとくけど」
もしかすると、これから話す事が余計に結芽を苦しめてしまう事になるかもしれない。
でも、同じ悲しみを持っている結芽に話しを聞いてもらいたいと、俺は思った。
「もちろんです。私の話しを聞いてくれたように、私も司さんの話しを聞きます」
「ありがとう」
そうして、俺はあの事件の前にあった出来事を話した。
発端は、約束してた旅行が親父と母さんの仕事の都合で中止になったことが原因だった。留守番することになった俺は、最後の最後まで、家を出る母さんに文句を言い続け、仲直りする事はなかった。
今思えば、一方的に俺がただ怒りをぶつけていただけだったんだと思う。しかし、母さんは「ごめん」としか言ってはくれず、そのまま家を後にした。
親父は母さんよりも先に海外へと向かっていたから、親父たちが家をあける時、当時子供だった俺は、詩音の家に預けられる事になったけど、結局母さんの見送りに行くことはなかった。
そしてその後、例の事故は起こり母さんは帰らぬ人となった。
「ーーーと、いう事だったんだ」
「……そうだったん、ですね」
結芽は最後まで俺の話しを黙って聞いてくれた。
「さっき、大体の事は聞いてるって言ってたけど、それについても親父から聞いたんだよね?」
親父以外でこの話しをしたのは、詩音くらいだ。なら、親父から聞いていたのだろう。
「……いえ」
しかし、結芽から聞かされたのは予想だにしない発言だった。
「……司さんの、お母様ご本人からです」
「!?」
母さん、だって?
この子は今、俺の母さんからと、言ったのか?
「……それって、千尋さんじゃなくて?」
「はい。司さんの本当のお母様からです」
「…………」
信じられない事だ。
だって、母さんと結芽たちとの接点なんて、親父からも聞いてない。俺が知っているのは母さんと結芽たちが乗り合わせた飛行機がたまたま一緒で、同じ事故の被害者であるということだけだ。
「……はぁ、はぁ」
呼吸が乱れ、思考が停止する。
「ミーシャ達は会っていませんが、私だけは司さんのお母様と面識があったのです」
「どう、して?」
「あの飛行機の中での事を、お話します。私が覚えている全てを司さんに」
「飛行機の中での事?それに、何で結芽が俺の母さんと……」
聞きたい事は色々あった。特に、母さんと結芽の関係。それが一番、俺が求めた物だった。
「司さん。これから話す事の中には、教授に話していない事も出てきますので落ち着いて聞いてください」
「親父にも?」
結芽たちは、親父とも長い時間を過ごしてきたはずだ。でも、親父も知らない事を俺は今聞かされようとしている。
「全て」というのが何を示すものなのか、それも気になっていた。
「はい。これは、司さんへ最初にお伝えしなくてはいけない事ですから」
「それは、どういう?」
「私が司さん宛ての、お母様からの遺言を預かっているからです」
「え!?」
遺言、彼女は確かにそう言った。
結芽は、家を出た後の俺が知らない母さんを知っている。
「……遺言。しかも、俺に向けての?」
「そうです」
事故が起きたのは突然のことだったし、当然母さんも遺言書なんてものを残すような事はしていなかった。
だから、俺と母さんとの最後の会話は母さんが家を出る前にした喧嘩が最後。
それが、俺の後の後悔にも繋がっていたんだ。
「……聞かせて、もらえるかな」
「はい」
俺は、固唾を飲んで結芽の話しを静かに聞こうと背筋を伸ばした。




