少女の過去(3)
「俺と結芽たちが既に会っている?」
会ってるって、二週間前よりも昔に?
……ダメだ。全然覚えてない。
結芽から告げられた、俺と彼女達の出会い。それは、俺の記憶にはまったく無いものだった。
もし、そのことが本当であれば、こんなにも特徴的な性格をしている三人のことを忘れるようなことは無いはず。
「と言っても、三人同時ではなく一人ずつですけどね」
「一人ずつ」
言われてみれば、三人共昔から一緒って訳じゃないんだよな。確か、三人が出会ったのは事故の後から。
それに、怪我だってしていたのだから、知り合ったのは退院するまでのここ数年の話しだろう。
彼女たちが怪我を治すまで、三年程かかったことを、つい先日千尋さんから教えてもらった。
初めてあの子たちに服を買って来た日。その服試着してもらう際に、当時の傷を千尋さんは見たんだそうだ。
それに気づいた結芽たちが自ら語ってくれたらしい。俺はその時、部屋で待機させられていた。その後でファションショーに付き合わされた事は、ハッキリと覚えている。
だから、実際にこの子たちが仲良くなったのはおそらく、三年前頃からだと推測できる。
なら、一人一人と会っていたとして、何処で会ってるんだ?どんな理由で会ったんだろうか。
「司さん、毎年お母様のお墓に、手を合わせに行っているんですよね」
「うん。そうだよ」
「私たちと会ったのは、三年前の命日です」
三年前って事は、三回忌の時か。
「その時はもう、教授が私たちの身元引き受け人になってくれていて、その時にようやく自分たちで両親に御線香をあげに行く事ができたんです。リハビリの時期ではあったんですけど」
三回忌の時だけでなく、毎年命日の日は、母さんのお墓がある場所は、大勢の人が集まる。
あの事故で亡くなった人たちのお墓は、墓地の一箇所に集まっていたからだ。
「……! もしかして、ミーシャや歌恋もその時に」
「はい。三回忌の時、数日に渡って行われていたのを覚えていますか?」
「……そういえば」
事故の救出活動は数日に渡ったと聞く、だから死亡推定時間がバラバラだと言うこともあり、お墓の辺りでは数日の間ずっと大勢の人達で行き来しているのだ。
それに、大人だけじゃなくて子供も沢山来ていたな。その中に彼女達もいたのか。
あっ、まてよ。三回忌といえば確か。
「思い出した! 木の下の、……ベンチ!」
当時を思い出していると、ある描写がよぎった。
「っ! そうです、そうです! 私と会った時の事、覚えていてくれたんですね」
「覚えてたというよりは、今思い出したんだけど」
「それでも、思い出してくれて嬉しいです」
そうだ。あの時の子が結芽だったのなら、もうすでに会っていたことになる。という事は、ミーシャと歌恋とも、その数日の間に会っていたんだろう。
唯一、結芽と会った時の事を最初に思い出せたわけだ。二人と会った時の事も、これから思い出せるかな。
「三回忌の時か、懐かしいな」
当時、中学生だった俺は、親父に頼まれて数日間会場で手伝いをしていた。
もちろん参列もしたんだけど、状況が状況で子供の手も借りたいって事だったんだろうな。
んー、思い返してみれば、その数日間の間に小さな子供と話した記憶はあるようなないような。
でも、まだ明確には思い出せない。結芽と会った時の記憶はなんとなく思い出せたけど、まだあやふやな感じだ。記憶の中の少女が結芽なのかも怪しい。申し訳ない。
でも、あれからもう数年も経つのか。
ーーー中学二年生の時のこと。
家から車を走らせて約30分ぐらいの所にその場所はあった。
住んでいる町の中では、一番広いとされる公園墓地。そこで母を含む、多くの人の命を弔うこととなる。
あの飛行機事故から早二年。
最初は現実を受け止め切る事はできず、毎日涙を流した。けど、今はあの時の悲しみを乗り越えることが少しはできたはず。
まったく寂しくないと言えば嘘になるが、生活に支障が出るようなことはなくなった。
最初は学校の授業中も上の空で、算数の授業を受けているのに他の科目の教科書とノートを出していたりして、担任の先生に注意される程の重症だった。
このニ年。幼馴染の詩音のおかげもあって、何度も励まされてようやく現実と向き合えることができるようになったんだ。
「あと数分で着くからな。着いたらすぐに他の親族の方達と準備を進めるから、ちゃんと手伝えよ」
「分かってるよ」
この時、父親である修は、それほど忙しすぎるということはなかった。当然その時も、ちゃんと数日間休みを取って三回忌に関連する行事や打ち合わせには顔を出していた。
その後からだろう。修が司の母親の分も仕事を受け持つと言って、勉強をしながら仕事をし、忙しくなり始めたのは。だから、小学生最後の授業参観にも、卒業式にも顔を出すことはなかった。この頃から、俺への放任主義が始まったと言ってもいい。
よく言えば、早くして大人として認めた。という事なのかもしれない。
催し物に顔を出せるとしたら、自分が大学に上がってからだろうな。でも、親子というよりは先生と学生としての出席になることは、必然だった。
「時間が経つのはあっという間ですね」
「まったくです。本当なら今頃うちの子も社会に出ている時期でした」
墓地敷地内の庭園には、すでに人が集まっていた。合計して、約十数名の方々の親族がそこにはいた。他の地区でもこうして、亡くなった人たちの住む地区に集まり三回忌の準備に取り掛かっている頃だ。
見知らぬ人ばかりで、どう振る舞うのが正解なのか、分からぬままに父親の後ろを追いかけて椅子などを運び、会場の設営に携わった。
その後も、父は司の知らない人たちと話をしたり、難しそうな書類を整理したりと忙しそうだった。
やることが無くなった俺は、公園の方に出て自然に身を委ねた。
向かった先々に他の親族の子供たちが親を待ちながら遊んでいる様子が見られた。
知らない人と話すのは、とても苦手だ。混ざるわけにもいかず、そのまま公園の中をぐるぐると歩く。途中で、家族と手を繋いでいる自分よりも小さな子供を見たときは、胸が苦しくなった。
ここに来るまで、涙を流すことはなかったが、そろそろ辛くなってきた。会場で見た母親の笑顔の写真を思い出し、目尻が熱くなる。
「……くそ」
(母さん。俺、もう中学生になったんだよ)
瞼から涙が落ちそうになるのを必死にこらえて上を向く。ここで泣いてしまったら、また去年までの自分に逆戻りだ。自分が犯した事を、なかったことにすることはできない。そう、ずっと自分に言い聞かせてきた。だからこそ、前に進むしかないのだ。
遊歩道の先に、舗装された道路が見えてきた。こんな所まで来てしまったのか。父が心配する。早く戻ろう。
振り返ると、遊歩道を挟むように置かれた桜並木が目に入った。すごく綺麗だ。下ばかり見つめていたから全然気がつかなかった。
こんなにも見事な桜は学校の校庭でも見たことがない。
「あれ?」
周囲を見渡すと、ある木の下に設置されたベンチの上で、女の子が泣いているのを見つけた。
見たところ、俺と同じでこの三回忌に関係する子なのだろう。黒い喪服を着ている。
この場合。考えられるとすれば、家族を亡くしての涙なのか。もしくは、一緒に来た家族と離れてしまった事による迷子の涙。
この二つのどちらかだろう。こんな風に、泣いている子の手助けをすることも、お手伝いに入るのかな。
違う。そんな理由で声をかけるんじゃない。あんなに小さい子が自分と似た悲しみを持っているのであれば、少しでも元気になってもらいたい。自分に手を差し伸べてくれた幼馴染や、守ってくれる父のように。
その思いを胸に、俺は女の子へ近づいて声をかけた。
「どうかしたの? なんで泣いてるの?」
「……ふぇ?」
顔を上げた少女の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。いくつか自分より年下に見えるその子は、不思議そうな顔でこちらを見る。
俺は、膝に手をついて視線の高さを合わせた。
「とりあえず、顔を綺麗にしようか。はい。ちーんってしてごらん」
持っていたポケットティシュから数枚の紙を取り出して、少女の鼻を覆った。
手を添えると共に、少女は勢いよく鼻を鳴らして言う通りにしてくれた。
「うん。綺麗になった」
鼻をかんだ後。残りのティシュで涙を拭いてあげた。綺麗になった顔からは、少し赤くなった目を覗かせる。
「……お兄ちゃん。ありがとう」
「はぅっ!」
「?」
一人っ子のせいか、その言葉に胸を打たれる。
「ど、どういたしまして」
お兄ちゃん……か。いい響きだな。
「ねぇ、どうして泣いてたの? 迷子?」
少女は首をふるふると振った。
なら、前者の予想で合っていたようだな。
「お母さんが、いなくなっちゃったの」
いなくなった。その言葉だけで、この子に何が起こったのか理解した。当然、迷子ということではない事も。
「そっか……。俺と同じだ」
「……おな、じ?」
「そう、俺のお母さんもいなくなっちゃったんだ」
人見知りする性格だけど、不思議と少女の前では普通に話すことができた。
自分の方が年上だからかもしれない。
「お兄ちゃんは、寂しく、ないの?」
「寂しくない……わけじゃないよ。でも、俺が泣いてると母さんも泣いちゃうと思うんだ」
「お母さん、も」
「うん」
少女の頭に手を乗せて、軽く撫でる。
「きっと、君のお母さんも同じだと思う。そんな風に泣いていたら、悲しい気持ちになっちゃうんじゃないかな」
まるで自分に言い聞かせているような言葉が出る。それでも、この少女には自分とどこか重なっているものを感じた。
「だからさ。寂しいけど、母さんに悲しい思いをさせたくないから。笑顔でいることにしたんだ」
「私が嬉しいと、お母さんも喜ぶ?」
「もちろん! 我慢できなくなって泣いちゃうことはあっても、最後に笑顔でいたら、きっと喜んでくれるよ」
少女が前向きに捉えてくれたのが嬉しくて、つい声が大きくなった。
「ほら、にこーって」
見えやすいように、少女に少しだけ顔を近づけて笑顔を作る。
「でも、私、笑えるかな?」
「そうか。いきなり笑えって言っても、難しいか」
今の今まで泣いてたのだから、急に笑おうなんて無理な話だ。
「んっ! よーし、見てて」
ある事を思いついた司は、一度少女の視線から顔を外した。
そして、
「ほいっ」
再び少女の方に視線を戻すと同時に、頰を膨らませて思いっきり変顔をして見せる。普段なら幼馴染の前でもこんな事はしないのに、今はこの子を笑顔にしたくてしょうがなかった。
両目を見開く少女は、司の顔を見て少しずつ口元が緩んでいった。
「…………ぷふっ。ふふっ、あはははっ」
「おっ、笑った」
笑顔を見せてくれた少女を前に、ぽつりと呟く。
泣いていた子に笑顔を取り戻させた。
その事実が、司にとってはたまらなかった。
「ふふ、おもしろい」
「そりゃあよかった。……っと」
司は反対側のベンチの横に立つ時計を見て、腰を上げた。
「やばっ、そろそろ戻らないと。君、一緒に来た人たちがいる場所、分かる?」
ーーーこくり
少女は頷く。
「よかった。それじゃあ、またね。ばいばい!」
「あっ……」
司は少女の前から立ち去り、会場へと駆けていく。
もしかしたら、明日か明後日。もう一度あの子に会うことがあるかもしれない。そうした何気ない意味を込めて「またね」と伝えた。
しかしその後、その少女と顔を合わせる事はなかった。
後日、ある二人の少女と会場で出会った事を思い出すのは、また先の話し。




