小さなお客さん(2)
「ジュースどうぞー」
「ワーイ!オレンジジュース!」
「これはお構いなく」
「ふふっ、みんな可愛いわね!」
何だ。このキャッキャっとした空間は。
玄関で話すわけにもいかなかったので、とりあえず家にあがって貰ったわけだが。俺の目の前にはテーブルを挟んで、三人の少女が横並びでチョコンと椅子に腰をかけている。
……なんなんだ、この状況は。
俺は頭を抱えていた。
目の前にいる彼女たちを順番に見渡す。
「ジュース!ジュース!」
俺から見て左に座る子は、千尋さんが出してくれたジュースに興味津々といった様子だ。そんなにコールしなくても、ジュースは逃げないから安心してほしい。
金髪のセミロングヘアに白い肌、それに映えるパッチリとした水色の瞳。「ミーシャ」?と呼ばれていた子だ。もしかして、外国人?いや、ハーフかもしれない。
「……頂きます」
それから真ん中に座る、いかにも生真面目そうな子は、先程最初に俺との会話をした子だ。
どうやら、この前学園長に突きつけられた、俺の中間テストの答案用紙を見ているようだ。
いくら進学校でも小学生の子が見たところで、どうとなる問題ではないと思うのだが。
そして、右に座るほんわかとした雰囲気の子は、何故だか、ずーっと俺の顔を見て来る。
「ふふっ」
ふわっとした長い髪をシュシュで束ね、整った顔立ちの女の子。
そんな彼女は小さな笑みを浮かべる。それにしても、そんなに見られると少々照れ臭くもあり、反応に困る。
「千尋さん、そろそろ教えてくれませんか。先程言っていた家庭教師って、どういう事なんです?」
飲み物をテーブルに並び終え、俺の隣へ腰掛けるのを待ってから、声をかける。
現状を全く把握しきれていないので説明が欲しい。
この状況を作り出した元凶は親父にあるようだが、肝心の本人がいない。ならば、話を聞いているであろう千尋さんなら、事の真相を話してくれるに違いない。
この子たちをこちらに向かわせた意図が何なのか。まずは、それが知りたい。
「それは私から説明します」
しかし、真ん中に座る少女が口を開く。どうやら、彼女が代弁をしてくれるようだ。
初対面の子供の言うことを聞くのもどうかと思うが、少女たちのことも知りたいし、まずはこの子の話を聞かせてもらう事にしよう。
「説明の前に、まずは自己紹介をさせて下さい。私は柳結芽と言います。今年で12歳になります。よろしくお願いします」
黒髪ショートヘアが揺れる。くいっと上げる赤縁メガネもよく似合うし、いかにも優等生って感じだな。
なるほど、確かにこのまま説明を受けるよりかは自己紹介をしてもらってからの方が話しやすいか。どうやら三人は俺のことを知っているようだし。
「ハイ!次はワタシネ! ミーシャ・クラディールいう。ヨロシクね、ツカーサ!」
「つ、つかーさ?」
視線を向けるより先に、先程から元気な印象が目立つ異国から来たらしき少女が率先して自己紹介をしてくれる。
明るさをより際立たせる金髪をたなびかせるその子は、俺をあだ名のような口振りでそう呼んだ。たぶん、日本語が難しいだけなのかもしれないけど。
この子は柳さんと違って、だいぶ子供っぽさ全開といった感じだ。まぁ、年相応っぽいけど。
そして、最後右端の子に視線を移す。彼女はずっと俺の方を見ているけれど、もう一度目が合った。
「私は、清水歌恋よ。頑張りましょうね。つーくん!」
……つーくん。なんともこそばゆいあだ名だな。
この子は、何と言うか。三人の中では、まるでお姉さんのような印象を受ける。しかも、俺を子供を呼ぶときのようなニュアンスで話すから余計にだ。
さて、これで全員の紹介が終わったわけだが、見た感じみんな同い年のように見えるけど。紹介を踏まえると、今年で12ということは、小学六年生か。
俺も改めて自己紹介しといた方がいいだろうか。名前を知られているとはいえ、顔を合わせるのは初めてだからな。
「俺は、」
「知っています。篠原司さん、ですよね」
しかし、柳さんに遮られてしまう。
俺が年長者だというのに、こうも拒否をされてしまっては不甲斐なく思える。
勝手な偏見だけど、たぶん、時間とかに厳しいんだろうな。
「あなたのことは教授から聞いています。高校へ進学後、テストは全教科赤点。得意な教科も特別あるわけではなく、現在退学ギリギリの立場だとか」
「うぐっ!」
胸に矢でも刺さったような感じがする。
「耳が痛いな。ぎりぎりというか、むしろもう確定みたいなものだけど」
ほんの数十分前まではとても有意義な時間だったというのに、なんだこれ。
年下の女の子。しかも小学生に自分の置かれている状況を改めて言われると、本当ダメ人間に思えてきて仕方がない。
「アハハハっ! まったく、ツカーサはベンキョウがなってないヨネ」
「返す言葉もありません…」
さらには、クラディールさんの追い討ちものし掛かる。
まぁ、子供なのだから正直な事を言うのも仕方ないだろう。本当の事だし、言い返すつもりはない。
「でも安心して、つーくん。私たちがなんとかしてあげるから」
改めて自分のダメっぷりを思い知らされていると、清水さんが優しく声をかけて励ましてくれた。
「なんとかって?」
俺はその言葉に聞き返す。
「もうっ、ツカーサ! ワタシたちが何のために来たと思ってるノッ。今日から、ミーシャたちがセンセーになって、ツカーサを退学のドンの底から引き上げてアゲル!」
クラディールさんはそう言ってガッツポーズをとる。
「はい。私たちは、教授から頼まれ司さんの退学を回避すべくここへ来ました」
……うん。それが一番よく分からない事なんだけど。
とりあえず、ここまでの流れで分かったのは、彼女たちが俺の勉強を手伝うということだけ。
それが一般の家庭教師や塾の講師であればまだ納得ができる。ただ、この子たちはどう見ても子供。俺よりも若い。なのに、親父はこの子たちに俺の家庭教師をしろという。こんな無茶苦茶な話があってたまるか。
「ありがとう。でも、ごめんね。君たちの気持ちは本当にうれしいんだけど、無理なんじゃないかな」
「何故ですか?」
俺が言う事に理解出来ないと言いたげな表情を柳さんがする。
俺は、そんな彼女達に芯をつくような事を口にする。
「だって、いくら君たちが優秀でも小学生に高校生の勉強を教えるのは無理だと思うんだ」
『あ』
三人の声が重なった。
どうやら今ので理解してくれたらしい。
そう。根本的におかしいのだ。俺が一般の高校に通っていて、柳さん達が手助けをしてくれるのなら、彼女たちにも活躍の場面があったかもしれない。神聖学院の初等部に通っているのなら、なおさらだ。けど、同じ学校に通っているのなら、結果は明らかだ。彼女たちが、さらにレベルが上の高等部の問題に挑むのは無謀ともいえる。
「君たちがせっかく来てくれたのに、申し訳ないけど」
「ブッ、アハハハッ!」
すると、急にクラディールさんが声をあげて笑い出す。
「えっ?」
な、なんだろう。何か変なことを言っただろうか。
「ツカーサは、ホントに何にも聞かされてなかったんダネ」
「えっ、どういう事?」
よく見れば、清水さんもくすくすと小さく笑っている。千尋さんも少し笑いをこらえているように見えるけど。
「すみません、司さん。私たち、とても重要なことを言い忘れていました」
「重要なこと?」
四人の中で唯一、柳さんだけが冷静に話を続ける。
「私たち、三人とも大学一年生なんです」
「……はい?」
衝撃の事実に俺は聞き返さずにいられなかった。