天才少女の過去(1)
ーーー約一時間程前のこと。
「…………」
「…………」
リビングには、俺と歌恋の二人だけ。部屋に入りテーブル前のソファに座っていた。
千尋さんの帰りを待っていたところ、俺の隣に座っていたミーシャがトイレに行ったことで、部屋に静寂が訪れる。
何か話でもするかと思ったが、先に黙り込んでいたはずの歌恋が沈黙を破った。
「つーくんは、教授から聞いてるのよね。私たちのこと」
その口から語られたのは、俺と三人に深い関わりのある例の飛行機での事故のことだ。
「……うん」
おそらく、これから彼女が話そうとしているのは結芽や自分たちについての話だろう。
結芽が部屋にこもった理由と詩音が残していった言葉。「親の顔が見てみたい」。
もし、自分が同じ事を言われていたら、正直思うところはある。詩音自身はもちろん悪気があってそんな事を口にした訳じゃない事を俺は理解している。
ただ、彼女自身この子達の素性について知らなかった事が、アクシデントへのキッカケだった事に変わりはない。
俺でさえ、「母親」という単語に反応してしまう事がある。
「三人は、俺の本当の母さんが亡くなった事故の被害者だって」
俺は三人と過ごすようになってから、親父から聞いた事をこの子達には話さなかった。思い出したくない過去がある辛さを俺は知っている。三人も俺の母さんのことを知っているはずだから、お互い分かっていても、心の内に秘めて何も言わないようにしていた。
「実はね。結芽ちゃんはその時に亡くなったご両親、というかお母さんとは喧嘩別れをしてしまったの」
「!……それは、辛いだろうな」
「わたしとミーシャちゃんは、もう自分の中でお母さんやお父さんのことは整理がついているの。でも、結芽ちゃんはそれが原因で、まだ……」
「そういう事だったんだね……」
歌恋は小さく頷く。
どうして結芽だけが過剰に反応したのかが分かった。寂しい思いもあったんだろうけど、それ以上にその事実が彼女を余計に辛くさせている。じゃないと、ミーシャと歌恋がいないところで泣こうなんてしないはずだ。
「喧嘩の原因はね、たわいもないものだと聞いてるわ。でも、その時の喧嘩で結芽ちゃんが席を立ってすぐに……」
「事故が、起きてしまったんだね」
「ええ」
歌恋は話をして、俯いてしまう。
そんな彼女の肩に俺は手を置いた。
「ありがとう。話してくれて」
「でも、わたしが勝手に話していいようなことじゃない……わよね」
「大丈夫。歌恋から聞いたことは結芽には言わない。心配しないで」
そう伝えると、歌恋は顔を上げて俺の目を見る。その瞳は少し潤んでいる。
「確かに、あの時の事を忘れられないことは事実よ。けれど、わたしは同じ境遇の結芽ちゃん、ミーシャちゃんの二人に会えて。良かったと思う。二人に会えたから今もこうしていられるの」
「うん」
「そして、そんなわたし達を教授は受け入れてくれて、つーくんとお母様ともこうして出会えた。それは、とても嬉しいことなの。この家に来てからは、尚更今生きていられることが楽しい。そう思った。それはきっと、結芽ちゃんも同じはずだから」
「……歌恋」
歌恋はたまに、普段とは違う真面目な表情をする。初めての授業で、告白をされた時以来だ。
「でもね。……わたし達は、今よりもずっと小さくて、今みたいに頭も良くなかったから。本当のお母さん達の顔も、もう写真でも見ないと……思い、出せないの」
「歌恋っ、もういいよ。無理はしないでっ」
話してる最中、歌恋の瞳から涙が溢れ出した。
気がつくと俺自身も涙が頬を伝う。
「……ありがとう。つーくん」
自分の中で整理がついているなんて嘘だ。子供達があんな壮絶な経験をして、現場に居なかった俺でさえこんなに苦しいのに。
俺は、彼女の肩に手を置きながら続ける。
「結芽のこと、俺に任せてくれる? 伝えたい事があるんだ。話す時間が欲しい、結芽と」
「……ええ、任せるわ」
「うん。まかせて」
歌恋の表情が、満面の笑顔に変わる。
この笑顔に応えるためにも、俺がこの子達にできることをやろう。
「それとね、つーくん。わたしたちも伝えなくちゃいけない事があるんだけど」
「伝えたい事?」
「うん、あのね」
ガチャ!!
「ミーシャ隊員! タダ今、おトイレの地より無事、帰還しまシタ!」
と、そこでミーシャがリビングへと戻ってきた。
この前の事といい、ここぞという時に登場するよな。
彼女は、ビシッとポーズを決めた後、そのままソファに座る俺の膝上めがけて飛び込んでくる。
「ダーイブッ!」
「うわっ!?」
しんみりとした空気を打ち破るかのような突進だった。
そんな俺とミーシャの姿を、ただ歌恋は笑顔で眺めているだけ。
「ミ、ミーシャ。いきなりそんな事したら危ないよ」
「エヘヘ」
元気なのは良いことだけど、元気すぎるのも困り物だな。
「……伝えるべきことはきっと、結芽ちゃんが」
ミーシャのハツラツとした声に遮られたが、歌恋が何か言いかけていたのは伝わった。
「歌恋?」
「ううん、なんでも無いの」
そうして、千尋さんの帰宅により夕飯の準備へと取り掛かる事になったわけだ。




