バレる!(2)
「ーーーと、言うことなんだ」
テーブルを挟んで反対側に座る詩音。
ひとまず、彼女には家に上がってもらい、現在はリビングで話しをしている。結芽たちには部屋で待機してもらっている状況だ。
目の前には、俺が淹れたアイスコーヒーが置かれている。彼女の好みに合わせて、自分では飲みたくないほどたっぷりの砂糖やミルクを入れたそれは、少しでも彼女の機嫌を損ねないようにするために用意した。もはやそれが俺にとって唯一、身を守るための最後の希望でもあった。
頼んだぞ、アイスコーヒー。
「そう。……話は分かった」
「じゃあっ」
「でも納得はしてない」
「ですよね」
スムーズに話しが進んだと思っていたが、そんな筈はなかった。最初の一言目で、少しの期待はあったけれど、やっぱり今の俺の状況を見て「はいそうですか」と済ませられるような話でもなかったようだ。
だから、今の返答は予想通りの展開ではある。
「あの子たちの実力も、おじさんの考えがあっての事だっていうのも分かった。でも、なんであの子たち?」
「……と、言いますと?」
一向に変わらぬキリッとした表情からは、怒っているのか、他に思うところがあるのか俺には分からない。
普通に話してくれているのはありがたいけど、危ない道を渡っているのは確かな気がする。
詩音も詩音で、一応は俺の心配をしてくれてはいるみたいだけど。
「家庭教師なら、他にもいっぱいいるはず。お金はかかるかもしれないけど、その人たちだって一応はプロだし」
「ま、まぁな……」
「もしそれが叶わなくても、なぜ私に相談しない?」
「それは、心配をかけたくなかったからで」
「今の方が余計に心配。私だって、少しくらいなら力になれる」
神聖学園に次ぐ学力を誇る水蓮女学院の生徒である詩音なら、彼女のいう通り、力になってくれていたかもしれない。
「でも、あの子たちじゃなきゃダメなんだ」
「ロリコン?」
「違う!!」
しまった。今のは語弊があった発言をした。
けど、そこを的確にツッコんでくるとは。どうやら詩音の心の奥底にはそういう心配もあるということなのか。だとしたら、そこは断じて違うことを主張しなくては。
「そういうことじゃなく」
「じゃあ、どういう事?ちゃんと説明してほしい」
今日はやたらとグイグイくるな。
まぁ、それほど気にしてくれてるという事なのだろうか。
「あの子たち、こんな落ちこぼれの俺でも幻滅しないで一生懸命でさ。勉強が楽しいなんて今まで考えたこともなかったのに、それを教えてくれたんだ」
「そんなの、私にだってできる。司が助けを求めるなら、私だって何時間でも、勉強に付き合う」
「うん。詩音は頭も良いし、俺の力には十分なってくれると思う。俺も最初は、あの子たちに家庭教師してもらうなんて正直抵抗はあったよ」
「それなら、」
「あの子たちに家庭教師をしてもらうことを最後に選んだのは俺なんだ。まだ詳しく話す事はできないけど、俺は彼女達に条件をクリアする事で恩を返したいと思ってる」
俺とあの子達の間にある事故の事は伏せる事にした。勝手に話していい事でもないからな。
家族を失った悲しみ。同じ境遇を持つ俺と結芽たち。どこか通ずるところはあるんだと思う。言葉では表せないけど、だからこそ俺はこうして三人といることを望んだのかもしれない。
「……そう」
「うん、だからさ」
「なら、あとは私が司の面倒を見る」
「え?」
あれ? 何でそうなるんだ。今完全に納得してくれてた雰囲気じゃなかったか?結芽達との関係については、上手く伝えられたと思ったんだけどな。
「ユッルサーン!!」
空気を破るような突然の大声。
扉の方を見ると、娘を譲らない頑固親父の如く。それを聞いたミーシャがリビングに飛び込んで来た。
「ミーシャ!?それに二人も」
その後ろには結芽と歌恋の姿もあった。
三人とも心配で、部屋で待っていられなかったのが、表情から窺えた。
「すみません、司さん。部屋で待つよう言われてたのに」
「ううん、俺の方こそごめんな。仲間はずれみたいにして」
「そんな事ないです」
そんなやり取りをしているうちに、ミーシャは座っている俺の腰辺りに手を回して抱きついてきた。
「なっ、なんだ!?」
「……⁉︎ 離れて!」
それを見た詩音が咄嗟にミーシャを俺から剥がそうとする。
しかしミーシャは一切、俺から離れようとはしなかった。
「いやだ!おねーさんにツカーサの事は渡さない。最後までワタシたちがカテイキョーシする!」
「なぜ? 私が来たからには君達は不要のはず」
「必要だモン! 進行状況とかワタシたちにしか分からないもん!」
「なら、どの辺りまで進んでいるのか教えてくれればいい。その続きから私が司に教える」
「言わないよーっダ! べー!」
ミーシャは詩音に向かって舌を出してみせた。完全に敵対心むき出しだな。
「……可愛げのない」
それにしても、詩音も結構しぶといな。これは俺がどれだけ説得しようと、この子たちとの関係を認めてくれそうにないぞ。
「いきなり指導者が変わったら、つーくんもやりにくいでしょ?」
先程からドSモード全開の歌恋は、もっとやれと言わんばかりに、詩音を煽る。
追い討ちのつもりだろうか。恒例の結芽との言い争いの時とは違って、威圧感がさらにハンパないです。
「そんな事はない。私と司は子供の頃からいつも一緒だった。……お風呂だって共に入った」
「そっ、そんな⁉︎ つーくん、どういう事!」
「子供の頃の話だからな!」
「一夜も共にしたことがある」
「お泊まり会の話だろそれ!!」
いつもよりツッコミが倍になっているような気がする。非常に疲れるなこれは。
そして歌恋。君はどっちの味方なんだ。
「その話はもういい。とりあえず、司は私のもの」
詩音が始めた協議を自分で収めてしまった。
いや、もう家庭教師の話しからだいぶズレてるのだけどな。
「詩音、悪い。 お前の気持ちはありがたいけど、今はこの子たちとの勉強に集中させてほしい。 テストまであと少しなんだ。絶対にクリアしてみせるから」
そう言うと、詩音は黙り込んだ。
俺ももうこれ以上、詩音を説得するのは難しい。これで引き下がってくれればいいんだけどな。極力、傷つけさせたくはないし、詩音ともこのまま仲の良い幼馴染でいたい。
「詩音さん、と言いましたよね」
すると、今まで黙っていた結芽が詩音に話しかける。
さっきも、ジャガイモの心配をしていたからこれが二人にとって初めての会話だ。
「私達は司さんを絶対に退学にはさせません。また学園に通わせてみせます」
「根拠は?あなた達の実力が凄くても、他人に教えるのとは別の話し」
二人とも堂々とした対話をしている。それも歳の差を感じさせないほどの佇まいだ。
「ありませんよ。でも」
「でも?」
「司さんのこれまでの頑張りを私たちは見てきました。だから、司さんならやれます。私たちはそう信じています」
「…………」
結芽は、自信を持ってそう言った。
ミーシャと歌恋もそれに続いて頷く。
「…………司」
「なに?」
深く考え込む詩音と、俺は目が合う。
「……できることなら、やめさせたい。でも、司が決めたことなら、私は従う」
「詩音」
ついに、詩音は首を縦に振ってくれた。
表情は変わらないけど、険悪なオーラはどこかへ飛んでいったようだ。俺もそれを見て安心する。
よかった。これでテストに向けて集中する事ができる。
「詩音さん。ありがとうございます」
結芽が詩音に歩み寄ってお辞儀をした。
「私は司の意思を尊重しただけ。あなた達とのことを認めたわけじゃない」
「望むところです」
二人も視線を重ねる。
しかし、先ほどまでの火花が散るような視線ではなく、好敵手。そういった相手を見つめるような瞳だった。
「生意気」
微かだが、その言葉を口にした詩音の口角は、少し上がっていたように見えた。
「まったく、親の顔が見てみたい」
「!」
しかし、それを見た俺の安心感を吹き飛ばすような言葉が付け足された。
それを向けられた結芽は、一瞬ピクリと肩を揺らす。それでも、結芽は悟られぬように小さな笑みを浮かべ返した。
親の顔。何気なく言われたその言葉には、ここにいる詩音以外へと重くのしかかる。
一瞬、時が止まった感じがした。
「それじゃあ、私は帰る」
「あ、ああ。心配してくれてありがとな」
「気にしないで。ばいばい、司。小生意気なちびっ子たちも」
「バイバーイ!」
「さよなら。……もう一生来なくていいわ」
歌恋がボソッと言ったのが俺の耳には届いた。
怖い。歌恋さん怖すぎです。
「なーんダっ! あのおねーちゃんそんなに悪い人じゃなかったネー」
玄関の扉が閉まる音が聞こえると、ふいにミーシャがそんなことを言い出した。
「違うわミーシャちゃん、あれは装っているだけ。心の中では、どうやってつーくんを奪おうとするか考えてる泥棒猫のような女よ。そんな目をしていたわ」
「ソーナノ?」
どんな目だよ。そう言いたかったけど、それだとまるで俺が自意識過剰みたいになりそうだったからやめることにした。自分で自分の首を締めるのはもうこりごりだ。
最初はバチバチとした雰囲気が漂っていたけど、終わってみれば、この子たちもそこまで詩音のことを嫌ったりはしていなそうだ。
詩音は幼馴染だし、悪い子じゃないのは十分に俺は知っている。最後の発言には焦ったけど、子供たちも気にはしてない、のかな。そう思って、三人の姿を見渡すと、結芽の表情だけが曇って見えた。
心配して見つめていたら、ふと結芽が俺の視線に気づいて、にっこりと笑う。
「私、部屋に戻りますね」
「う、うん」
そう言って、結芽はリビングを出て階段を上がっていった。
俺も買ってきたものを冷蔵庫にしまったりしなくちゃいけないし、早く済ませてしまおう。
「あー、やっぱりさっきの一言が堪えちゃったか」
と、そんなことを歌恋が口にする。
「え?」
振り返ると、ミーシャも歌恋も結芽が出て行った出入り口付近を見つめていた。
「堪えたって、さっき詩音が言ってたこと?」
そう尋ねると、歌恋はコクリと頷いた。
でも、それは結芽だけじゃなくて、歌恋たちにも言える事じゃないのか?俺でさえ、少し心に刺さるものはあった。
詩音だって、俺の母さんのことは知っている。本人はそういうつもりで言った覚えはないかもしれないが、普通に会話をしていれば、誰が相手でも親のことを話題に出してしまうことはある。
ミーシャも歌恋も、いつもと変わらぬ様子だったから、つい、結芽も同じだろうと考えてしまったのは間違いだったのだと、そこで気づかされた。




