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天才少女の多才授業!  作者: 桃乃いずみ
Ⅲ 新しい生活
24/43

昨夜の意味


「さぁ、 ツカーサ! 今日もハリキッテいくヨ!」


 結芽(ゆめ)による数学のレクチャーが終わり、ミーシャの英語の時間がやってきた。

 ちなみに、数学の方は順調だと、結芽からのお褒めの言葉も頂き、二日目の単元も難なくクリア。昨日の内容もしっかりと頭に入っていたようで、復習もバッチリだ。


 反対に、英語はというと。

 昨夜は、与えられた四時間の間、ひたすら英単語の書き取りだけ。あれに何の意味があるのかは、未だ謎のままだ。


「……ミーシャ。危ないからテーブルの上には乗っちゃ駄目だぞ」

「はーい」


 そして、英語の勉強に向かおうと自室に入室すると。テーブルの上でミーシャが腕を組みながら仁王立ちして待ち構えていたというわけだ。

 いったい、いつからそこでそんなポーズをしながら待っていたのだろう。俺が風呂からあがるまでの間だとしたら、それなりの時間だったと思うのだが。


「トウっ!」


 アニメとかゲームの影響だろうか。ヒーローを思わせるような叫び声と共に、床へと彼女は着地。

 高さもさほど無いので、飛び降りることに関してはどうという事はない。ただ、踏み外すことだけが怖かったので、無事降りてくれた事に安心する。


「それじゃあ今日は英訳やってみよう!」

「訳すだけ?」

「そうそう。まずは前回の中間テストから! 最初は何も見ないで自分だけでやってみて」


 俺の隣に座り直すミーシャ。そんな彼女が昨日は使われる事のなかったハズレだらけの前回の中間テストを机の上に置く。

 俺はそれに従って、ペンを握った。


「今日は単語の書き取りはしないの?昨日の復習とかも」

「ウン!ツカーサならもう大丈夫だと思うかラ」


 大丈夫?それは、歌恋(かれん)のいう俺の吸収能力を信じての事なのだろうか。


「でも、昨日は単語をひたすら書いてただけだよ?それに、もういいって」

「いいから、いいから。とりあえずやってみてチョーダイ!」

「……わ、分かった」


 俺の質問を流して、ミーシャは問題を勧める。

 単語を書いてるだけじゃ、いくらなんでも英訳ができる気はしないんだけど。そう思いながらも、渋々英文へと目を走らせる。

 にしても、文法もよく分からんのに答えられるものなのか?


「えーっと……」


 まずは、問一からだな。さっそく長い英文だ。


「アレックス、は悲しんだ。それは、……いや、なぜなら犬が夜にいなくなったから。そして朝になっても帰ってこなかったから? 彼は次の日になってからーーー」


 あれ? 不思議とそれっぽい英訳ができているぞ。といっても、日本語は全然ばらばらだけど。直訳ではあるが、何となくこの英文が何を言おうとしているのか理解できた。

 ただ、ちゃんとした日本語にするのが難しいけれど。


「ツカーサ。自分の頭では分かってても、英文を日本語で伝えるのって案外難しいでショ?」

「えっ、う、うん」


 俺の心を見透かしたような言葉にドキッとする。

 たびたび感じるこの感覚は教える側が持つ才能。と言うよりも、ひとつの教育術のようなものだと思う。それをきっかけにして個人個人の能力を上げさせる。まさに先生としては100点の心理的な洞察力だと、そう感じた。


「だけどね。昨日までとは何かが明らかにチガウ。そう思ったんじゃないカナ」

「確かに、何となくだけど。前は読める気が全然しなかったのに。今は自然と分かったような感じはした」


 そうだ。中間テストの日は比較的簡単であろう最初の問題で躓き、その問題の長さにもやる気を喪失させられた。

 だけど、今は違う。不格好ながらも、ある程度の英文に対する理解力が向上している事を俺は実感した。


「そっか。やっぱり思った通りダ!」

「やっぱり?でも、昨日はただ単語を書いてただけだよ」


 そう。俺が口に出した英訳は、昨日嫌という程書いた英単語から紡ぎ出したものだ。つまりはただ単語を繋げ合わせてそれっぽく答えてみただけ。


「ツカーサ。昨日書かせてた単語はネ。全部このテストの中にあるものだったリ、よく日常的に使われる単語をワタシが教科書からチョイスしたものだって言ったデショ?」

「うん。そう聞いたけど」


 ひとつの単語であっても、それの過去形や過去分詞。それらの形があるものはひと通り書いたのを鮮明に覚えている。

 俺はその感覚を今でも覚えている、右手を軽く動かす。


「そうっ!ソレだよ!ツカーサ!!」

「えっ!?」


 それを見たミーシャが突然大声をあげる。

 いきなりの事に驚く俺に、顔を近づけるミーシャ。


「カレンから聞いたんデショ!ツカーサの長所について」

「あ、ああ。吸収力の事とか記憶のしかたについてとか……」


 やっぱり、ミーシャ達も気づいていたのか。


「今!手、動かしてたデショ」

「あっ!」


 指摘されて、ようやく俺は気付いた。

 歌恋も言っていた、身体の記憶を探る行動。

 それがコレか!


「今まで自然とやってて、認識してなかったけど。初めて分かった気がする」

「ウン!だって普通は身振り手振りが多い人!としか思われない動きだもんネ!」


 ガーン。

 言葉にされると、それはそれでちょっと、変な人に思われていそうで嫌だな。

 でも、指摘される助けがあったとはいえ、それが分かった事でまたひとつ進めた気がした。


「それで、今の英訳は合ってるのかな?」

「大体は当たってるヨ〜。何となくでも、答えに近い意味を分かっているみたいだし、あとは訳していく順番カナ」

「また順番か」


 今朝の現国のことがよぎる。


「また?」

「ううん、何でも無いよ。それより、この英文ってどうすればいいのかな?」


 あの時も、問題に向かう順番がかなり重要だと思い知らされた。

 英語もそれが鍵となってくるのであれば、今までの俺は勉強に対して、やはり下手くそなことをしていたという事だ。


「まずはネー。文を区切るの」

「区切る?」

「そうそう。この英文って長いから読みにくかったデショ?」

「うん。高校に入ってから、急に長文が多くなって難しいとは思ってた」


 去年の中学の時点で充分難しかったけど。

 今解こうとしている問題も、ミーシャが言った通り、文章が長い。勉強のためでなければ極力見たくもないくらいに。


「それを楽にするためには、区切る事が大切なのダ!」

「区切ると言っても、どこで区切ればいいの?」


 ミーシャの口調が博士のような口ぶりなのは、聞かないでおこう。


「ツカーサって、今まで英語を訳す時にどうしてタ?」

「えっと、主語と述語を見つけて後ろから訳してたけど」

「ウン、それは間違いじゃないヨ。でも長文の時は、この区切る工程が必要なの」


 ミーシャは主語述語のワンセットを指差した。


「主語と述語を見つける。モチロン、これは最初にやるべき大切なコト」

「うん」


 彼女に(なら)って、俺は英文の主語と述語に印をつける。


「あれ?ここの英文ってさ。主語と述語が何回も出てきてるよね?」

「ソウ!その通り!」


 英文の最初に来てるアレックスは、それ以降は彼と表記されている。つまりは、heに置き換えられているという事だ。


「主語と述語ってネ。ひとつの文の中に一個ずつしか入れられないんダヨー。だから、まずこれがひとつ目に気をつける事なノ!」

「なるほど」


 俺は、ミーシャの言ったことをルーズリーフにまとめ始める。

 今言われているのは、長い英文を読むために必要な情報だ。

 確かに中学時代も英語の読み方については教わった。しかし、それは短い文。大文字からピリオドまでの、簡単な文だ。けど、今向き合っている英文は大文字からピリオドまでが遠い。

 これは長文に関して、中学までの基礎を使うのを前提に、長文の訳し方の基礎を理解するしかない。


「区切る場所は、前置詞プラス名詞のトコ」

「前置詞」


 俺は目を落として前置詞を見つける。

 そこを、ミーシャは指でなぞる。それを目で追うと、その後ろには名詞も並んでいた。


「前置詞のtoがあって、その次に来る前置詞までが、ひとつの意味になってるはずダヨ」


 ということは、to〜次のtoがくるまでの間がひとつの塊ってことか。

 そうして、少しづつ英文の意味が明確になってくる。


「それで最後に、接続詞を見つけるんダヨ!」


 英文の中にスラッシュをいれて区切り、大体の意味づけを終える。それから、ミーシャが最後に注視すべき点を教えてくれた。


「接続詞って、andとかorとか、あとはコンマとかもかな?」

「ウン!それも接続詞だネ。さっきの主語と述語の話しに戻るけど、接続詞を挟むことで、接続詞の後にまた主語と述語を一回ずつ使うことができるんダヨ」

「本当だ。heの前に接続詞が来てる。あれ、でも」


 英文を見直していると、あることに気づいた。


「thatって、接続詞になるの? thatって関係代名詞ってやつじゃなかったっけ?」


 英文の後方には、主語の前に接続詞ではないものが位置している。

 関係代名詞とは、簡単な置き換えに使うものだ。

 例えばこの英文の最初がアレックスと明確にされた後は、「彼」として置き換えられているように、ここで出てきたthatも普通はそれと同じ役割をするはずなのではないだろうか。


「ソレっ! ソレが本当に気をつけるとこダヨ!」


 ミーシャは俺の鼻の先に人差し指を勢いよく突き立てる。


「えっと、どういう事なのか分からないです……」


 ミーシャに注意された点に関して全く分からないので、潔く教えをこう。


「いいデショウ。教えてあげます」

「お、お願いします」


 ミーシャは鼻をフスーッと鳴らして腕を組む。


「まずネ!関係代名詞の役割を言ってみて」

「そのままの意味で、代名詞だよね? 他の単語に置き換える役目」

「正解。じゃあ、あともう一つは?」

「もう一つ? ……えっ、関係代名詞って置き換えだけの意味じゃないの⁉︎」

「ふっふっふっ、残念。関係代名詞には二つの役割があるのデス!」

「な、なんだって〜」


 という、よくありがちな流れをした(のち)に、ちゃんとした説明が続けられる。


「関係代名詞の仕事は、二つあるんダ。まずツカーサのいう代名詞の役割。これがよく一般的に考えられるやつだネ」

「関係、だ、い、め、い、しって言うくらいだからね。それじゃあ、もう一個は?」

「ナント!接続詞の役割も果たしちゃいまーす。パチパチパチ〜」


 ミーシャが手を叩いて関係代名詞を賞賛する。

 関係代名詞も、まさかこんな小さな女の子に拍手されるとは思ってもみなかった事だろう。

 俺でさえそんなことしたことない。


「デ。その役割もあるから、いたるところに関係代名詞が見られたわけですナ!」


 さっきのキャラを思い出したのか、またもや博識な口調で説明を終える。

 でも、ミーシャが言ったことは大変勉強になる。今の数分の間で、だいぶ長文の読み方が理解できたぞ。

 だから昨日の時点で、あんなに単語の書き取りをさせた訳か。しかも、俺の吸収能力も視野に入れてだ。ようやく分かったぞ。言われてみれば、テスト中に辞書は使えないし、ちゃんとテスト範囲の単語を知っていなければ、訳す方法を知っていても意味がないからな。


「じゃあ、主語と述語。前置詞プラス名詞。接続詞。これを見つければいいんだね」

「ウンウン。今回のテストのレベルなら英訳は単語をちゃんと覚えて、今言った方法を使えばなんとかなるハズ!」


 そうか。彼女にとっても今回のテストはそこまでハイレベルではないらしい。結芽もこの程度呼ばわりしていたが、ミーシャから見ても、それはさほど変わらないようだ。なんという子たちなのだろう。


 隣に住む詩音(しおん)が聞いたらなんて言うかな。信じてくれそうにない気はするけど、俺すらこの子たちの資料を見せられなければ信じられなかった。学園長の印鑑が押された資料を見た時点で信じざるを得なかったけど。

 この子たちの実力はやはり本物だ。


「あとは数をこなさないとだね。ウチの学校のテスト、単語の意味が10パー、残りが英訳と英文の書き取りって感じダカラ」

「圧倒的に、経験が足りないって事だね」

「今週は単語と英訳に集中して、来週からは書き取りを頑張ロー!」

「うん。頑張る」


 そう決意した俺は彼女によって強く掲げられた小さな拳につられて、自分の拳をつくる。

 その瞬間、俺の手首にミーシャが触れる。


「ん?」

「ホラっ、ツカーサもオーっ!」

「お、おー……」

「ダメダメ。もっと元気よく!行くよっ、セーノっ!」

「えっ、えっ?」

『オーッ!』


 二人で腕を上げて、オーッと激励の声をあげた。そして再び、他の英文へと果敢に攻めていく事にした。

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