才能の片鱗
「終わったー」
最後の問題を解き終えた後、自然とその言葉が口から出た。
今までにない、気持ちの良い疲労感がどっと全身を巡ってる。
「さすがは天才の息子って感じね。つーくんも、やり方さえ分かればできるじゃない!」
問題を解いている間、参考書から新たに問題をピックアップしてくれていた歌恋。
いつの間にか、作業が終わっていたようだ。
「それじゃ、サッサっと採点しちゃうわね!」
「お、お願いします」
俺は、自分が書いた解答用紙を渡す。
今までにない充実感だ。中間テストを受けた時とは違い、しっかりと埋められた用紙。過去までとは違い、確実に手応えはあった。
強いて言うなら、漢字の読み書き問題がボロボロだろうな。暗記モノの漢字に関しては、今回だけは致し方ないと思う。
「うん、うん」
そう言葉を漏らしながら、歌恋は採点を進めていく。
一度挑んだ問題とはいえ、せめて神聖学園の赤点ラインギリギリまでは当たっていて欲しい。そう願う。
俺は、待っている間に歌恋が厳選してくれていた参考書に目を通す。
今まで塾にも通ってなかったし、学校の教科書以外を読むのなんて初めてだ。でも、どういったモノなのかはあらかた予想がつく。いわゆる長期休みに配られるような「ドリル」の内容に近い。
パラパラとめくっていると、ところどころに赤ペンで印が付けられている。おそらく、今後の勉強で俺が解く事になる問題だろう。なら、そんなにまじまじと見る訳にもいかないか。
俺は、パタリと参考書を閉じた。
「終わったわ」
隣に座る彼女を見ると、ちょうどよく採点が終わったらしい。
歌恋は今、問題を解き始めた時とは違い、横に座ってくれている。当たり前のように肩をくっつけてくるのが気になるけど。
「……ちょっと、怖いな」
「怖い?」
すっと、差し出された解答用紙を見るのが少し怖かった。
昨日までの数学と英語は、テスト形式での学習はしなかった。だから、こういう風に採点をされたのは今回が初めてだ。
自分としては、正直よくやれた方だとは思う。だけど、その結果がもし今までのようだったらと思うと、気にせずにはいられなかった。
ここでもし、前みたいな点数だとしたら、俺がもう一度立ち直る事は、出来るのだろうか。
「つーくん」
一向に受け取ろうとしない俺の名前を歌恋が呼んだ。
「たとえ点数が低くても今のつーくんには、わたし達がいる。がんばっている人が全く成長しないなんて、ありえないわ」
「歌恋……」
「だから、自信を持って今の自分と向き合ってみて」
そうして俺の前に、裏返された解答用紙がもう一度差し伸べられた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「……分かった。ありがとう」
覚悟を決めて、用紙を受け取ってから、一度目を瞑る。
そのままひっくり返してから、呼吸を整えた。
いくぞ!
ゆっくりと俺は目を開けた。
そして、予想もしていなかった結果を目の当たりにする。
「大丈夫」歌恋の言葉の意味は、それを見ることで明かされた。
「……な、七十、八点」
自分でも驚きの点数だった。
復習してから望んだわけでも、教科書や参考書を見ながら解いたわけでもないのに、この点数の変わり様には驚きが隠せない。
「78点!?本当にこれ、俺が解いたのか?」
すぐさま書かれた答えを確認する。
しかし、そこにはどう見ても自分の字で書かれた文字が並んでいた。
「正真正銘、つーくんの力で解いたものよ」
ハッとするように、歌恋の方を見る。
「前回のテストの事が、頭の中にはまだ残っていたと思うから、前半は当たり前の結果って思うかもしれないけど、それでもちゃんと覚えてられたんだからすごい事よ」
確かに、元々最初の数問は当たっていた問題と同じものだから合っていたけれど、気になるのはそれ以降の解答だ。
「後半の文章問題もほとんど正解だし、あとは漢字の力をつけるくらいね」
俺の横から、歌恋の指が問題点を指し示して解説してくれる。
「やっぱり、漢字はダメダメだね」
「安心して。漢字なんて、嫌って程書いてけば自然と覚えるものよ」
嫌になる程……、これから書かされるってことか。
漢字は昔から苦手だったから、少し憂鬱なんだよな。
「でも、信じられないよ。俺がこんな点数取れるなんて」
「夢じゃないわ。つーくんだってやればできるのよ」
自分のことのように嬉しそうな笑みで、歌恋はそう答えた。
「でも、天才っていうのは流石に言い過ぎだと思うよ。それこそ、天才の歌恋が教えてくれたからこそ、自分の力で解く事ができたんだから」
「ううん、わたしはきっかけを作っただけよ。わたしがつーくんにテストを受けた時の状況を聞いた時、具体的に教えてくれたでしょ?」
「うん。でも、別に大した事ではないんじゃないか?」
俺は歌恋に自分のことを伝えただけで、特別何かした訳ではない。
「そんな事ないわ。つーくんは、鮮明にその時のことを覚えて『記憶』していたってことなの。それはすごい事よ。並みの記憶力じゃない」
「でも、暗記系の歴史とかでもこんな点数は取ったことないぞ?」
記憶力がすごいと言うのであれば、普段から発揮できているはずだ。その自覚も、結果も残せていないのに、記憶力があるというのは納得ができない。
「それは、さっきみたいに『解き方』に問題があるか、もしくは『勉強のやり方』に問題があるのが理由ね。暗記系の事で言えば、後者にあたるわ」
「ただ読み書きして覚えるだけじゃダメって事か?」
「そうね。答えだけじゃなくて、問題文やその関連性についても覚えてないと上手くはいかないもの」
確かに、その単語だけ知っていてもあまり意味のないことかも知れない。歴史上の人物とかで言えば、その人物の名前と漢字、何を成し遂げた人で、いつの時代に活躍したのか。どんな人と関わりがあったのか等、全てに繋がる。
そう言う事を歌恋は伝えたいのかもしれない。
「でも、記憶力が良いとして何で上手く行かないんだろう?」
歌恋の言う事が本当なら、なぜ俺は今こういう事になっているのか疑問を持たずにはいられない。
「わたしにテストの時の状況を話してくれた時、手を動かしながら説明していたのを覚えてる?」
「えっ、うーん……そうだったかな?」
言われてみれば、したかもしれない位のレベルでしか覚えていない。意識的にしたというよりは無意識でやった事にすぎないのだろう。
「なるほど、やっぱり自然とやってたのね」
「それと何の関係が?」
どうやら、歌恋は何かを理解したようだが俺にはさっぱりだ。
「つーくんが優れている記憶力。それは、頭の方ではなくて、身体の方」
歌恋は自身の頭を人差し指で触れながら言った。
「身体の記憶?それってどういう事」
「頭じゃなくて身体で覚えるって、よく言うじゃない?まさにそういう事なんだけど」
俺は未だにピンとこず、腕を組んだ。
つまり、俺は別に頭が良いという訳ではない。ってことなのだろうか。
「頭では分かっていなくても、自然と身体で動くようなものね。たまにないかしら?ある動きをしてて、そういえば前にもこんな事したなー。とか」
「うん。そういう事はあるね」
「それが、つーくんの場合は人より優れてる。といえば分かるかしら」
「っ!なるほど!」
そこでようやく理解した。
それが『身体の記憶』というものなのか。
「でも、記憶を自在に引き出せてる訳ではないみたいね。勉強に活かせていないのがその証拠」
「そっか。それじゃあまり意味はないのか」
「正確には、『今は』かもね」
すると、今度は歌恋が何やら考え込むようにしながら言った。
「うちの学校は、教える前からベースとなるものを学生側が知っていることを前提に授業を進めていくから。基礎が不十分なつーくんとは、相性が悪いのよ」
「それは、そうかもしれないね」
勉学に対する常識が、普通のそれとは違うのが神聖学園だ。
その事は、俺も理解していた。
「でも、つーくんが変わり始めてるのは事実よ」
そう言われて、俺はもう一度自分の解答用紙を見る。
「ということは、基礎を理解した上で予習さえちゃんとやっていけば」
「なんとかなるかもしれない。おそらく、神聖学園の授業についていける可能性もあるわ。でも……」
「今は三教科に集中、だよね」
「ええ」
本当に嘘みたいだ。一度やったテストとはいえ、俺があの多くの神童を生み出してるといわれる神聖学園の問題を理解し始めているなんて。
この子たちに教えてもらうと、勉強のことだけじゃなく、自分の事まで理解していっているような気さえする。
「それと、今の再テストの結果で確信したのだけど」
「ん?」
「やっぱり、つーくんは『身体の記憶』以前に、『吸収力』が常人離れしてる」
吸収力。また別の力が出てきたな。
「むしろ、そっちが本命ね。身体の記憶力に関しては、それがあるから成し得ているみたいだし」
「さっきは記憶で、今度は吸収か。また難しそうな話しになりそうだ」
「ごめんなさい。でも、つーくんはそれについて知っておくべきだと思うの。自身の強みを」
「あっ、そんな謝らないで!歌恋を攻めた訳じゃないから」
珍しく真面目な話が続いていたので、つい口に出してしまったが、ネガティブな発言ではなく、むしろ好奇心で言ったものだ。
だから、歌恋への失言にこちらが謝罪する。
「説明してもらってもいいかな?吸収力についても」
「ふふっ、もちろん。何だか現代国語の授業から別の事に発展しちゃったわね」
「じゃあ、休憩時間って事でどうかな?歌恋も俺も机に向かいっぱなしだったし」
「分かったわ。それじゃ、話しを進めるわね」
こうして、俺の中で眠っていた長所について再び歌恋から告げられる事になるのだった。




