困惑の朝
次の日の朝。
「……ん、眩しい」
カーテンの隙間から漏れる陽の光によって司は目を覚ました。
顔の横に置いていた充電中のスマホを確認すると、時刻は6時55分。今日は朝7時に起きる予定だった。
昨日、結芽が立ててくれた期末までの計画表に沿って今日からは生活を改めていく。
アラームを設定してから寝たものの、起床予定時刻より、早く起きることができたようだ。
ここ最近は学校に行く事を避けていたので、堂々と一限目が始まるくらいまで寝ていたのに、今日は不思議と目が覚めた。
昨日までの自分は、なんたる不登校ぶりなんだ。
あれ?
なんだろう。いつもより身体がポカポカしているような気がする。昨日よりも暖かいのかな。天気も良さそうだし、こんな日は散歩に限るよな。引きこもりが何言ってんだって感じだけど。
ひとまず、意識がはっきりとしてきたところで身体を起こす。
「あら、つーくん起きの?」
「え、うわ!?」
布団をめくって、立ち上がろうと思ったら突然の声。
まさかと思い、視線を声がした方に向けると、布団の中では歌恋が横たわっていた。
「か、歌恋! な、ななっ、何してんの⁉︎」
完全に俺の頭はパニックを起こす。
「ここ、俺の部屋……だよな?」
すぐに周囲を確認する。
うん。間違いなく俺の部屋だ。
夜に一度トイレに起きたので、部屋を間違ってしまったのかと一瞬思ったけど、そんな事はなかった。
なら、彼女はどうしてここに?
「添い寝よ。覚えてない? 」
どうりで身体が暖かかったはずだ。布団の中でこうも密着されていたら、体温が伝わるのは当然だ。というより、いつから歌恋はここにいたんだ!?
「昨日のつーくんはすごかったわ」
「俺何もしてないよね!」
俺の記憶に無い事を突然言い出す歌恋。
トイレに行って、ちゃんと自室に戻った所までは一応覚えている。移動してた時も、歌恋の姿を見た覚えはない。
寝ぼけていた可能性は正直大いにあるとは思う。でも、本当に身に覚えが無いんだ!俺が何もしていないと、そう言ってくれ!
「そんなことはないわ。わたしが夜にこっそり部屋に入ろうとしたらいきなり手を掴まれて、私をベッドに無理矢理押し倒して、私の衣服を」
「……う、嘘だ」
犯罪?俺、犯してはいけない罪を犯してしまったのか?
「というのは冗談よ。ふふっ」
「!!?」
完全に終わったという所で、頭を抱える俺に悪戯顔でおちょくってくる歌恋。
「……ほ、本当に?」
「ええ。そろそろつーくんが起きる頃だろうと思って、こっそり忍び込んだの。ふふっ、朝から良いものが見れたわ」
「勘弁してくれ……」
顔が真っ青な俺とは逆に、とても楽しそうな笑みを歌恋は浮かべている。
本当に何事も無くて良かった。本当に!!
「心臓に悪い冗談はやめてくれると嬉しいんだけど」
「えー、せっかく可愛いつーくんを見ていられるのに」
「ほんとやめて下さい歌恋様」
正座をして頭を下げる。もはや誠意でしか伝えられない。
「分かったわ。つーくんがそこまで言うならしょうがないか」
歌恋はどうにか引き下がってくれた。
しかし、こんなことを毎日続けられると、命が幾つあっても足りない。
「可愛いつーくんが見られなくなるのは残念だけど、嫌われたくもないし諦めるわ」
「そんな、嫌いになんてならないよ。でも、さっきみたいな冗談だけは言わないでくれるとありがたいかな」
「そうね。じゃあ、軽い冗談なら良いのね」
「え?」
水を得た魚みたいに、笑みを浮かべる歌恋。
その裏がありそうな顔はなんか怖い。
「お、お手柔らかに」
そういって、そこは俺が折れる。
まあ、少しくらいなら付き合ってあげても良いかと思い、妥協した。それと、今後寝るときは部屋の鍵を閉めておこう。
「これからも楽しみね」
歌恋が俺に寄り添ってきた。
髪からは、石鹸の匂いが香る。
「あの、歌恋」
「なぁに?」
「ちょっと、くっつきすぎではないでしょうか」
もうくっついてるというより、抱きつかれてるといった方が正しいのではないだろうか。
「そんなことないわよ。少し遠いくらいだわ」
「君にとっての近い距離って、どこからなんだ……」
すると、歌恋の手が俺の頰に触れる。
「えーいっ」
「わっ!」
歌恋が俺の背中に回していた手を離して、今度は首筋に抱きついてきた。
俺はその勢いに負けて、ベッドに仰向けで倒れる。
「つーくん。近いっていうのはこういうことを言うのよ」
か、顔が近い!
「ちょっ、歌恋こういうことは」
「あら? これは別に冗談とかじゃないわよ。わたしがつーくんとこうしたいの」
さらに顔を近づけてくる歌恋。
待て待て、これじゃあまるでキスみたいじゃないか。いや、みたいじゃなくて本当にまずい。いくら懐かれているとはいえ、こんな事まではさすがに。
「や、やめよう! こういうのは好きな人とかじゃないと」
それに俺だって今までした事ないのに。
「わたしはつーくんの事好きよ?」
「いや、だからって……」
ん? さりげなく告白された?
いやいやいや。人生初の告白がこんなシチュエーションって。しかも小学生……じゃないけど、それと同世代の子が相手って。
当然、ラブじゃ無くてライクの方、だよな?
「ほ、ほらっ! 俺もまだした事ないし、もっと大切な時まで取っておかないとさ。ねっ?」
「それは好都合ね。わたしも初めてだから」
火に油だったー!
瞼を閉じた歌恋との距離まで残り約数センチ。
まずいまずい!これ以上近づかれると、本当に唇に!
とんでもない事態の中で、どうにか身体を動かそうと頑張る。
しかし、意外と歌恋の力が強く、起き上がる事ができない。おそらくテコの原理で、実際の力と俺にかかる力が違うんだ。そこまで計算してるのかこの子は!
万事休す。
と、その時、
「ツカーサー! 朝ダヨー!」
「ちょっと、ミーシャ!ノックくらいしなさい」
救世主登場!
扉が勢いよく開かれた。
ベストタイミングと言うべきか。
俺を起こしに来たであろうミーシャと結芽が俺の部屋へと入ってくる。
「ほ?」
「なっ!!?」
俺と歌恋の状況を見て、ぽかんとするミーシャと、顔が真っ赤になる結芽。
二人とも各々の反応が顔に現れる。
「あら」
残り数ミリという距離で、歌恋が身体を起こした。
た、助かった……。
そして、解放された俺はその後、子供達と共に場所をリビングへと移した。
歌恋は結芽に、こっ酷く叱られ、事なきを得る。幸いなことに、俺から仕掛けたとかは思われずに済んだようだ。どうやら、完全な被害者として二人の目には写っていたようだ。
歌恋は全く変わらないニコニコとした表情で結芽のお説教を聞いていたみたいだけど。
「ねーねーツカーサ?」
「んー?」
そんな二人を見ながらソファに腰をかける俺の隣でミーシャが声をかけてきた。
「さっきカレンと何してたのー?」
なんと。どうやら先程の光景を目の当たりにして、何が起こりかけていたのか理解していない様子。
そういう点では、ミーシャはまだまだ子供だな。ていうか、普通の小六でもあれは分かりそうなものだけど。
「してたっていうか、キスされそうになってたんだよね」
これくらいなら教えてもいいよな。キスなんて幼稚園児でも知ってることだろうし。
「キスって、ちゅーのことでショ?」
「そうそう」
ちゅーって、可愛いなぁ。
「ワタシもするー」
「いやいや、だからされそうになったってだけで」
ちゅっ。
「え?」
冗談めかしくミーシャが言ったことに笑っていると、ほっぺたに柔らかな感触が。
『あ』
「あら!」
それを見た二人と、朝ごはんの用意をしてくれていた千尋さんがそれを見て同時に反応した。
「!!?」
まって!俺今、ミーシャに何された!?
突然の事で、何が起こったのか最初理解出来なかったけれど、周囲の反応から見て大体の予想がつく。
異国では挨拶の時、互いの頬にキスをするみたいなものがあるとは聞いた事あるけれど、それなのか!
昨日はずっと日本で暮らしてるって言ってなかったか!?そして千尋さん。なんで少し嬉しそうなんですか!?
こうして、今日も新たな一日がスタートするのであった。




