同い年のお客さん(2)
めんどくさがり屋の詩音が、まさか俺のために勉強を教えると言い出すとは。つまり、俺が期末で全教科のうち、三教科で90点以上が取れるように彼女自ら指導をしてくれると言っているのだ。
「えーと、あのな」
それはすごくありがたい事だ。でも、今の俺には結芽たちがいるし、ここは丁重にお断りするしかないか。
子供に教えられてるなんて言えば、それこそ混乱を招きかねないしな。
「いや、大丈夫だよ。俺は」
「これを見て」
突然、詩音は制服の上に羽織っていたピンクの薄手のカーディガンのポケットに手を突っ込んで、何かしらの紙を取り出した。それを、俺の顔に押し付ける勢いで見せてくる。
「な、何だこれ?」
押し付けられた物を顔から剥がして、これが何なのかを尋ねる。
「中間の、成績表」
「え、詩音のか?」
俺の質問に対してコクリと頷く。
「そんな大事な物をこんなクシャクシャにして……」
乱暴に扱われた紙を広げて目を通した。
「……って、は?」
ほとんどの教科が100点。満点でない教科もいくつかあるが、それでも98点以上。学年順位も、200人中……トップ、だと。
嘘だろ。詩音ってこんなに頭が良かったのか。
中学時代も成績優秀だと噂されてたけど、まさかここまでとは。しかも、水蓮女学園だって、トップクラスの成績を持つ人たちが集まってくるんだぞ。そこで1位って。
顔を上げて詩音の顔を再び見る。
「それでも不満?有料物件だと思うぞ」
胸を張り、俺に返答を求めてくる。
口数が少ない詩音にしては、随分と強引だな。けど、詩音の実力は本物だ。
この成績であれば、文句のつけようはないけれど、それ以前に俺にはすでに教えてくれる家庭教師がいるわけで。いくら詩音の成績が良くても、それを覆すことはできない。
詩音も、いわゆる天才かもしれないけど、あの子たちがさらにその上をいっているのも事実だ。
詩音には悪いけど。さすがに詩音も飛び級はしていないからな。
「おじさんや、千尋さんだって心配してるはず」
「いや、あのな詩音」
「ごめんね。詩音ちゃん。実は司くんには今家庭教師がいるの」
「千尋さん」
「家庭、教師?」
俺が答えに困っていると、千尋さんが助けに入ってくれた。
「そっ、そうなんだよ。うちの学校の先輩で親父の助手をしてる人たちが教えてくれてるんだ」
嘘は言ってない。年齢は俺の方が上でも、学年は結芽たちの方が上だ。三人は列記とした俺の先輩にあたる。
それに、子供に教えてもらってるなんて言っても信じてはもらえないだろう。説明するのも難しいし、今はこれで引き下がってくれる事を願うばかりだ。
「司」
「ん?」
「私よりも、その人たちの方が、いい?」
「そっ、それは」
これはまた随分と答えづらい質問がきたな。
うん。と言えば詩音を突き放すみたいで傷付けてしまうかもしれない。だからといって、違うと答えるのも、詩音があの子たちの代わりになる事を許すことになる。
「ごめん詩音!」
「っ!」
俺は勢いよく頭を下げる。
「詩音が力不足とか、そういうんじゃないんだ!今は詳しく話せないけど、家庭教師の人達は良い人たちばかりで、俺のために遥々来てくれてる分、その人達に応えたいんだ。だから、詩音の提案は嬉しいんだけど、今回はごめん!」
これが俺の答え。
一瞬、詩音が泣きそうな表情を見せたのが心にぐさりと刺さる。
「でも、俺がその人たちに質問しにくい事とかは、詩音に教えてもらっても、いいかな?」
少しずるい気もするけど、俺は詩音ならこれで引いてくれそうだと思って言葉を返した。
「……分かった。司には、私も必要?」
「うん。それはもちろん!唯一の幼馴染なんだから」
「それなら、よかった」
詩音は安心したように、笑ってくれた。
どうにか分かってもらえたようで、俺もほっとする。
「それじゃ、何かあったら、連絡して。必ず」
「うん、するよ」
「うん」
詩音が朗らかな笑みを浮かべた。
よかった。一瞬でも傷付けるような発言をした俺を殴りたいが、大ごとにならずに済んだことの方が今は嬉しい。
「じゃあ、また」
詩音はそう言い残して、家を出て行こうとする。
「あっ、詩音」
「ん?」
「リンゴ、ありがとな。勉強のことも」
「うん、司のためなら。何があっても助けになりたいから」
玄関から見送り、扉が閉まるのを確認してから力が抜けたように座り込む。
「司くん。お疲れ様です」
「千尋さん。助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、私も家に帰ってきて、すぐ詩音ちゃんが訪ねてきたのでビックリしました。一応、あの子たちの靴は隠しておいたんですけど」
靴の入った棚を開けて詩音が来た時のことを教えてくれる。
そうか。だから結芽たちの靴がなかったんだな。正直、すごく助かった。さっきのこともそうだけど、子供の靴がうちにあること自体が不自然だからな。もし見られていたら、どうなっていた事か。
「一件落着ですね」
「はい。本当に」
「夕飯もそろそろできますから。三人のこと呼んできてもらってもいいですか?」
「あ、はい」
俺の前に差し出された手を取って立ち上がる。
「それにしても、さっきの司くんと詩音ちゃん。まるで映画のワンシーンみたいでしたねー」
「か、からかわないで下さい」
それから、結芽たちの元へと向かった。
でも本当に、今の時間は生きた心地がしなかった。




