様子がおかしい件
「ご、ごめん!」
「えっ」
俺は全力で土下座をした。
「勝手な事してごめんなさい。体調が悪かったら無理させるわけにいかないと思って……」
「だ、大丈夫ですよ。顔を上げてください」
つい軽い気持ちでやらかしてしまった行動に謝罪する。
だが、そんな俺に対して、結芽が優しく声を掛けてくれた。
「もともとは私が原因ですし、司さんは私を気遣ってくださっただけなのですから、気にしないでください」
なんという優しさ。
俺が不用意な事をしたのに、自分のせいだと俺の事を許してくれる。改めて、申し訳ない気持ちで一杯になった。
だけど、やっぱり元気が少しないように見える。平気だと口では言っていても実際は何か無理をしているんじゃないのかな。体調不良じゃなくても、それ以外の事で。
「結芽。やっぱり何か俺に言いたい事とか、あるんじゃない?」
「な、何故ですか?」
結芽が戸惑うようにこちらを見る。
困るのも当然だよな。突然こんな事聞かれても。
余計なお世話、もしくはいらない気遣いかもしれないけど、俺自身も不安を抱えたままでは、勉強に集中する事ができない。
それを取り払うために、さらに言葉を重ねる。
「休憩が終わってから元気がないように見えるからさ」
「そんな事は」
普段の結芽の事など、俺はよく知らない。
体調が悪いのか、そうでないのかは勿論のこと。でも、様子が少し違く見えたのは、それとは別の話だ。
「会ってから時間も経ってないし、数時間話した奴が何言ってるんだ。って思われるかもしれないけど、何かあるなら話してほしい。これからの約ニ週間の間、俺が生徒で君たちが先生の関係ではあるけど、俺としても何かできるのであれば力になりたい」
「司さん…………」
思い違いならそれでもいい。
俺は、素直に自分の思っている事を伝える。
結芽は、途中何も言わずに俺の言葉を聞いた。そうして彼女は、俺の名を口にして俯く。
採点の手を止めたまま、何か言いたげな結芽から答えを聞けるまで、じっと待つ。
静寂の時間は、時には破らなくてはいけないものかもしれないけど、今はこうするべきなのだと、そう思った。
「……さっき」
「うん」
決心がついたのか、ようやく結芽は口を開く。少しでも話しやすいように、俺は相づちを打った。
コミュニケーションにおいて、そういった小さな行動は、結構大事なのだ。今は、この子が心を開いてくれるような環境づくりをしなくちゃいけない。結芽の親身になる事が、ここで求められる最善の事なのだろう。
「さっき、私たちが泊まると聞いた時の司さんが」
「うん」
「その、困っていたようなので」
「……ん?」
「もしかして、司さん。私たちと一緒なのが、嫌なのかな、と」
結芽から聞かされた内容は意外なものだった。悩んでいる様子に見えた原因。それが自分だったとは。
「それがずっと気になってたのか?」
結芽の考えていることを再度確認するべく質問する。
「……はい」
なんてこった。
それじゃあ、俺の行動自体が彼女を不安にさせていたのか。つまり、今の状況は全部俺のせい。
具合が悪いなど、数々の可能性を考えていたけれど、まったくそれらとは別の話。俺は一度たりともその事については、考えなかった。
振り返ってみれば、確かに千尋さんが部屋から出て行った時点で少し様子が変だったな。そこで気付くべきだった。あれは嫌ってるからとかじゃなくて、ただ驚いただけなんだけど。
……あ、でもそれって俺が結芽の熱を勝手に測った後の態度と少し重なるような。
「という事は、俺が君たちが泊まるのを嫌だと思って悩んでいたと?」
「司さん、私達が来た時も頭を抱えているようだったので」
確かに抱えてたな。どちらかというと、親父が突然連絡も無しに勝手な行動をした事に対してだけど。
「嫌ってないよ。むしろ、こんなロクでもない俺に勉強を教えてくれてる事に、感謝してる」
「本当ですか?」
「うん。逆に申し訳ないよ。泊まり込みで教えてもらうなんて、迷惑かけてるのは俺だからね」
そんなことにも気づけないなんて、年長者として失格だな。自分の中で自己解決しようとする俺の悪い癖だ。
「ごめん。不安にさせたよな」
「そんなっ、司さんは何も悪くありません。急に押しかけた私たちが悪いんです」
俺に非があることを分かったにも関わらず、自分たちのせいだと主張する結芽。
本当に優しいな。
「いや、そんなことあるはずないよ。結芽たちは見ず知らずの俺のために来てくれたんだから」
「いえ、そんな事は」
必死に俺の言葉を否定してくれようとする。でも、悪いのは俺だ。
この状況は、簡単にまとまるような話じゃない。人としての経験がものをいう事態だ。
「俺の振る舞い方が、悪かった。ごめん。確かに、結芽たちが俺に勉強を教えてくれる間、泊まるって聞いたことには驚いたけど、ただそれだけだよ。別に嫌だなんて思ってないから。家庭教師ではあるけど、俺も妹ができたみたいで嬉しいし」
「い、妹ですか?」
「うん」
下を向いていた結芽の頭を優しく撫でる。
「こんなに可愛い子なら、なおさらね」
他意はないけど、少し危うい発言をしてしまったかな。と思う。
結芽は少し、顔を紅潮させているし。自分ながら恥ずかしい事を言ったな。
でも、よかった。反応から見ても、変には捉えられてはいないみたいだ。
「あっ、ごめん。また勝手な事して」
俺は、パッと結芽の頭から手を離す。
また軽はずみな事をしてしまった事に、自分を殴りたい衝動に駆られる。さっき学習したばかりだろうに。やってしまった。
「いえっ、今のはその、心地よかった。です」
「そ、そう?」
そんなこと言われると、なんだか俺も恥ずかしくなってきたな。
実を言うと、俺は一人っ子だったから下に弟か妹という存在には憧れていた。だからこの子たちが住むことに関しては素直に嬉しい。
それを良しと思わぬ人も世間にはいるかもしれないけど。家主及び、この子らの身元引き受け人である親父や千尋さんが公認なのだから問題はないだろう。
「とにかく、結芽が思っているような事はまったくないからさ。俺とも気軽に接してくれると嬉しい、かな」
「分かりました。私もそう言ってくださって嬉しいです」
結芽は安心したように、柔らかな笑みを浮かべてくれる。
俺は、目尻に溢れていた彼女の涙をすっと指で拭った。
なんかこれって、本当の兄妹みたいでいいな。
そう思って、再び結芽の頭を撫でた。今度は、そうすべきだと思ってした行動だ。
「ふふっ、お兄ちゃん。みたいですね」
「そう思ってもらえるように、善処するよ」
結芽も主人に懐く飼い猫のように俺の手に頭を任せてくれる。
うん。とりあえず彼女の不安は取り除くことができたみたいだし、一件落着かな。




